「呪いの獣」の執事
皇宮の敷地内に森があることは知っていたけれど、こんなに広い森だとは知らなかった。
そよぐ微風は冷たさを増しているものの、速足であるいているこの身にはちょうどいい。いたるところに木漏れ日が射しこんでいて、どこか幻想的な雰囲気を醸し出している。
いったい、どれだけ広いのかしら?
っていうか、方向はあっているのかしら?
森の奥に進めば行き着くと思っていたから、あるき続けてはいるけれども……。
これだけ広いと、どちらが奥でどちらが奥ではないのかがわからなくなってしまう。
ということは、つまり迷っている?
せめて日が暮れるまでには行き着きたいんだけど……。
どれだけあるいたかはわからないけれど、だんだん疲れてきた。それに、お腹が減っている。
こんなことなら、何か食べるものを準備しておくのだった。
一度お腹がすいたと認識すると、どうしようもなくお腹がすいてしまう。
お腹の虫が、盛大に鳴きはじめた。
『バサッ』
『バササッ』
静かな森に、お腹の虫が鳴くのが響き渡った。それに驚いたのか、すぐ近くの枝葉の間から鳥か何かわからないものが飛び立った。
「勘弁してよ、もうっ」
言わずにはいられない。
が、放浪も唐突に終わりを告げることになった。
ひらけた場所があり、そこに屋敷が建っているのである。
パッと見た感じ、そんなに大きくはない。だけど、しっかりとした造りである。
森の中なので、てっきり丸太小屋みたいなものを想像していたけれど、これほど立派な屋敷が森の中にあるなんて意外すぎる。
「やっと来ましたね」
「キャアッ!」
そのとき、すぐうしろから声をかけられ、驚きのあまり悲鳴を上げてしまった。
恐る恐る振り向くと、スラッと背の高い美形が立っている。
銀髪に知的な顔。眼鏡がよく似合っている。黒色のタキシードにはシワの一つもなさそうである。
ちょっと待って……。
彼はいま、『やっと来ましたね』って言わなかった?
驚きが去った後、問われた内容に思いいたった。
「第十皇子ハンス・アインハルト様の執事ローマン・ケルツです。カオリ・バルテン公爵令嬢、お待ちしておりました。わが主がお待ちでございます。どうぞこちらへ」
呆然としていると、彼はわたしに近づいてきた。わたしの手にある古びたトランクをわたしの手からとると、そのまま屋敷の方へとあるきはじめた。
「あ、あの……」
はっとわれに返り、慌てて追いかける。
「その……。わたしが来ることがわかってらっしゃったんですか?」
元婚約者が連絡を入れていたというわけ?
あの元婚約者が?意外すぎる。
「いいえ、連絡はきておりません」
ローマンは顔をわずかにこちらに向け、そのように答えた。
頭の中は、混乱と疑問でいっぱいである。
屋敷の中に入り廊下をあるきながら、不作法だと思いつつも屋敷内を観察してしまう。
高価な装飾品が置いてあるわけでもないし、ムダに調度品があるわけでもない。清潔でこじんまりしている。
居間らしき部屋の前で立ち止まり、ローマンは樫材のドアを二度ノックした。