「クルーガーの三つ星」
「クルーガーの三つ星」には、寄り添い、ともに歩む伴侶が定められているらしい。
「カオリ・バルテン。それが、きみだ」
「はい?」
あまりにも眠いので、いまの一言が理解できなかった。
「きみは、わたしの伴侶になる運命なんだ」
「はい?」
意味がわからなさすぎる。だから、ついお間抜けな反応になってしまう。
「おっしゃることがよくわかりません」
「わたしたちは、夫婦になるということだよ」
「あ、いえ。それはわかりますが……。どうしてわたし、なんですか?わたしは、このとおりちょっとぽっちゃり、いえ、すみません。控え目すぎましたね。わりとぽっちゃりしていて、顔もよくありません。性格は内向的で臆病で消極的です。「クルーガーの三つ星」ほどの方の伴侶になるような方とは、かけはなれすぎています」
「神託だから、と言えば簡単なんだろうね。だけど、わたしはそんなことで片付けるつもりはない。実は、この屋敷からそう遠くないところに秘密の地下道があってね。ローマンと二人で、ときどき皇宮の外に出ているんだ。この森の中にこもっていては、世界がわからない。せめて、皇都の様子は知っておきたい。皇都の人々の現状を見ておきたい。それと、きみを見てみたい。きみを知っておきたい。そんな思いでね。今日はきみを迎えるために、わたしもローマンも正装をしている。だけど、ふだんはシャツにズボン姿なんだ。皇宮からやってきた皇子だとは、だれも想像がつかないようなボロボロの恰好なんだ」
「ふだんは野菜を作ったり、剣の稽古や大工仕事もしています」
皇子殿下の座っている長椅子のうしろで控えている、ローマンがつけ加えた。
「さきほど召し上がられたサラダの野菜も、自家製です。ベリーもこの森で摘んだものです。入用のものは、二人で街に買い出しに行きます」
あの野菜を?
「クルーガーの三つ星」が丹精込めて育てたの?
もっと味わうべきだった。
あ、そこじゃないわよね。
「きみは、亡くなった母上といろいろ活動していたよね。それは、母上が亡くなられてからも続けている」
「母は、平民の出身です。正直なところ、わたしの活動は自己満足の偽善にすぎません」
亡くなったお母様がはじめられた慈善活動。とはいえ、金銭的にというわけじゃない。なにせ、自由になるお金がないのだから。
それは、いまもわたし一人で続けている。だけど、お父様が亡くなって継母がバルテン公爵家を牛耳るようになってから、ますます金銭的な奉仕が難しくなっている。
「それでも、週に二度は活動している。だれにもできないことだよ」
「ということは、皇子殿下はずっとわたしのことを?」
見張っていたということなの?
「ずっとというわけではない。だけど、きみにとっては不快だよね。だが、きみに会うまでにきみを知りたかった。街できみを見かけた瞬間、神託などとは関係なくきみに興味を持ってしまった。それは、きみを見かけるごとにますます増してゆき、気がついたときには……。もちろん、わたしが一方的に強制するわけにはいかない。どうだろうか。皇太子として公に出るまでにまだ数週間ある。ここですごしてくれないだろうか。わたしを見、感じ、知ってほしい。それから、どうするかかんがえてくれればいい。突然のことで混乱しているかもしれないが、どうかわたしにチャンスをあたえてくれないだろうか」
その申し出は、いろいろかんがえさせられるものがある。
だけど、いま言えることがある。
それは、二つ。
「では、皇子殿下もあらためてわたしを見、感じ、知ってください。遠くから眺めるのではなく、です。それから、わたしは自分自身をかえるつもりです。この数週間でおたがいが気に入り、生涯寄り添うことになれば、わたしは皇太子や皇帝の正妃として恥ずかしくない女性でなければなりません。臆病で消極的で優柔不断な性格など、皇子殿下が笑われることになります。とはいえ、性格はすぐには無理でしょうから、せめてこのちょっぴりぽっちゃりの体型からどうにかします。このままでは、既製のドレスも入らないはずですから」
「え?い、いや、きみはいまのきみで充分……。それに、きみは臆病でも消極的でもないと思うのだが。これまでも、第一皇子が飽きたり都合の悪くなった令嬢に、ここに来るよう勧めていたようだが、みんな噂で怖がり、だれ一人として来なかった。だけど、きみは……」
「さあ、さっそくがんばります。ローマンさん、何かやることはありませんか?屋敷や慈善活動でいろいろやっていますから、家事はひととおりできます。とにかく、体を動かさなくっちゃ」
皇子殿下が何か言っていたようだけど、すでにヤル気全開になっているのできこえなかった。
こうして、わたしは「呪いの獣」ではなく、「クルーガーの三つ星」に気に入られるよう気合を入れた。
気に入られるよう?
そうね。きっとわたしも、彼に興味を持ってしまったのね。