炎砂の大国 17:図書館にて
――っとこんなもんか。
結構時間をかけて探したけど、冥属に関する書物は二十冊に満たない程だった。
もっとあると思ったんだけど・・・。とりあえず片っ端から目を通してみよう。
今頃シロは・・・無駄遣いしてないといいなぁ・・・はぁ。
頭を簡単によぎるイメージを振り払いながら最初の一冊目に手を付ける。
――数刻後。とある一冊の本に興味深い記述を見つけた。
そもそも数百年不在だった事もあり、書物として残っているのは僅かだし、どちらかというと童話や民話で残されている事が多い。そしてそのどれもが悪者扱いだ。
まぁ死者を操る様な力を持っている忌まわしき存在って考えられても致し方ない。
僕は悪い心を持っているつもりはないけど。
――だがこの”冥神モルヴァの教え”という分厚い本の一ページ目に記されている内容。
今までの書物とは明らかに違う。
壱. 冥神は従える者に調和を描く
弐. 冥神は死者を模した姿で世界を正す
参. 冥神より賜りしものは立ち塞がる不平を灰と化す
肆. 冥神より賜りしものは志を共にする生者を庇う
伍. 冥神は死者の願いを聞き届ける
陸. 冥神は生者の魂を救い給う
漆. 冥神は世界に君臨する
捌. 冥神は世界を創造する
――というものだ。
これは恐らく”八戒の扉”の事だろう。僕にも思い当たる節がいくつかある。
それに、この書物は童話でも民話でもなく教典に近いものだ。
モルヴァの生誕からその役割、授けられた世界への慈悲などが綴られていた。
だが、多くの書物で悪の存在とされるモルヴァを崇める内容となっている。
その教えの殆どに”生者を助け、死者を敬え”の考えがしたためられているのだ。
・・・こうなると逆に信憑性が増すというもの。
往々にして真実とは一部にしか伝わらない。話の大抵は流布や人伝てに曲がり曲がったものである事が多い。ましてやこの様な”死に関する”ものに対しては。
誰も体験する事は無い。体験したら戻ってくることは無い。
そんな恐怖の象徴とすれば、悪い話が先行するのも頷ける。
だがモルヴァは本当に死と恐怖の象徴なのか?
これを読んでいるとその様な疑問が浮き彫りとなる。僕はネクロムだ。
でも、モルヴァの事は殆ど知らない。死者の国を造ったのとその運営管理をしていることくらいしか。
それで良い筈がない。・・・僕は知らなすぎるんだ。
死の象徴としての信仰は解る。でもそれじゃただの邪教だ。
そうじゃない。この様な書物が残っていることからして、何らかの前向きな信仰があったはずだ。
もしも、モルヴァが数ある書物に記されているような悪の化身でなかったとしたら。
―――それは正しくない。
様々な思考を巡らせながらページを捲った。
――数刻後。
「そこの少年。もう閉館の時間ですぞ。」
思考と詮索に耽り込んで本を漁っていた僕に、カウンターのおじいさんが話しかけに来る。
「あ――もうそんな時間ですか。すみません。すぐ片づけますね。」
「そんな熱心に何を調べてたんだい?・・・これは・・・モルヴァ信仰についてですかな。」
「あ、え、えぇ。少し興味があって。」
「ワシも家内に先立たれた時、必死になって調べたものです。」
「そうなんですか・・・お気の毒に・・・。」
「いやいや、きっとモルヴァ様の下で呑気に暮らして居る事でしょう。ワシは元々モルヴァ信仰の地域出の者でしての。」
「そうだったんですか!?」
「そ――そんなに驚かんでも・・・。」
「す、すみません。・・・アルジスでは信仰の自由が認められているんでしたね。」
「もちろんガザーリオ様も素晴らしい精霊様ですがの。」
「あの――良かったらなんですけど。」
「どうしましたかな?」
「明日、モルヴァ信仰について詳しく話を聞かせて頂けませんか?」
「えぇえぇ喜んでお答えしますぞ。この時期は暇ですからな。」
「ありがとうございます!」
これはありがたい。
もっと詳しい情報が聞けるかもしれない。
せかせかと本を元の本棚に丁寧に戻し、おじいさんにお礼を行って図書館を後にした。
――翌日。僕は開館の時間に合わせてヴァイスハイト大図書館の前に居た。
昨日は戻ったら、シロに何か嬉しそうな顔してるって言われた。シロに見透かされる程とは僕の鉄仮面も堕ちたものだ。でもまぁ仕方ない。楽しみだった。
モルヴァ信仰の人の話を直接聞けるんだから。
僕にはその自覚は無かったけど、恐らく僕が元々生まれ育った町もモルヴァ信仰だったのだろう。じゃなかったらネクロムに選ばれる事も無かった筈だ。
同郷の仲って訳ではないけど、少し心が緩む感覚がする。
「こんな朝から押しかけて迷惑じゃないのか?」
「昨日聞いたから大丈夫。炎霊祭の前は暇なんだって。」
今日はエルマーも一緒だ。
部屋を出ようとしたら体が鈍るから連れてけって肩に乗ってきた。
体が鈍るなら歩いた方がいいと思うよ?エルマー。
ふふっと笑うとエルマーが首をかしげる。
「何だ?」
「ううん。別に。」
扉に手をかける。
「おはようございます。」
「おぉ、昨日の少年。おはよう。こんな早くから来るなんて張りきっておりますな。――とそちらの猫さんはペットですかな?この図書館はペットは――」
「ペットじゃないぞ。じいさん。」
珍しく猫の振りをしないエルマー。意外。大丈夫なのか?
