祝福
「カオリ、行くよ。大丈夫。わたしがついているから」
皇子殿下はささやき、わたしの腕をとってくれた。
それから、二人そろって陛下の御前へと歩を進めた。
皇子殿下がいるからか、不思議と緊張もしていないし不安もない。
「第十皇子ハンス・アインハルト。それから、カオリ・バルテン公爵令嬢。「クルーガーの三つ星」の内の二つの星よ。美しく気高い二人を得たことを、心よりうれしく思う。今宵よりハンスが皇太子として、しばしわたしを助けてくれることになる」
皇帝陛下の宣言に、皇子殿下、いえ、皇太子殿下といっしょに礼をとる。
「カオリですって?あれが、あれがカオリ?」
「嘘っ!あのおデブの陰気な娘が?」
異母姉と継母の叫び声が、静まり返っている大広間に響き渡った。
「なんだって?ハンスって、あの噂の「呪いの獣」だろう?そんなやつが?それにこのレディが、あのブスデブお人好し?」
さらに、元婚約者も叫んだ。
失礼すぎるわね。
すると、皇太子殿下がすっくと立ちあがった。
彼は、陛下に断りを入れると元婚約者の前までゆっくりと歩いて行く。
「兄上、わたしのことを悪く申されるのはかまいません。ですが、カオリのことを悪く申されるのは許せません。あなたは、人を見た目だけで判断される愚か者だ。そんな愚か者に、この皇国の皇帝が務まるはずもありません。それどころか、一人のレディの夫として、子の父としても務まらないでしょう。初対面ですが、あなたのさきほどのふるまいだけで充分あなたという男がわかりました。あなたを皇族から放逐いたします。これからは、これまで遊んできた貴族令嬢にでも面倒をみてもらうといいでしょう。もっとも、第一皇子という立場でなくなった、あなたの面倒をみてくれる令嬢がいればの話ですが」
「な、なんだと?おまえにわたしを裁く権利は……」
「ついさきほど、皇帝陛下より一任されました」
「そ、そんな……。ローザ、婚約者だろう?わたしを助けろ」
なんて切り替えが早いのかしら?
元婚約者は、異母姉に助けを求めた。
「冗談じゃないわ。だれが、浮気者のバカの面倒をみるものですか?婚約なんて破棄よ、破棄」
「そうよ。せっかくのチャンスを……。カオリ、さすがはわたしの娘ね。バルテン家の誇りよ。亡くなったあなたのお父様も、あなたを誇りに思っているわ」
継母がちかづいてくる。
愚かなのは、元婚約者だけじゃない。
継母のど厚かましさに、正直反吐が出そうになった。
そのとき皇太子殿下が、わたしをかばうようにして継母の前に立ちはだかった。
「悪いが、あなた方はカオリとは何の関係もない。バルテン公爵の死後の公爵家の管理について、調査をさせていただいた。それ以前に、バルテン公爵の死についても疑わしき点がある。調査はもう間もなく終わる。その調査結果にもとづき、あなた方の将来が決まるだろう。さあ、ここから出て行ってください。あなた方からは、いっさい祝福を受けたくありません」
皇太子殿下の言葉が終ると、元婚約者と継母、異母姉は近衛兵たちによって連れだされてしまった。
お父様の死に疑わしき点がある?
驚き以外のなにものでもない。就寝中に心臓が止まったのだときかされていた。お父様の年代に、まれに起こる症状なのだと。
皇太子殿下が調べてくれている、ということにも驚いたのは言うまでもない。
「おめでとうございます」
「皇太子殿下万歳」
「正妃殿下、おめでとうございます」
キャーキャーワーワーと騒ぐ元婚約者たちのわめき声がきこえなくなった瞬間、大広間内に歓声がわき起こった。
「カオリ、さあ」
皇太子殿下に手を取られ、わたしたちはその大勢の貴族たちの歓声にこたえた。




