樹林の大地 4:心の在り方
「シロ!エルマー!」
「わかってるよ!」
「急いで支度だ!!」
急いで支度を済ませて宿を飛び出した。警鐘を聞いてか、何人かの人が不安そうに外に出て様子を伺っている。――何かが起こっているとしたら間違いなく北部城壁付近。
居住区北門を出てから城壁まではかなりある。だが、土の地面に広い道。
手段は選んでいられない。
「シロ!零号を!」
「うん!」
居住区北門を出てすぐに零号を召喚し、飛び乗った。
「零号急いで!!」
「バウッ!!」
任せろと言わんばかりの全力疾走。凄まじい勢いで城壁へと向かう。僕達にとっては幸いの深夜。深夜に農作区にいる人は殆どいない。思う存分スピードを出せる。
30分も立たずして城壁北部までたどり着いた。もちろん城壁の分厚い門は閉め切られている。
「ここまで来たはいいけどこの後は!?」
零号から下りながらシロが問う。
「考えてあるよ。まずは状況の把握だ。」
杖を構える。術式が構築される。
「クラールハイド。」
みるみる内に僕達の姿は透明になった。
「前も言ったけど、誰かに触らない様に気を付けてね。」
「うん。覚えてるよ!」
「―――レビテイト。」
唱えた直後、僕達の体はふわっと宙に浮く。
そのまま上昇、最短距離で城壁の上部まで移動する。徐々に明らかになる光景。
城壁上部では魔術部隊、弓兵部隊が陣を敷いている。
さらに上昇すると、城壁の外には既に数多の兵士。そしてその先には―――。
夥しい数の魔物の群れ。どれも移動速度の速い狼型や虎型の魔物だ。
「これは・・・ただ事じゃないな。」
「うん。私たちも加勢しなきゃ!」
動こうとするシロを僕の言葉で遮る。
「待って!――おかしいと思わない?」
「何が!?」
「簡単な話だよ。魔物が徒党を組んでやってきているって話だよね。それも30万以上の数が。」
「うん。そう聞いたね。」
「この高さから見てやっとわかる程度だけど、どう見ても数は3から5万行かないくらい。そしてそのどれもが”移動の速い”魔物。」
「何が言いたいの?」
「つまり―――これは斥候だよ。」
「斥候!?先遣調査隊ってこと!?魔物がそんな事する訳ないよ!」
「うん。間違いなく”裏で糸を引いている”者が魔物を思うがままに操っている。若しくは指示を下している事が明白だ。ここで僕達が派手に暴れればその情報は恐らく黒幕に筒抜けになるだろうね。」
「ってことは・・・下手に私達が解決しちゃうと魔物の本隊はその対策をとってくるってこと?」
「もちろん、僕達が大暴れして相手が引き下がってくれる可能性も無くはない。でも30万以上の軍勢を好きに動かせるならシロの言う可能性の方が現実的だ。この魔物たちが僕の予想通り斥候だとした場合、相手の力量を図るのも仕事のうち。あまりに簡単に墜とせそうなら何の策も張らずに本隊で蹂躙しに来る。その方が僕達としては本隊攻略の可能性は格段に上がると思う。」
「じゃぁ何もしなくていいの・・・?これから沢山の人が傷付くかも知れないのに!?」
「何もしないとは言ってない。ただ、僕達は大っぴらには動くことが出来ない。ならやる事は一つだ。」
「・・・何をするの?」
「相手に何が起きたかわからない様に敵の数を減らす。つまり闇討ちだ。」
「そっか!何が起きたかわからなければ対応のしようもないもんね!」
「そういう事。至極簡単でわかりやすい理屈だよ。でも大々的に行動できない分、僕達で倒せる魔物の数も大幅に減ってしまう。それでも・・・・何もしないより遥かにマシだ。」
「そうだね・・・。少しでも数を減らせるならその方がいいよね!」
僕は頷く。
