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断罪

 王立学院に通う公爵令嬢のエリザベスは、今日の卒業ダンスパーティで自身に何が降りかかるかを知っていた。

(とうとうこの日が来たわね)

 本来ならエスコートしてくれるはずの婚約者アルル皇太子の姿は今ここにはなく、一人で胸を張り、シャンデリアの煌めくホールに入っていった。



 一年ほど前、エリザベスには日本で劇団員として生活をしていた者の魂が乗り移ってしまっていたのだ。そして、この世界が彼女が日本でやっていた乙女ゲームの世界に酷似しており、自身がそのストーリーでヒロインを陥れようとする悪役令嬢であることを知った。

 そして今日は、純粋無垢な聖女フローラを守るため、婚約者のアルル皇太子がエリザベスの罪を断罪し、婚約破棄を告げる日であったのだ。



 ホールの奥には聖女フローラの手を握ったアルル皇太子が立っていた。アルル皇太子は、近づいてくるエリザベスを硬い表情で凝視し、フローラを守るように彼のすぐ後ろに移動させた。

 エリザベスは嫉妬と怒りを目に漂わせ、二人の前で淑女の礼をとる。

「アルル皇太子殿下。ごきげん麗しゅう」

 周りの人々は声を顰めて三人を遠巻きに見ており、ザワザワとした静けさがあたりに満ちた。


「殿下、婚約者の私がありながらそちらのご令嬢とご一緒にいらっしゃったのですね」

 落ち着いたエリザベスの微笑みにアルル皇太子の表情が醜悪に歪んだ。

「エリザベス、よくも抜け抜けとこの場に現れたな。

 今日はっきりと宣言する。

 君との婚約は破棄する」

 アルル皇太子の後ろでは、オレンジの明るい髪の聖女フローラがこちらを心配そうに見ている。


「は!? 何をおっしゃっていますの?」

 エリザベスはまるで晴天の霹靂といった表情で声を荒げる。


「君のフローラ嬢への数々の陰湿で執拗な嫌がらせ……

 今まで目を瞑ってきたが、しかし、犯罪組織への売り渡し拉致監禁はもう犯罪だ」

 アルル皇太子がやたらとホールに響く声で言った。


「わ……私がやったという証拠でもございますの?」

 エリザベスは若干焦りを滲ませた狡猾な笑みを浮かべる。


「言い逃れは憲兵に言うのだな」

 アルル皇太子がそう言うと、待機していたと思わしき憲兵二人がエリザベスの両腕をがっしりと掴んだ。


「無礼者! 私をエリザベス・シェラードと知っての狼藉か!」

 エリザベスは憲兵の腕を振り払おうとするが、痛いほどに掴まれた腕はびくともしない。無理矢理後方に体を向けられると、引きずられるようにしてホール入り口に向かって歩かされた。


「……この泥棒猫! 恥を知るがいい!」

 後ろに顔を向け、醜い表情でフローラに向かって大声をあげる。

 人々は眉を顰めてその様子を見ていたが、彼女がホールからつまみ出されると再び音楽が流れ始め、邪を取り除いた幸せでにこやかな人々が明るい未来に向かってダンスを踊り始めた。



 後ろ手に縄をかけられ、憲兵に挟まれて馬車に乗せられたエリザベスは、先ほどの悪魔の形相もどこへやら、非常に満足した微笑みを浮かべていた。

(ふぅ。とうとうクライマックスを演じ切ったわ)

 劇団員の魂が転生していたエリザベスは、ある時から悪役令嬢を演じることが楽しくなってしまっていた。


 転生が起きた直後は、破滅フラグをどうにか叩き折ろうと良い子になるよう努力したエリザベスであったが、物語の強制力は凄まじかった。どんなにフローラに優しくしようとしても、なぜかフローラが傷つけられ、痛めつけられる結果に終わる。そして、アルル皇太子とフローラは深く愛し合い、むしろエリザベスがいるからこそその愛は深まり、国外追放エンドは不可避に見えた。ゲームのストーリーという乗せられたレールからはどうにも降りることができないという恐怖は、そのうちに諦めへと姿を変えた。


 開き直ったエリザベスは学院ではストーリー通りの悪役令嬢を演じ、もっぱらの時間を国外追放後の準備に費やす様になった。

 国外追放後は寂れた教会で修道女として慎ましく暮らしたと、ゲームのテロップには出ていたが、もっと自由に色々な世界を見てみたいと思った。


 急に学院で剣術の授業に参加し始め、自宅でも護身術の先生を雇い体を鍛えた。世間ではエリザベスが暴力性を増し、隠れて奴隷を虐待しているなどというあらぬ噂も流れたが、エリザベスの剣技はなかなかの腕前になった。もともと活発な性格で狩りや乗馬が好きだったのも功を奏したのかもしれない。

 また休みの日には公爵家に隠れて町に繰り出し、冒険者ギルドに登録して毒草や薬草の採取もするようになった。そしてちょくちょく居酒屋のバイトをし、平民の喋り方や仕草も学んだ。


(できるだけのことはやったけど、まぁ、苦労するかな)

 これまで何不自由なく公爵家で暮らしてきた生活から、ガラリと環境が変わる。

 エリザベスは若干の不安を覚えつつも、その自由な未来に胸をときめかせていた。


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