炎砂の大国 2:移動手段を求めて
30分程歩いた先。大きな砂山の頂点で辺りを見回す。
砂を大量に孕んだ風が厳しく体に打ち付けられる。外套で鼻から下を守った。
「さてと。多分この辺だと思うんだけど・・・。―――居た。」
口の前に人差し指を立て、シロに現在地の保持と静寂の必要を伝える。
僕とシロは身を屈め、一つの生物の群れを凝視する。
それは頭から尻尾まで焦げ茶色。鼻は黒く、口下から腹までは真っ白な毛皮で覆われていた。
何かを偵察するようにウロウロと辺りを歩き回っている。
「あれって・・・犬?なんでこんなところにたくさんいるんだろう?」
「あれは犬じゃなくて狼。デザートウルフだよ。」
「デザートウルフ??・・・何か美味しそうだね?」
「そっちのデザートじゃなくて砂漠って意味。食べちゃダメだからね。」
「なんだぁ・・・。美味しくないのか。」
いや味の問題じゃない。僕達の狙いは食料じゃないんだから。
「デザートウルフは一応狼族の魔物。ここら辺に縄張りがあるみたいなんだ。」
「そんな事までわかっちゃうの??」
「ソルの感じで分かるよ。今回は彼らの力を借りようと思ってね。」
「力を借りるって・・・あの子たち私よりおっきいよ?手伝ってくれるかなぁ・・・?」
本気で心配してるシロが心配だ。・・・はぁ。
「もちろん話し合いが出来る訳じゃないから少しズルい手を使うけど・・・出来るだけ傷つけたくない。彼らも必死に生きてるんだ。」
「そうだよね。もっふもふで可愛いし。私もそう思う。」
さっき食べようとしてたよね。可愛いのに食べようとしてたよね。
・・・・まぁいいか。シロも優しい子だ。きっと僕の気持ちは伝わっている。狩りの様に”生きる為に相手の命を奪う”事とは一線を引くべきだ。
「そこでシロには、僕が事を済ませるまで出来るだけ傷つけないようにデザートウルフ達の相手をして欲しい。もちろんシロの身の安全が最優先だ。最悪の場合は自分の身を優先して。」
「わかった!!実行部隊長の見せ場だね!」
「エルマー。一応シロについて行ってあげて。僕の方が危険は少ないから。」
「大丈夫なんだな?・・・わかった。」
僕の外套からシロの肩に飛び移る。エルマーが居ればシロが頑張りすぎる事は無いだろう。・・・と思いたい。
目視出来る範囲でも約十数匹。その殆どを相手する訳だ。――心配ではあるが僕が手早く済ませることが出来ればすぐ終わる。
「準備は良い?」
「もっちろん!いつでもドンと来いだよ!!」
「じゃぁ・・・行こう!」
その言葉と同時にシロが砂山から大きく跳躍する。
空中で背中の剣を引き抜き、地面に叩きつけた。
ドンッ!!
という爆発音に似た剣の音が爆ぜた。凄まじい砂煙・・・。
少し離れた場所に居たデザートウルフが一斉にシロを凝視する。
ウォォォォーーーーーーン!!
デザートウルフの内一回り大きい一匹が、低くも甲高い遠吠えをあげた。――アイツだ。
「よーし!!かかってこぉーーーい!!」
シロが大声で扇動する。
デザートウルフが一斉にシロに向かって走り出した。
一回り大きなデザートウルフはそれと同時に少し離れた砂丘に駆け上がる。
「クロ―!後は任せたよ!!」
走り去る途中、こちらに向かってウィンク。余裕綽々だな。
任せられた以上、しっかりこなさないと。
「――よーしよし!!皆いい子についてきてるねぇー。ここらへんでいいかな!!」
クロが米粒程に遠くなったところでシロは立ち止まり、後ろを振り返った。
――剣を地面に刺し、ぐるりと自分の周りに円を描いた後、剣を背中の鞘におさめる。
「さーワンちゃん達!!私と遊ぼう!!この線から私を出せれば君達の勝ちだよー!私の美味しいお肉が食べホーダイだよ!!」
遠巻きに様子を見るデザートウルフ。グルルルと一匹・・・また一匹と呻り始める。
じりじりと距離を詰めつつシロを包囲。
――瞬時、その内の一匹が襲い掛かる。
その跳躍はシロの身長を大きく超え、上空近くから首をめがけた。
シロは噛みつこうとする鋭い牙を紙一重で躱し、頭を抑え下腹部を払った。
デザートウルフはグルンっと宙を回り、殺されなかった慣性がそのままシロ後方へと吹き飛ばす。
「甘いあまーい!!」
チッチッチと指を振るシロ。
「さぁ次は誰かなー?遠慮しないで皆でかかってこーい!」
堰を切った様に次々に襲い掛かるデザートウルフ。上から、足元から。左右から、あるいは後ろから。
しかし、全ての攻撃は空を裂き、空を噛み、その直後に体は回転。あるいは同胞の慣性と共に吹き飛ばされる。シロは息一つ乱さない。
「ほらほらー。そんなんじゃいつまでたっても勝てないよー!!休まない休まない!!」
再び楽しそうに徒手を構え直した。
――あれくらい引き付けてくれればこっちの方は問題ないな。
それにしてもシロの方・・・すごい事になってるなぁ。リアル千切っては投げ千切っては投げってやつ?・・・・多分千切っては無いと思うけど。
じゃ、僕の方も動くか。
一回り大きいデザートウルフの下に向かう。
――デザートウルフは群れでの生活を好む。その中にはリーダーとなる存在がおり、群れの中で一番力のあるものがリーダーとなる。完全な縦社会だ。上の命令は絶対。そういう習性なのだ。
シロを見つけた時あのデザートウルフが命令をしていた事は明白だし、恐らく戦況把握の為にあの砂丘に上がった。思っていたよりもずっと賢い生き物なんだな。
「上手くいってくれると良いけど・・・。」
出来る限り迅速に。且つ気配を悟られない様に動く。
砂丘の中腹を超えたあたり――唐突にデザートウルフが振り返る。
思ったよりも気付かれるのが早いな。この風が吹きすさぶ中でも大した嗅覚だ。いや――これは魔力感知に近いものなのかな?