恐らくこの戦い。スペラクエバの兵は数千から万単位での重傷者もしくは死者が出るだろう。
時間的にも深夜。奇襲に近い形だ。そして相手は魔物。下手な人間よりも厄介だ。
それに黒幕の存在。魔物にも何か施されている可能性がある。
様々な状況を考慮して・・・・恐らく撃退は可能だ。だがスペラクエバも相応の痛手を負う事は明白。
だがこれはシロには伝えられない。
――僕がわかっているだけでいい。
「おいクロ。」
シロの肩に乗るエルマーの言葉に思考が引き戻される。
「どうしたのエルマー?」
「シロにも教えてやれ。」
「何の事?」
「わかってるだろ白々しいな。――この戦いでは山ほど人が死ぬって。」
「な―――。」
なんで言ってしまうのか。それでシロが大暴れでもしたら後にもっと多量の死人が出るかもしれない。何だったら国の存亡にも関わっているのに。
「お前は一人で抱え込み過ぎだ。ボク達は仲間じゃないのか?」
「僕は・・・仲間だと思ってる。」
「いいや。お前は思ってないね。”何かあったら僕が守る”とか思ってるんだろ。」
「・・・・うん。」
「守る守られるだけが仲間か?もう少しシロを信じてやってくれ。コイツは馬鹿で能天気で感情的かも知れん。でもな。重要なところはちゃんとわかってる。―――だろ?」
確かにそうだ。今までの旅だって僕が本当に伝えたい事はしっかり分かってくれていた。
僕の為に色々と考えてもくれた。心を痛めてもくれた。
それでも僕は心のどこかでシロを”自分を取り巻く要素の一つ”と考えてしまっていた。
それは―――独りよがりだったのか・・・。
「お前がシロの心を守ろうとしてくれてるのは分かる。けどコイツだって今までの旅で色々と知って来たし見てきた。・・・学んで来たんだ。この世界の優しさも。・・・非情さもな。」
「うん。」
「そろそろ・・・お前の心の隙間くらいには入れてやってもいいんじゃないか?」
その一言に胸が狭くなる。
僕は一人だった。ずっと。誰と居ても何をしていても。
打ち解けたり仲良くなったり敬ったり。でもそのどれもが僕には”そういう要素”でしかなかった。
もちろん意図的にそうしていた訳じゃない。僕の構造なんだ。
誰かを信じる。言葉では分かっている。けどエルマーが言っているのは言葉の意味じゃない。
僕にはもの凄く難解なものだ。
「すぐには難しいかもしれない・・・けど。頑張ってみるよ。」
気付けば僕の顔は少し微笑んでいた。
「あぁ。それでいい。ほれ。その第一歩だ。」
エルマーに促されて頷く。シロに真剣な眼差しを向ける。
「シロ――――。」
「師匠が言ってたことでしょ。・・・わかってるよ。きっと沢山の人が傷付く。」
僕の言葉を遮るシロ。
「それにこれだけ大きな戦いだもん。死んじゃう人もいるのだってわかる。・・・でもクロ!私は諦めない!!出来るだけ多くの人を助けたい!!私はクロみたいに頭良くないからわからないけどクロならどうしたらいいかわかるんでしょ!?」
驚いた。怒りに任せて暴れ回るどころか今の状況も分かっている。それどころかその先を見据えて僕に策を聞いている。
ごめんシロ。正直見くびっていたよ。
エルマーがふんっと笑う。
「現状できる最大限はあるよ。それでも全員は助けられない。死ぬ人も数千、数万出るかもしれない。それでも・・・戦う覚悟はある?」
「もちろんだよ!!」
即答するシロ。うん。一緒に戦おう。最後まで諦めずに。
「まずは敵の最後尾まで移動するよ。作戦はその最中に話すから。」
「わかった!」
空高くを移動する僕達は誰の目にも留まらないまま魔物の上空を突っ切っていった。




