プロローグ
ある寒い冬の夜、月明かりが青白く城の大窓から廊下に差し込む中、まだ幼い王子は侍女に付き添われ母の元に向かった。
大きなドアの向こうには、すっかり痩せてしまった母がベッドに横たわっていた。
「母上」
王子が呼びかけると、王妃は黒ずみの増した目元でそれでも優しく目尻を緩めて王子を見つめた。
王子が今日あった事など話すと、王妃は細く硬くなった手で王子の髪を撫でた。
王妃の視線が後ろに移動したのにつられて、王子が背後を振り返ると、そこにはいつの間にか黒いローブを目深に被った女がゆらりと立っていた。
その女の赤い唇の端がニヤッと恐ろしげに上がるのを見て、幼い王子は逃げようとするが、恐怖で体が固まってしまっている。
黒いローブの女が低い声でブツブツと何やら呟き、その白い指を王子の額に当てると、王子は苦しげに頭を抱えて蹲り、倒れてしまった。
「アッシュ。ごめんなさい……」
王妃は倒れた幼い我が子を震えた手で抱きしめた。
その日から王子は異形の者となり、離宮にこもり人目を避けて生きていた。
王妃は間もなく他界し、あの日なぜ王妃が幼い王子に呪いをかけたかを知るのは、黒いローブの女だけだった。