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仮面舞踏会

 ロックランの町から王都へは馬車で三日で到着した。

 エリィが御者をつとめ、依頼主の二人は終始馬車の中に籠っていた。

 銀髪の男は髪を黒く染めて帽子を目深に被っており、そこまでするとなると、やはり今回の護衛で狙われる危険が高いのかとエリィは気を引き締めた。


 王都付近の森の中の家に一泊すると、次の日の夕刻には仮面舞踏会へ向け出発することとなった。

 エリィには昨日宿で着たドレスの他に、ネックレスや仮面、靴、化粧品なども用意されていた。

 エリィももらった前金で太ももに剣をしまえるホルダーや、最近全く手入れをしていなかった髪を潤すオイルを買って多少この日に備えていた。プルシェンテ王国にいた頃は輝く金髪と褒められていたエリィの髪もこの国での生活ですっかり艶を失ってしまっていたが、数日の手入れで多少は柔らかさを取り戻していた。


 エリィが支度を終えてリビングに出ると、そこには深い青に銀の縁取りの服を着、見事な宝石のついた剣を帯剣した依頼主が待っていた。彼の自然体で落ち着いた佇まいは、元々かなり格式の高い所の出である事を感じさせた。


 もう一人の黒髪の男が従者を務めて馬車で舞踏会の会場に着くと、どこで用意したのかしっかりと招待状を渡し、エリィは依頼主に手をエスコートされ怪しく煌めくホールへ入って行った。そこには仮面をつけた煌びやかな人々が薄暗い照明の中、扇を口元に当て時折笑い声を交えながら今宵を楽しんでいた。


 給仕から飲み物を受け取ると、エリィは依頼主に小声で話しかけた。

「旦那様、なかなか歓談というのは難しいものですね」

「そうだな。もう少し時間を潰したい。

 ご令嬢の身の上話でも聞かせてくれないか」

 依頼主の情報は全く開示されていないが、そう来たか……

 エリィは雇用主とのパワーバランスに辟易としつつも答えた。

「あの町に来る前は、修道院におりました」

「ダンスはどこで習ったのだ?」

 エリィはあまり言いたくないなと思いつつ、まぁいいかと話を続けた。

「国を追放されて修道院に来ました」

「なるほど」

 依頼主の表情は仮面に隠れて見えないが、納得したようだ。


「では悲劇のご令嬢、私と踊っていただけますか?」

 依頼主が恭しく手を差し出すと、エリィは悲劇とかじゃなくてただの罪人ですよと心で笑い、手を取った。



 二曲も踊るとすっかり体が熱くなり、二人はホール外の庭園に向かった。

 ホールから王宮へ続く庭は迷路の様に入り組んでいたが、依頼主はゆっくりとした足取りながらも迷うことなくエリィの手をとって歩を進めた。


「私の従者が先に目的の場所に行っている」

 前を向く依頼主の声が聞こえた。

(目的地? 王宮内?)

 エリィがただの舞踏会の護衛ではない事に若干動揺した時、庭園の向こうに近衛兵らしき人影が見えた。


 依頼主は木の影でゆっくり歩を止めエリィの方を向くと、顔を両手で包み少し上を向かせ、頬に唇の端を当てた。

 エリィの顔に当たるサラサラとした彼の前髪は柔らかく、頬に当たる吐息は甘ったるく感じた。

(近い……顔が近い……)

 エリィは予期せぬ事態に呼吸の仕方を忘れた。


 どれだけの時間そうしていただろうか、近衛兵は気を利かせたのかその場を去っていった。

「やはり女性の護衛で正解だったな」

 依頼主は近衛兵が去ったことを確認すると、何事もなかったかの様に道を進み始めた。

(このセクハラ野郎……

 最近こんな仕事ばっかりだな……)

 エリィは一つため息をついて彼の後を追った。



 ホールからだいぶ離れた離宮の裏口にたどりつくと、依頼主は歩を止め、金色の目をエリィに向けた。

「中の廊下を進んで、左に曲がると二名兵士がいる。君は右の兵士をやれ」

「殺すのですか?」

「いや、動けなくするだけでいい。

 その後三階まで上り、部屋に入る。探し物を見つけたら、窓から逃げる。外で私の従者が待っているはずだ」

「わかりました」

 エリィはドレスの下に隠した剣を確認した。


 依頼人が離宮の裏口の門に手をかけると、それは音もなく開いた。事前にあの従者が開けておいたのかもしれない。

 二人が息を殺して廊下を進むと、左から光がさす角で依頼主は一旦止まりエリィの目を見た。

 エリィがその目に頷き返すと、彼は獣のようなすばさやで左の廊下に身を踊らせ、兵の鳩尾に剣の塚を叩きこんだ。エリィも直ぐその後を追い、もう一人の兵士の喉元を掴むと足を掛け、後頭部から床に叩き落とした。

 失神する兵士を横目に二人は階段を駆け上がり、三階の一番奥の部屋に入りドアに鍵をかけた。


 その部屋は薄暗い月明かりに照らされていて見にくかったが、何年も使われていないようなホコリくさい淀んだ空気が充満していた。おそらくかなり偉い方の寝室だったのではないかとエリィは思った。


 依頼主は壁際にある白い猫足のデスクの引き出しを開けると、古びた本を取り出しペラペラとめくった。あの本が目的のものなのだろうか? とエリィーは様子を見つつドアの方を警戒した。

 その時、廊下から五、六人はいそうな足音と『全ての部屋を調べろ!』という声が聞こえた。


 依頼主は古びた本を懐にしまうと、「来い」とエリィを窓際に呼んだ。

 部屋のドアがガチャガチャと鳴り、「この部屋です!」と廊下から兵士の声がする。


 左右に開いた窓の枠に足をかけ外を見下ろすと、月明かりに照らされた芝生の地面までは十メートル程あるように見えた。

(三階は厳しい……)

 エリィは左手に持つ冷たい窓枠をグッとつかんだ。


「浮遊魔法を使う。私にしっかり捕まれ」

 右からかけられた低い声に振り向くと、綺麗な金色の目が月明かりを反射してこちらを見ていた。

 そのまま硬い腕に腰を抱き寄せされるとエリィは依頼主の胸の中にバランスを崩し、彼が窓から飛び降りるのにつられて外に舞った。

(落ちる)と、ぎゅっと依頼主の肩を強く掴むも、物理的に予想されうる衝撃は起こらず、ふわっという浮遊感の後に柔らかい芝生に着地した。


(わぉ。浮いた? ファンタジー)

 感動に浸る暇もなく、庭で待っていた従者に導かれ、三人は広い王宮から脱出した。


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