適任者
星が煌めく夜空のなかに、飛び回る円盤型の宇宙船があった。遠い惑星からやってきた彼らは、一年近くかけて地球の調査をしていた。あらかたの調査は済み、あとは地球人の体の仕組みを調査するのみであった。全ては地球侵略の為。
高度を下げた宇宙船は、人体実験に適した地球人の選別にかかった。人体実験といっても、体を切り裂いて行う解剖などといった低俗で非効率的な行為ではない。
地球よりあらゆる面で文明が進んでいるので、被験者の体を一切傷つける事なく体の仕組みを解明できる技術を持っていた。彼らの惑星にとって人材は「宝」であり、地球を侵略した後に奴隷として働かせる貴重な労働力である。被験者は実験前と何も変わらない健康体で地上に返される。
宇宙船の中には、もうひとつ優れた高度な装置があった。惑星の調査には欠かせない、記憶を消す装置である。これにより地球人に自分たちの存在が広まる心配はなかった。存在を知られると、厄介事が増えてしまう。いくらこちらの方が軍事力で勝っていようが、攻撃されれば少々面倒臭い事になる。それに文明の差に絶望して、やけを起こし、自らの手でこの美しい地球を破壊してしまっては、これまでの努力が無駄になってしまう。そうしかねない核爆弾という兵器を保有している事は調査済みであった。だから、絶対に存在を知られてはならないのだ。
宇宙船は、夜道を歩く眼鏡を掛けた女性の上空300㍍地点まで高度を下げた。あとは船内に女性を吸い上げるだけ。その時、調査中止を余儀なくされる事態が発生した。記憶を消す装置が故障したという知らせを受けたのだ。
宇宙船の中で、調査隊員の部長がベテラン整備士に言った。
「修理にどれぐらいの時間が掛かる」
「部品さえあればものの数分で終わるだろうが、あいにく予備の部品を切らしてしまっていて、どうにもならんよ」
「地球で調達は出来ないものか?」
「文明の劣った地球に、代わりになるものがあるとも思えんな」
「くそぉ、ここまで来て思わぬ足止めを食らうとは……」
このままでは、調査を中断して修理のために故郷の惑星に帰還する事になる。戻ってまたやってくるとなると、かなり長い年月を要すことに。船内に不穏な空気が漂うなか、地球人の性格を調査していた隊員のひとりが、何やら思い当たる事があったのか、慌ただしく採取したデータを調べ始めた。そして―
「あの部長、ちょっとお話が…」
空飛ぶ円盤型の宇宙船は、ある男の頭上に現れた。宇宙船から光が注がれ、男を吸い上げる。
男は手術台のような場所に寝かされ、身動きが取れないよう拘束されている。無機質な船内で、目が大きく光沢のある銀色の宇宙人らしき生命体に囲まれている。
宇宙人たちは、地球の言葉を使いコンタクトをとってきた。
「我々は宇宙人」
「心配ない。心配ない」
「人材は宝」
男はまだ事態を飲み込めてはなかったが、構わず宇宙人たちは男の体の調査を開始した。男の体を一切傷つける事なく、内臓、筋肉、骨などを取り出し調査しては戻していく。
宇宙船から光が降り注がれ、男が地上に返された。体に何の異常も感じられなかった。むしろ、さっきよりも体の調子は良いように思われた。
男は今経験した事を誰かに話したくてしかたがなかった。その足で、馴染みの飲み屋に駆け込む。宇宙人から口止めはされなかったので、男はおしげもなく話した。
「今、宇宙人に連れさられてさ。気が付いたら宇宙船の中だよ。手術台の上に乗せられて、あれは人体実験だよ。俺、人体実験されたんだよ。目が大きくて、全身が光沢のある銀色でさ…そう、目が大きいの。え、どれぐらい大きいかって。そうだな。こんぐらいかな……本当、本当だって……」
一方、宇宙船では―
宇宙人たちが大きなモニターで男の姿を見ていた。
「これは驚いた。誰もあの男の話を信じていないぞ。これがさっき言っていた…」
「はい。嘘付きです。地球人の中には、嘘ばかり付く信用されてない人間がいるようなのです」
終




