見回り隊小次郎と暴れ猫事件(後編)
前の話の後編になります。
まだ見ていない人はまずそちらからお願いします。
この話し合いの後、正式に彼は見回り隊に保護される事となった。
その中で、彼の名はジャックだと言うこと、ここから近くの町から来たこと、そしてご主人を亡くしたことをポツリポツリと話し始めてくれた。
「俺にはご主人がいたんだ」
彼のご主人は病弱で一人暮らしだったらしく、特に不都合無くアパートにふたりで暮らしていたそうだ。
そんなある日の朝、ご主人は突然椅子から倒れ意識不明になったそうだ。
「ご主人、しっかりしてくれ!」
ジャックはゆすっても起きないご主人を見て、慌てて開いていた窓から外に出たらしい。
そしてアパートの住人や通行人を見かける度に、ひたすらご主人が倒れた事を訴えかけた。
けれど猫語や鳴き声を理解できる人間なんてそうそう居ない。きっと殆どの人にとっては何か鳴いてる猫にしか見えないだろう。
それにご主人がジャックと言う猫を飼っている事は知っていても、鳴いてる猫がジャックだと気付いてくれるアパートの住民はこの時いなかったようだ。
つまるところ、何か鳴いて暴れている凶暴な猫だと思われたのだろうか。いつの間にか彼の周りに誰も寄り付かなくなった。
「なんでだよ……」
誰も助けてくれないどころか逃げられ、見向きもされず、地獄のような時間が過ぎていく。
そして日が暮れた。
そんな時だった。たまたま帰ってきた唯一自分がご主人の猫だと知っている大家さんに必死に訴えて、なんとかご主人の部屋を開けてもらったらしい。
そしてピクリともしないご主人の姿を見た。
「ご、しゅじん……?」
ご主人は助からなかった。
もう少し早ければ助かったのか、それとも朝すぐ見つかれば助かったのか、なんでみんな助けてくれなかったのか。どうすれば良かったのか。
ぐちゃぐちゃになった感情は膨れ上がり、そして彼はがむしゃらに走ってこの町に着いたらしい。
本猫は気付いてないかもしれないが、人間を襲ったのは助けを求めるも無視された事によるものなのかもしれない。
それにしても、その話を聞くに他にも色々と確認も必要そうだ。
こうしてこの日はジャックを近くの支部に預けて解散となった。
次の日、ジャックは正式に見回り隊研修生として活動することになったらしい。
所属は昨日居た猫のひとり、彼の故郷に近い地域を見回るグループだ。
本当はこっちで預かる予定だったが、予想より悪評が広がっていたことと、ひとつ用事ができたことで向こう預かりとしてもらった。
そしてあっという間にあの日から二週間ほど経った。
ジャックは見回り隊見習いを罪滅ぼしをしたいと言って継続している。
どうしても人に直接謝罪できない以上、間接的に謝罪をしたいのだろう。
そのことを聞いて反省していると感じた俺は、「気持ちも落ち着いただろうから墓参りでもどうだ?」と、無理矢理ジャックを前に住んでいたアパートまで連れて行った。
今ならご主人に謝りやすいだろうと。
最後まで嫌々と言っていたが、途中から受け入れる準備ができたのだろう。
最後はしっかりとした足取りでアパート前まで来た。
そこにはアパートの前には先に呼びに行ってもらった猫達と、大家さん。
「ジャック、探したんだから!」
そして車椅子に乗るご主人。
話の中で可能性の一つとしてだが。
もしかすると何も確認せず飛び出したのではと気付いた俺は、大急ぎでそのアパートの場所を探し出した。
勝算は殆ど無い。だがもしかするとという思いが俺を突き動かした。
それに話に出てきた大家さんとやらは猫を邪険にしない、猫の気持ちを汲める人間のように感じた。
だからもしかするとこちらの意図が伝わるかもしれないと、あることを確認してみる事にしたのだ。
「大家さん!」
「おや? 知らない猫だね」
ジャックに聞いた通りの全体的に大きな女の大家さんを見つけた。
「こっちに来てくれ!」
向こうからしたらにゃーにゃー言いながら、俺は後ろを定期的に振り向きながら着いてきてもらう。
「どうしたんだい?」
興味を引けたようだ。大家さんは着いてきてくれた。俺は着いてきているのを確認しつつジャックの主人の家の扉の前まで来た。
そして俺はこの扉をペチペチ叩いて訴えかけるようにもう一声。
「ここに住んでいた人はどうなったか知らないか?」
「この家の人に会いたいのかい。この前重体で病院に運ばれたんだよ。けど今は峠は越えて回復しているから安心しな」
「本当か!」
「ニ週間後にまたおいで。入院してる詩織さんに伝えておくから」
彼のご主人は奇跡的に生きていた。
もしやと思い来たら、収穫は大きいどころか大漁な気分だ。
俺は帰りに礼を言い、ホッとした気分で帰宅した。
あれ?
言葉が伝わってた?
気のせいか。
そして現在、ジャックには詩織さんに怒られている。
「ジャック、どこ行ってたの?」
「そ、それは……」
「大家さんから聞いたんだよ? 大家さんを呼んできてくれたんだよね。そのお陰で助かったんだから、急にいなくならないでよ……」
声が途中から震えている。よっぽど心配したらしい。
これは自棄になって暴れた事は黙っていた方がいいな。余計に負担をかけそうだ。
ジャックは感情の整理がついてないのかアワアワとしている。そりゃあれだけしてバツが悪いか。
けれどゆっくり歩いて詩織さんの膝に飛び乗って甘え始めた。
「俺達は帰るか」
先に行ってくれた猫達と共に俺たちはこっそり帰ることにした。
そりゃこの中にいるのは野暮だろうからな。
こうして、暴れ猫事件は幕を閉じた。
それなりに被害はあった為、被害者には我々が鼠や害虫駆除など地道に奉仕活動を手分けをしてやり、猫の信用回復に努めるつもりだ。
謝罪をしたいと言うジャックもそれに参加し、見回り隊数人と共に謝罪に回った。半分くらいは伝わらずダメだったが、なんとかある程度の被害者に謝罪を伝えられたはずだ。
車椅子のご主人、詩織さんは順調に回復をしているそうで、上手くいけば二ヶ月で完全に回復するらしい。
今回の事件はひとつボタンの掛け違いで大変な事になっていただろう。
例えばもし大家さんがその時いなければ、もし詩織さんが亡くなっていたら、もしジャックと話し合いが上手くいかなかったら、もしジャックがもっと凶暴だったら、被害者も更に増え不幸な人と猫がもっとでてしまう所だった。
全てが奇跡的に良い方向に向かった結果が今のこの奇跡なのだろう。
俺は今日も夜には家に帰る。
婆さんにずっと笑顔でいてもらうために。
読んでいただきありがとうございます。
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