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港町


 エリィ達が森を徒歩で縦断し始めて三日目、ずっと続いていた木々が開け、その先に柵に囲われた町が現れた。

 町の周りには畑に色々な作物が植えられており、高い日に照らされ力強く生い茂っている。


 硬い土の上で寝るのはもう嫌……と、久しぶりに町の宿で寝たい衝動が込み上げるが、よく考えて見るとロックランから徒歩数日でいける町はこの町を含め三つしかない。刺客の規模は分からないが、この町に先回りしている可能性もある。

「私が馬とその他必要な物を手配して参ります。

 アッシュ様とノア様は町の外でお待ちください」

 エリィの慎重な姿勢にアッシュは少し驚いた顔をした。

「頼もしいな。助かる」


 エリィが金に物を言わせ、馬三頭と食料を町で調達してくると、三人はデンバーの港町に向かって出発した。





 馬でデンバーの港町に向かう旅は、馬の体力の限界まで日長歩かせ、足取りを残すのを警戒してほとんど宿は取らずに野営で済ませた。もうそんな旅を十日も続けたため、流石に蓄積した疲労で体が重い。


 早くデンバーに着かないかと馬上で重たい体を揺らしていると、丘の下に一気に海の景色が開けた。

 丘の下に見える湊には数隻の大きな帆船と、何艘もの小舟が停泊している。

 温かみのある青い海は高い日の光に照らされ波がキラキラと輝いて、それはずっと彼方まで続いていた。


 ふと横を見ると、アッシュが眩しそうに金色の獣の瞳を細めて海を見ていた。

 ノアの話によると、アッシュは離宮に籠って生きてきたという。もしかしたら海を見るのは初めてなのかもしれない。

 エリィは海風にそよぐアッシュの銀髪を見ながら、自分の事のように清々しい気持ちになった。



 丘を降り、馬の手綱をひいて港町に入ると、露店には色とりどりの野菜や新鮮そうな魚が並べられており、多くの人々で賑わっていた。

 海風で少し色の褪せた木の看板がかかった宿に入ると、日に焼けた宿の主人が部屋に案内してくれた。

 半月程ほとんど野営で過ごしてきた身としては、柔らかいソファーは緊張を一気に溶かす魔法の代物だ。この宿にはお風呂もあるらしい。肩まで湯に浸かったら、どれだけ気持ちが良いだろうか。


 ノアは二人を宿に残し、ベルテ島に渡ってくれる舟を探しに行った。

 エリィは特にやることもなく、宿に置いてあった新聞をソファーで読み始めた。今まで気にしていなかったが、この国の国王は病で床に伏しているらしい。ノアはアッシュのことを殿下と呼ぶ。もしかしたらアッシュのお父さんに当たるのかもしれない。


 アッシュは古びた本を手に取ると、ソファーの左側に座りペラペラとページをめくり始めた。じっと文章を読むその瞳はどこか遠くの世界を見ているようで、なんだか切ない表情に見える。

「それはこの間、王宮に取りに盗りに行った本ですか?」

「ああ。母の日記だ」

 アッシュは一瞬こちらに目をやると、また日記に目を戻した。

 エリィは立ち入ってはいけない事を聞いたな、と口をつぐんだ。


 しかし、アッシュはぽろっと話を続けた。

「幼い頃、時々母と手紙に暗号を忍ばせて遊んでいた事を思い出してな。

 母が他界する前の日記の文章をつなげると、『ベルテの魔女』となるのだ」

 エリィにはアッシュの置かれている複雑そうな事情はよく分からないが、きっと大事なことなのだろうと推測した。

「ベルテ島には、魔女に会いに行くのですか?」

「ああ。

 ずっと、なぜ母は私に呪いをかけたのだろうと考えていたのだが、

 ベルテの魔女に会えば何か分かるかもしれない」


 アッシュの抱えている状況は、エリィの想像を超えて複雑で、そして辛そうであった。エリィは何の言葉も返せず、ただ長いまつ毛に影を落とす金色の瞳を横から見ていた。


 アッシュは日記を閉じてテーブルに置くと、新聞を持っているエリィの腕をどけ、エリィの膝の上に頭を沈めた。

 それはなんだか母を恋しがる子供のようで、

(ちょっと距離感がおかしい……)と抵抗が頭をかすめたが、突き放すことができなかった。


 新聞の続きを読むわけにもいかず、立ち上がるわけにもいかず困っていると、廊下を歩く音が聞こえ、ノアが帰ってきた。

「舟の手配できましたよ……っと」

 ノアはエリィの膝枕に沈む王子を呆れた顔で見た。


 エリィがノアを見上げ、(これどうしたらいいでしょうか?)と目で訴えると、

 ノアは「はぁ」と額に手をやり、

「髪を撫でてあげると喜びますよ」

 と言い部屋の奥に入っていった。


 エリィが恐る恐るアッシュの銀色の髪に指を通すと、それはサラサラな絹のような手触りで、ウォルツの毛並みを思い出した。アッシュは髪を撫でられ心地良さそうに肩の力を抜いて沈み込み、そのまま浅い眠りへと誘われていった。






 宿の窓から見える空が少しピンク色を帯びてきた頃、三人は宿からすぐ近くの海の上にテラスが張り出している店に出てきた。

 多くの人で賑わうテラス席には、色々な海鮮料理がテーブルに花を咲かせていた。


「これこれ、この生の魚を漬け込んだ料理」

 ノアがメニューを指した。

「このボイルしたエビが入ったサラダも美味しそうですね」

 エリィは久しぶりの海鮮料理に喉が鳴った。


 運ばれてきたプルップルな鮮魚料理を食べながら、エリィは少しづつ日が沈みオレンジに染まる空と海に目をやった。

 町には明かりが灯り始め、波の音と海の匂いがする。

 テーブルを見れば、アッシュとノアが軽く一杯エールを飲んで、舌鼓を打っている。

(なんか旅行に来たみたい)

 護衛の警戒を忘れてはいけないので、お酒はこの仕事が終わるまでグッと我慢だが、この仕事を受けて本当によかった。


 夕暮れに染まる海を見ていたアッシュが、美味しそうに料理をつまむノアに目を向けた。

「命からがら王宮から逃げてきたが、むしろ私はあそこを出て正解だったのかもしれないな」

 それを聞いてノアは優しい目をした。

「だから私が、離宮の外に出ましょうと何度も言ったじゃないですか」

「ノアが正しかったな」

 アッシュが穏やかに微笑んでいる。彼にとってこの旅はとても大切な旅なのだろう。

 そんなアッシュをしっかり守りたい、とエリィは護衛の仕事への情熱を再確認したのであった。

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