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国外追放

 卒業パーティーでの婚約破棄に続く断罪で、エリザベスはかれこれ一ヶ月ほど牢に入れられていた。湿った薄暗い牢には誰も面会にこず、日長一日硬い床の牢で特にすることもなく、もう早く国外追放して欲しいとさえ願った。


 ようやく罰が決定されたのか、牢屋に現れた兵士に声をかけられ、そのまま公爵家に寄ることも許されず馬車で国境付近の山まで連れてこられた。痩せ細った体にボロ馬車での悪路は堪えた。


 今までエリザベスが過ごしたプルシェンテ王国と隣国のシーテリア王国は、夏でも山頂に雪が残る峻嶺な山で隔たれている。国境の門を馬車が潜ると乗っていた兵士は降り、御者とエリザベスだけが残った。


 御者が出発しようとした時、国境の門から人が一人荷物を抱えて出てきた。

「そこの馬車、少し待ってくれ」


 エリザベスが窓の外を見ると、久しぶりに見る明るい茶色の瞳の生意気そうな顔が見えた。

 エリザベスは馬車を降りると、その懐かしい顔の青年にお礼を言った。

「エドガー、こんな所までありがとう」



 エドガーは「なんでお前いつも演技してんの?」と学院で話しかけてきた、無駄に洞察眼の鋭い奴なのだ。ゲームでも攻略対象の一人で、この国境付近を治める辺境伯の長子である。学院で悪役令嬢の演技ばかりしていたエリザベスにはほとんど友達はいなかったので、エドガーは本当に貴重な唯一の友人だったのだ。



「ほんと、エリザベスが予見していた通りになったな。正直信じられない。

 ほら、これ頼まれていたやつな」

 エドガーは呆れた顔で、荷物の入った背負い鞄を私に持たせた。

 裸一貫で国外追放ではかなり困るので、換金しやすそうな貴金属、シーテリア王国の地図、手に馴染んだ短剣、ギルドカードなどを事前にエドガーに預けていたのだ。


「ありがとう。エドガーにしかこんな事は頼めない」

 罪人への物品供与など、信用がおけてかつ権力のあるエドガーくらいにしか頼めなかった。


 エドガーはエリザベスの目をじっと見ると、

「これ餞別にやるよ」

 と言って、革の紐に通されたエメラルドの指輪をエリザベスの首にかけた。その美しい指輪を手にとって見ると、指輪の宝石の裏にはエドガーの家の家紋が彫られていた。


「何かあったら、いつでも尋ねてこい。

 これを見せれば、この砦も屋敷でも話が通る。

 本当に困った時は売ってしまってもいい」

 いつになく真面目な顔でエドガーが言う。


 エリザベスの胸に温かいものが込み上げてきた。公爵家の家族ですら家紋の恥と顔を合わせることもなかった中、いつもと変わらない友人に救われた。


「エドガーありがとう。大事にします。

 時々生存報告の手紙を書きます」

 エリザベスは若干泣きそうな笑顔で別れを言った。

「また会えるよな?

 その時はシーテリア王国での色んな暮らしを教えてくれ。

 本当に体には気をつけて」

 エドガーはエリザベスの肩に手を置いた。

 エリザベスは頷くと、馬車に戻った。






 馬車は山間の道を進み、小さな町を見下ろす丘に建てられた古い修道院に辿り着いた。


 修道院は重々しい牢獄のような石造りの建物で、馬車に気が付いたのだろう、静かな老婆と二名の修道女がドアから出てきた。


 エリザベスは馬車から降りると、深々と修道女たちに頭を下げた。

「エリィと申します。この度は私を修道院に受け入れてくださり、ありがとうございます」

「長旅大変だったでしょう。まずは部屋にてゆっくり休みなさい」

 そう優しい微笑みで言ってくれた老婆がおそらくここの院長なのだろう。


 エリザベスという名前では仰々しいので、この国ではエリィと名乗ることにした。

 ここまで長旅を共にしてくれた御者にお礼を言うと、馬車はもうエリザベスは帰ることのないプルシェンテ王国へ引き返して行った。



 修道院の生活は、エリィの想像をはるかに超えていた。

 まず起床がまだ日も上らぬ三時なのである。

 同部屋の修道女に起こされ冷たい水で顔を洗うと、礼拝堂で詩篇を唱え始める。そして黙祷。

 やっとの朝食は硬いパンとスープのみで私語厳禁。

 転生前はハード系のパンが好きだったが、ちょっとレベルが違う。焼き上がってから三日も立っているパンは、スープに浸さなくてはとても噛み切ることはできなかった。


 朝、昼、夕べに行う祈りの時間はあまり好きでは無かったが、午前と午後の仕事は楽しかった。

 エリィに任されるのは簡単な洗濯と食事の準備片付けくらいだが、この世界で洗濯ってこうやるんだ! となかなかに興味深かった。しかし、井戸から水を汲み上げて、洗濯板で洗うのはかなりの長時間労働だった。指もふやけて指紋がなくなるし、洗濯機って神だったと気づく。

 調理だって、火付け、火の番から始まる。修道院では基本パンとスープだったが、時々魚の燻製やワインも食した。

 だいぶ慣れてきた頃、三日目のパンで皆さんにフレンチトーストを作ったら、ものすごく喜ばれた。



 一ヶ月もすると、痩せ細っていた体もだいぶ回復し、自分で生活の色々を行える様になっていた。修道女の先輩たちが、現代人のち公爵令嬢で何もできなかったエリィに一から丁寧に教えてくれたおかげだ。


 エリィはある夜、意を決してまだ光が灯っている院長室に向かった。

 ドアをノックして部屋に入ると、お婆ちゃん院長先生が机で何やら書き物をしていた。


「院長先生。少しご相談がありまして」

 院長先生は、いつもの穏やかな微笑みで続きを促した。

「私、町に出て暮らしてみたいのです。

 こちらでは本当に良くしていただたのですが、色々な世界を見てみたいのです」

 院長先生は少し驚いた素振りを見せたが、いつもの優しい穏やかな声で答えた。

「エリィさんはいつか巣立ってしまうのではないかと思っていましたが、思っていたよりもずっと早かったですね。

 (あて)はあるのですか?」

「はい。冒険者ギルドで少し稼いだ経験がありますので、そこから始めようと考えています」

 院長先生が少し思考に沈んだ。

「それならば、まずはロックランの町が良いでしょう。

 あそこにはギルド支部もありますし」

「はい。私もロックランに行ってみようと思っていました」

 院長先生は頷くと、

「では、ロックランの知り合いにどこか住む場所をあてがってくれないか一筆したためましょう」

「院長先生……」

 エリィは実の親以上に親身になってくれるその優しさに胸を打たれた。

 

「エリィさんは色々美味しい食事を作ってくれたり、皆んなを笑顔にしてくれて。

 あなたがいなくなるのはとても悲しいわ。

 困った時はいつでもここに戻っていらっしゃいね」

 院長先生の顔が、日本にいた祖母のように優しい。

「院長先生……

 ありがとうございます……」

 エリィは差し出されたその無償の優しさを噛み締めた。


 国外追放後、頼れるものは自分一人と気張っていたが、世界には意外にも私を心配してくれる人が存在した。今はまだ全くそのような余裕はないけれど、私もいつかは誰かを助けることができる人になりたいとエリィは思った。


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