見回り隊小次郎とふたりの親(前編)
こちらは前編後編と分かれております。
俺は小次郎。
見回り隊という、日々危険が無いかパトロールをする組織に属す雄猫である。
新人の頃は黒い毛のせいで不吉だとか怖がられることもあったが、今では地域住民とも打ち解けるどころか公園で子供の相手をさせられる時もある程まで信用されている。
そんな俺にも親というものがいる。
生みの親である母さん黒猫のミミと育ての親である婆さんふさよさん。
俺はこのふたりに育てられた。
今日はふたりの大事な親について語ろうと思う。
生まれた時の記憶は殆ど無い。けれど黒くて大きな暖かい存在をぼんやりと感じていた気がする。
数ヶ月して自分も同じ色や見た目をしている事、その暖かな存在は母親というものだという事を知った。
最初はミルクを貰っていた俺だが、母さんは俺が大きくなるにつれて外出を増やし、ミルク以外のご飯を取ってきてくれた。
人間の食べ物や虫や動物、色んなものを運んできては食べさせてくれて、時には生きているものを運んでそこで仕留めて食べる事もあった。
今思えば狩りの前準備だったのかもしれない。
そんなある日、母さんは少し怪我を負って帰ってきた。
「その怪我はどうしたの?」
「ちょっと滑らせてね」
うっかり獲物を追う内に足を滑らせたらしい。
今までそんなこと聞かなかったとは言え、能天気な俺としては母らしくないな、珍しいな、くらいにしか思わなかった。
次の日、とうとう狩りの練習が始まった。
ドブ川近くの空き地まで歩いて行き、草むらに身を潜める。
母さんは少し遠くから見守ってくれるらしい。
ガサガサと音がする。鼠の匂いだ。
俺は鼠を仕留める為に草むらにゆっくりと進む。そして目標を定めて飛び出した。
「とうっ!」
が、空振り。空を切りなんとなく鼠も笑ってるような鳴き声で逃げて行った。
「むむむ……」
結局日が暮れるまで練習をし、しかも一度も成功せずに帰宅する事になった。
ただ母さんはまずこの難しさを教えたかったらしい。これで良いのだと褒めてくれた。
確かに目標が見えると気分も違うかもしれない。
そんな狩りの練習をしていたある日、妙な連中を見かけた。
変な棒を持ったり引き摺ったりした人間達がノロノロと歩いている。
すると母さんは慌てる様に咄嗟に俺を運びながら草むらに逃げ込んだ。
「絶対に喋ってはいけないよ」
焦りながらも小さい声で囁く母さんを初めて見た俺は、気迫に圧倒されながらも頷いた。
何が起こってるんだ?
何か複数人で話している。
何を言っているのか分からないが、理性のあるような無いような気持ちの悪い目をしながら話す言葉は嫌な感じがした。
怖い。
そして目が合った。
奴らはニヤリと嗤い、何か話しながらこちらに近付いてくる。慌てて逃げなければと母さんを見ると。
「お前は逃げるんだよ」
「え?」
そう聞こえたと思うと母さんは道に踊り出て鳴き始めた。
「こっちよ!」
奴らは何か叫びながら棒を振り回し、誘われるように母さんを追いかけ始めた。
母さんはわざと見失わない程度の速度で走っているように見える。
意味が分からない。何をするつもりなんだ?母さんが何をしたの?あいつらはなんだ?あの棒はなんだ?なんで追いかけ回そうとしてるんだ?
狩りをする目じゃなかった。弱者をただ意味も無くいたぶる悪趣味な顔と目をしていた。
その光景にただただ恐怖した。
いつの間にか放心していた俺は、奴らも母さんも見失ってしまっていたらしい。
俺はふとさっきの言葉を思い出して、ふらふらしながらも急いでその場から逃げる事にした。
きっといつもの家に帰れば母さんは戻ってくる。そう信じて。
一日経っても帰ってこない。
次の日は八つ当たりのように暴れ走り回って探すも倒れかけた。
八つ当たりして少し頭が冷えたらしい。そしてふと、ご飯が無い事に今更ながら気付いてしまった。
俺はまだ一度も成功していない狩りをする事にしたのだ。
狙うは成功する確率を上げる為にも小さい虫だ。
どうにかして狩りを成功させないと……
一週間経った。
虫を数匹、それがこれまでの収穫だ。
母さんはまだ帰ってこない。
体力も殆ど無く、そろそろ小さい虫すら捕まえられないだろう。
目が霞んできた。
倒れそうになった時、誰かの声と肌色を見た気がし、そして意識を失った。
「あらまぁかわいそうに」
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