でも想定内。ここまで近づけば問題無い。十分に相手の挙動が把握できる距離。
グルルル・・・・。
威嚇を込めてデザートウルフが呻る。
さて・・・どう来る・・・?
暫くの砂塵が舞う音・・・・。こちらから歩いて距離を詰める。
グルルル・・・グァウ!!!
野太い声で吠える。それ以上近づくな・・・って事だろうな。
さらに歩いて距離を詰める。しかしまだデザートウルフは動かない。持っている知識通りだ。
デザートウルフの縦社会は信頼の証でもある。強い個体が弱い個体を守り、弱い個体は強い個体の指示の下、統率された動きで狩りを行う。そうすれば犠牲も消耗も最小で済む。生き抜くための知恵だ。
このデザートウルフは自分の仲間たちの状況を見捨てる訳にはいかないのだろう。
――それでも自身の身に危険が迫れば。
さらに一歩進んだところでデザートウルフが凄まじい速度でこちらに走り出す。初速から最高速。
凄まじい敏捷性だ。僕も相手に向かって走り出す。
彼らは相手の急所を的確に狙う。この場合、僕の首だろう。そう”視える”。
デザートウルフは無駄に上空に飛び上がる事はせず、そのままの高度を維持して最速で僕に飛び掛かる。自然の中で洗練されている最短の攻撃モーション。
それに合わせてスライディング。地面を滑る様にして杖を相手の顎下に軽く当てる。
「ファジネイション。」
構築術式が展開。発動は完璧。そのままデザートウルフの下を滑りぬけて振り返る。
・・・どうだ?・・・術の純度は結構下げた。
――ファジネイション。簡単に言うと”魅了”の魔術だ。水と風のソルを用いた魔術。強力なものを発動すれば洗脳も出来る。ただし、人間やそれに並ぶ相当に高い知性を持つ生物は対象外。あくまでも微弱なソルによる干渉だから、知性があまりに複雑な発達を遂げていると弾かれる――。
後の事も考えて、今回はかなり魔術の完成度も下げた。
洗脳でもなく、弾かれるでもなく、”敵ではない”、”捕食対象ではない”、この二つを理解してもらえればそれでいいんだけど・・・。
こればっかりはソルの純度も肌感。上手くファジネイションが通っていれば後は問題無い筈。
暫くの沈黙。
デザートウルフは振り返ると、ドスドスと僕の前まで歩いてくる。――少なくとも敵意は消せたようだ。僕の顔に向かってずいっと尖った顔を近づけてくる。――・・・食べられないよな?
しきりに匂いを嗅がれている様だ。顔から肩、お腹、お尻から足まで一通りグルグル回りながら匂いを嗅がれた。・・・・大丈夫そうか?
そっと手を伸ばし、デザートウルフの頭を撫でる。拒否されない。それどころかお座り尻尾ブンブン。――良かった。冷静になってくれれば僕との力量の差を理解してくれると思った。
こちらが友好性を示す事によって、無事にデザートウルフのヒエラルキー頂点を僕に挿げ替えられた訳だ。
こうなってくれればなんて可愛い犬!!うちは猫居るからな。これで犬要素もバッチリだ。
わっしわしと撫でる。尻尾ブンブン。・・・・かわいい。
ダメだダメだ。シロを迎えにいかないと。まだきっと戦ってる。
――・・・・もっふもふだ。もう一回だけ。わっしわしと撫でた。