まぁエルマーも考えなしにこういう事をする訳がない。大丈夫なんだろう。
「おやおや、喋る事が出来るという事は使い魔様でしたか。これは失礼。」
――使い魔。サモナーが召喚する魔物の事だ。まぁエルマーは違うけどね。
「まぁそんなとこだ。荒らしたりしないから心配するな。クロと一緒に話を聞きに来ただけだ。」
エルマーの言葉に今気づいた。
「そういえば名乗って居ませんでしたね。僕はクロ。こちらはエルマーです。」
「そうでしたな。はっはっは。忘れておりました。ワシはジルデムと申します。」
「ジルデムさん。宜しくお願いします。」
「ではあちらのスペースで話しましょう。どうせ今日も開店休業状態でしょうしの。」
促されるままに図書館の読書スペースに移動する。
「ちとお待ちを。」
そういうとカウンターの奥に消えていったジルデムさん。
ややあって戻ってきた時にはお盆に飲み物と一冊の少し薄めな本を持ってきていた。
「本当は飲食禁止ですが――今日は特別ですぞ。」
ちょっと笑ってそれぞれの前にお茶を出してくれる。
「ありがとうございます。」
「それと――これをどうぞ。」
本を手渡される。
「これはワシの故郷の家に必ず一冊はある教典での。モルヴァ様の教えが書かれております。」
中身を確認する。
昨日読んだ教典の教えが表紙の裏に書かれている。
あの教えは信仰する人にとっては一般的なものだったんだな。でもそれすらも蔵書の山に埋もれていた。それだけモルヴァ信仰は風化してしまっているのだ。
さっと目を通したが、”生者は助け合って生を繋ぎ、死者を敬う事で先の備えにしろ”という内容。
それがモルヴァの物語として語り継がれるように仕立て上げられていた。
「やっぱり・・・モルヴァ信仰はこちらの認識が正しいんですね。」
「えぇ、今やモルヴァ様は死神と同一視される事も多く、誤った認識が世間に伝わっておるのです。」
「――それを正そうとはしないんですか?」
「モルヴァ様はその様な事を望んではおりませんでな。世界はありのままに生と死を流転し次代を築く。ワシも家内を亡くした時に縋る様に色々調べましたが・・・それが世界の有り様なのです。モルヴァ様が恐れられる世界。それも次代を経て変わっていくかもしれませぬしの。」
「僕だったら・・・自分が恐れられるのは嫌です・・・。」
「そうですな・・・。しかし、恐れられる事で出来る事もある。という事です。今はその時なのではないでしょうかな。」
「では・・・いずれ誤解が解かれる日もくると・・・?」
「えぇもちろんですとも。どうしようもない事が目の前にあったとしても、いずれその絶望は死に、希望に流転する。その様な事も生と死を司るモルヴァ様の教えの内と皆が考えておるのです。」
「今もまだ冥属信仰の街や村はあるのでしょうか・・・?」
「昔と比べると大分減ってはしまいましたがのぅ・・・。このアルジスの更に南部。南の海沿いの町や村にはまだ信仰の篤い場所がありますぞ。隣国の地の大陸南部の海沿いの港町にも細々ながら暮らしている人々がおります。ワシはそこの出身ですからの。」
「どこも南の海沿いなんですね。」
「それはそうでしょう。モルヴァ様がいらっしゃる冥界は天上大陸シエロの正反対。南の海の中央深くという言い伝えですから。皆、少しでもモルヴァ様のお膝元近くに居りたいのです。」
「なるほど・・・。他にも聞きたいことがあるんですが――」
「えぇ。時間はまだまだありますでの。ワシの知っている範囲で宜しければお応えしましょう。」




