炎砂の大国 12:甘さの代償。そして再会
「――てめぇらっ!!かかれぇーーーっ!!」
唐突な怒声に振り返るシロ。四方から飛び掛かる盗賊。
――嘘だ。さっき言ってたのに。まっとうに生きるって――。
剣を――――間に合わな――!!
刹那。目の前に大きな影が割り込む。
――左右と背後の盗賊の首には鋭い牙が深く突き立てられ、ねじ伏せられた。
目の前の一回り大きな影は、シロの代わりに盗賊のリーダーの刃をその身に受ける。
シロにはその全てがまるでスローに見えていた。
それは頭から尻尾まで焦げ茶色。鼻は黒く、口下から腹までは真っ白な毛皮で覆われていた。
「――!!まさか――!!」
「なんだこいつらぁ――!?」
力なく地面に落ちたデザートウルフの下に駆け寄った。
何が起きたか分からない盗賊のリーダーは狼狽している。
「――零号!!!」
ブーツナイフで刺された傷は深くない。でもこれは――毒!?
お腹の奥底に黒い感情が湧き出る。
いつかクロが言ってた。生きてちゃいけない奴らもいるって。――私はそんな事無いと思ってた。
でもその結果がこれだ――!!
馬鹿みたいな嘘に騙されて!情けをかけた結果だ!
私が甘かった。―――私が間違っていた。
「ちょっと待っててね。零号。」
ニッコリと微笑む私に力なく返す零号。
絶対に――もう間違えない。
背中から剣を引き抜き、狼狽する盗賊を切り払う。
その速度は先の戦いの比ではなかった。
盗賊は反応する間もなく、容易に胴側面から肩口にかけて分断された。
切り捨てた盗賊を見る事もなく零号の元に駆け戻る。
「ごめんね。―――私が馬鹿だった。・・・助けに来てくれたんだね。」
零号の焦げ茶色の毛皮を撫でる。涙がぽたぽたと毛皮に吸い込まれていく。
紅く染まった白い毛皮に両手を当てた。
「絶対に助けてあげるから―――。」
六角形の術式が展開。
辺りは眩い光に包まれた――。
―――良し。これで全員だな。余すことなく砂漠の糧になってもらった。
辺りに敵の気配は無い。
ん・・・・この感じ・・・・シロ?――だけじゃない。
気付けば僕の足は駆け出していた。後に続くエルマー。
「クロ―!!」
手を振りながら駆け寄るシロ。
少し前に別れを告げた筈の仲間に乗っている。――ありえない。
二人の合流と共に立ち止まり、周りを嬉しそうに囲うデザートウルフ達。
「シロ!!と・・・・やっぱりウルフ団!?――どうして?」
「わかんない!!けど、この子達が居なかったら私危なかったんだ・・・。」
暗い顔をするシロ。察するエルマー。
もちろん。僕も解る。シロは優しい子だ。希望を信じて疑わない。
――でもそれは時として脆くもある。
「大丈夫?」
「うん。ごめんね・・・。クロが正しかった。」
「ううん。僕の方こそごめん。解ってて・・・任せたんだ。」
「いいの!!――解ってる。」
クロも師匠も心配そうな顔。
・・・クロは見透かしていたんだ。私が覚悟すらできていない事を。
だから強くもない盗賊退治を任せる事を選んだ。
私は・・・クロの思う通りには適えてあげられなかったけど。――クロが間違ってない事は解る。
私はニッコリと笑った。
「大丈夫!!通常運転だよっ!!」
親指をぐっと立てて決める。
「おいおい。それよりこいつらどうするんだ?」
エルマーの言葉に僕達の視線はウルフ団に向けられる。
「僕の魔術は完璧だった筈・・・なんだけど・・・。なんでだろう・・・。」
僕達と旅をすることで知能が発達して魔術が聞かなかった?・・・はしっくり来ないな。
ちゃんと魔術は発動していた。――とすると、何かが原因で思い出した?
あ―――。
「バッファローだ・・・。あれには多分シロの匂いがたっぷり残ってた。それで匂いを追って・・・シロの姿を見て一部記憶が戻ったんじゃないかな。」
でも記憶を消したのだからファジネイション前に一旦は戻ったんだ。
そこから匂いだけを頼りに・・・。ヴェステルもなくシロを助けたんだよな。
そこまで信頼の篤い魔物だったなんて・・・。
悩む僕の視界にシロの顔がずいっと現れる。
「そんな冷たく分析しなくたっていいのー!!私たちの絆がまだ繋がってたんだよ!!」
「あー・・・じゃぁそれで。」
うんうんと満足そうなシロ。
まぁこういう時はその方が綺麗だ。――そういう事にしておこう。
「でも・・・どうしようか?この子達。村にこのまま戻ったら大騒ぎだよね?」
「だろうね。」
「でもでもまたお別れは嫌だよー!!」
僕だって嫌だ。
まさかこんなに早く使える時が来るなんてね。
鞄から腕輪を取り出す。
「何?露店商のおじさんから貰った腕輪?」
「うん。実はこれ、ただの腕輪じゃないんだよ。」
「そうなのー!?」
「うん。これは≪召喚士≫の人たちが使うものなんだ。」
「さもなー??」
「簡単に説明すると、主従関係にある魔物を召喚。戦わせたり補助させたりする事で戦闘に参加する人たちだよ。まぁその人たちは腕輪だけじゃなくて首飾りとか色々身に着けてるけどね。」
「わー!この間の民族と言い、魔物と仲良い人たちってたくさん居るんだね!!」
「まぁそういう事。もうわかるでしょ?」
「じゃぁその腕輪を使って”さもなーさん”になれば良いんだ!」
シロにしては及第点。
「ただいくつか問題がある。――僕はこの腕輪を使う事が出来ない。」
「え!?どうしてー!?」
「これは装着する人に魔力が無いと使い物にならないんだ。僕は普段、あたかも”魔力がある程度ある人”の様にソル達を体内に循環させている。でもそれだと機能しないんだよ。厳密には魔力じゃないからね。」
「じゃぁどうするの?」
「簡単さ。シロが着ければ問題無い。――けど。」
「けど?」
「シロって魔力あるの?・・・僕より遥かに武闘派だよね。」
「しっつれいだなぁ!!魔力くらいあるよ!!たっくさんあるんだから!!」
はいはい。たくさんあるといいね。
僕からすれば人の魔力量なんて簡単に見られる。
シロのは特に気にした事無かった・・・け・・・・ど――。
何だこの魔力量。・・・莫大な程に多い。というか先生より多いぞこれ・・・。
なんで武闘派なんだ・・・??
エルマーを見る。ぷいっとそっぽ向かれた。・・・ぐぬ。
「ま、まぁ魔力量は問題なさそうだね。その人の体内の魔力を使う事によって魔物の状態維持、召喚、格納を行うから必要なんだ。」
「ほぇー!そうなんだ!」
本来魔物17頭分の魔力なんてそうそうあるものじゃない。でもこれは嬉しい誤算だ。
「でも、サモナーは特殊な訓練によってなるものなんだ。」
「訓練しないと出来ないの?」
「出来ないよ。そもそも魔物ってなんで魔物って言われるかわかる??」
「魔のものだから!!」
はい。お約束。
「魔物というのは”魔粒子”。つまりソルが体の構成の6割を超えているものを指すんだ。」
「そうなんだ!?」
「うん。だから、魔物の中には魔術を使うものもいるし、現にウルフ団の皆の敏捷性だったり、高い攻撃力、毛皮だってソルの影響が強い。自然動物や人間とかは構成をソルが手助けする程度だから。」
「それで??」
「そこでサモナーは従者のソルを自分の魔力と置き換えるんだよ。それによって、魔物は主人の魔力だけで生きていける様になる。でも、それにはすごく精密な操作が必要なんだ。人に寄りけりだけど、いくら熟達していようが数日はかかる。」
「え、じゃぁ結局ダメじゃん!!」
「だから、それを僕がやる。シロとウルフ団の間を僕が取り持つって事だね。」
「なんかよくわからなくなってきたー!!出来るならやってー!」
ふむ・・・・。少し難しかったかなぁ・・・。まぁ確かに長ったらしい説明よりもやった方が早いか。
仕組み知らないと怖いかと思って説明したんだけど――。要らなかったみたいだな。・・・はぁ。
「わかった。じゃぁこれ付けて。」
「はいはい!」
嬉々として右手の籠手を外し、腕輪を装着するシロ。
「じゃぁシロは僕の手を取って。」
「はい来た!!」
ガシッと手を掴まれる。手・・・潰さないでね?
邪魔にならない様に自主的に離れるエルマー。
――よしよし。シロの魔力は十分に操作可能だ。シロが完全に僕に委ねてくれてるからだけど。
本来は相当な信頼関係でも無いと、相手の魔力操作なんて出来ない。――少し安心してしまった。
さて、次はウルフ団だ。手をかざし、17頭分の魔力を探る。その全員がこちらの意図を察したかの様にその場に伏せ、目を閉じる。
――こちらも操作可能。本当に信頼の篤い魔物なんだ。こうなれば・・・。
次々にウルフ団のソルをシロの魔力に置換していく。丁寧に行っても数分で済む。
ソルの流れにより、少し発光している様にも見えるウルフ団。
徐々に毛並みが変わる。
焦げ茶色だった毛皮はみるみる内に真っ黒に。
少し茶色がかった白い毛皮は何の汚れもない真っ白に。
牙も爪もさらに鋭く。体は逞しく成長を遂げる。
これはシロの魔力が成したものだ。僕を媒介しているから、少し僕の影響もあるかもしれない。
いや、少し影響してほしいな。僕とシロの仲間だから。
――暫くして発光が止まる。
開いた両目は白と黒のオッドアイになっていた。
「もう大丈夫だよ。腕輪を見て。」
「おおおおお!!真ん中に宝石が出来てる!!」
それは金剛石の様に透き通り、まるで純心の現れの様だった。
「これで完了。真ん中の宝石は無かったんじゃない。契約対象が居なかったんだ。」
「そういう事だったんだね!!・・・なんかウルフ団の皆も変わったね??」
「多分前とは比較にならない程強くなった。シロのおかげだよ。」
「クロのおかげでもあるでしょ!!」
肩をズドンッと叩かれる。うん。普通に痛いよね。
でもここまで姿が変わるともうデザートウルフじゃないな。
さしずめ・・・ルミオクタ・ウルフ。光と闇の狼だ。まぁそんな種族無いけどね。
「で―――これどうやって使うの??」
「そればっかりは僕にもわからない。感覚だからね。魔術と同じ感じなんだけど・・・わかるかな?」
「やってみる!!」
瞬く間にウルフ団は霧散。何事もなかったかのように消失した。
え、そんな簡単に出来るの・・・?シロって魔術使えるっけ・・・。使った所見た事無いな。
唐突に零号がシュバッと姿を現す。
「バウッ!!」
「大丈夫だね!!」
「ま、まぁ成功したならよかった。」
零号をわっしわしと撫でまわす。前より毛皮が滑らかだ・・・さらふわもふもふだ・・・たまらん。
嬉しそうに尻尾を振る。
もちろんシロとは魔力が繋がっている分、ヴェステルとかが無くても意思は通じる。
何故か僕の意思も通じてるようだけど・・・手伝った甲斐があったのかな。
少し笑みが零れる。
「これが出来るという事は・・・。」
「ん?どうしたの?」
シロがガサゴソと鞄を漁っている。
「じゃじゃーん!!」
取り出したのは露店商で買った犬のぬいぐるみ。そこはかとなく零号に似てるのは知ってる。
「これをこうして――こうすれば!!」
何をしているのかはわからないけど何かしてるシロ。
「ワゥッ!!」
ぬいぐるみが吠えた!!??
というかよく見るとぬいぐるみじゃなくなってる・・・?ミニ零号だ。
何だこれは!?
「出来た出来た!!他の皆も好きなように出し入れ出来るよ!腕輪の中も快適だってー!よかったよかったー。」
いやー。待って待ってとんでもない事してるよねこれ。ぬいぐるみを媒体として魔力化した精神体を受肉させてる。こんなの・・・相当魔力のコントロールに長けてないと出来ない。並みのサモナーなら腰を抜かして驚く芸当だ。
エルマー。この子こんな事も出来るの??
ぷいっとそっぽを向くエルマー。なんで教えてくれないの。
ぐぬ・・・腑に落ちない。
「まぁまぁ。とりあえず村に帰ろうぜ。」
慰める様に僕の肩に乗るエルマー。エルマーって想像以上に凄い・・・のか??
あーー、考えるの疲れてきた。うん。とりあえず村に帰ろう。
「そうだね。帰ろう。」
「とりあえず帰って寝よー!!今日は疲れちゃったよー。」
「僕も何だか最後にすごく疲れたよ。報告は明日でいいでしょ。今日は休ませて貰おう。」
「バウッバウッ!!」
小さくなって少し鳴き声が甲高くなった零号の可愛さに自然と笑みが零れる僕とシロ。
疲労にあてられ、トボトボと村に戻る二人に吹きすさぶ冷え切った風。
しかし、新たな仲間との再会に心は温まっていた。




