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凡才の牙  作者: 炉鳩シヲ
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第三話 『凡才書く』

 仁が駅に着くと、ちょうど電車が来るところだった。

 電車に乗り込むが、空いているシートを探すことなくドアの前の手すりのそばに立つ。冷房の点いた車内は過ごしやすく、汗が引いていく感覚が心地よかった。同じ制服を着た人間が、仁に続いてポツポツと2,3人乗り込んできていた。6月に入り、学校は制服の移行期間に入っていて、ここ数日は暑い日が続くため制定のシャツだけで制服の上着を着ている生徒はいなかった。放課後から2時間も過ぎた電車では高校生は少し目立つようで、周りには仕事帰りであろう、OLや老人が大半だった。みな手元の画面に視線を落としている。周りには興味がなさそうだ。


 仁は通学カバンを床に置いてすぐ、手に持った2枚の紙に目をやる。端を握ったまま速足で駅まで運んだそれは、手の汗で湿ってしわしわになり、手にしていた部分は心なしか黒く変色もしていた。


 一枚は商店街のメンチカツ屋にもらったもので、商店街の西側の入り口近くにあるメンチカツ屋のおばちゃんは仁のパンチを見て感じるものがあったそうだ。

「メンチカツ屋を初めて25年。初めてだったよ、あんなパンチを見るのは。この辺の高校生って喧嘩しないものだと思っていたよ。やるじゃないかあんた。かぁ~~!やっぱ男子高校生はこうじゃないとねぇ!HAHAHA!」

と高らかに笑っていた。仁は苦笑いするしかなかったが、その場を去るころには手に熱々のメンチカツと、割引券を握らされていた。商店街を突っ切りながらメンチカツは既に胃の中にしまい込んだが、その熱がまだ残っているようで、あたたかさが腹から食道を伝い、カツ臭い呼気と混ざって吐き出されていた。メンチカツは力が湧いてくるような味で、仁はもう一つ食べたくなっていた。


 二枚目は、ボクシングのチラシだった。

 薄緑色の紙に白黒印刷で『強者求ム!!』とデカデカと書かれた見出しとファイティングポーズをとっているであろう男性の写真、下部に電話番号と簡易的な地図が書かれているだけのいろんな意味で強気なチラシに、これは1年生は入りずらいんじゃないか?と仁は苦笑いする。仁は赤髪からの誘いを断った後、気が変わったら連絡しろと無造作に通学カバンから取り出したチラシを手渡されたのだった。赤髪があまりに慌てて出すので、チラシは仁の手元に渡った瞬間からしわくちゃだった。

 仁は赤髪に対して、同じ1年生なのに部活の勧誘をするなんて熱心なことだと感心していた。そして赤髪とぶつかったときの反応といい、仁とモブたちとの喧嘩を静観する姿といい、最後のチラシを手渡す姿――有望な後輩を見つけた先輩のキラキラした瞳をしながら――といい、仁の中で赤髪は見た目以上に理性的な性格にもかかわらず見た目通りの評価を受けているだけではないかと感じていた。赤髪は一言でいえば“いい奴”だった。仁は赤髪の評価の中で、同じ年のはずなのに無意識に赤髪の方を先輩と感じていることに気づいて、自分の小物さ加減に自嘲気味に笑う。そして、赤髪に触れた右手に視線を移しまたすぐにチラシに戻した。


 赤髪からもらったチラシを眺めるのもそこそこにし、仁はスマホを取り出す。ロックを解除し、そのまま画面を二回ほど撫で、メモアプリを起動した。スマホゲーム達の中に埋もれたそれを仁は最近頻繁に利用している。頻繁に利用するアプリは画面の一番下に留めておくと便利だと知っているが、仁の中でメモアプリはそこまでするほど頻繁な習慣になってはいない。

 メモを開くと、まだ4つほどだが保存しているファイルが目に入る。仁は『新規メモ作成』の表示をタップし、新しいメモを開いた。一番初めに今日の日付を記入し、フリック入力で文字を書いていく。書いているのは、もっぱら今日起こったことだ。ただ、日記を書いているのではなかった。


 仁は最近小説を書くことを始めた。書き始めるにあたって特にきっかけというきっかけはなかったが、暇つぶしに書いてみたら面白かったという程度のありきたりなきっかけではあった。まだ一作も書いていなかったが、仁は書くことが楽しいようで、家に帰ると母親との会話もそこそこに部屋にこもって小説投稿サイトに投稿されている作品を読んだり、自分で話を書いたり、まぁまぁ楽しんでいた。書くことに集中して宿題をさぼることもあったがまだ担任に目を点けられてはいない。仁は純粋に物語を考え紡ぐことを楽しんでいた。


 ただ、字書きを始めるにあたって仁には懸念が一つあった。いや、それを懸念と呼ぶことは適切ではないかもしれない。というのも、すでに確定しているに等しいことには懸念というよりは恐怖や絶望という言葉が正しいだろうということだ。仁には、見えない高い壁がいつか必ず訪れることの恐怖、そしてその見えない壁を決して超えることができないという絶望が常に付きまとっていた。それは仁自身も宿命だと理解していた。宿命だと理解していたがゆえに手放すのが辛くなる前に書くことを手放さなくてはいけないと覚悟をしていた。


 その覚悟が必要なくなるとは、仁はその時は考えもしなかったのだが。

 

 仁は一定のリズムで揺れる電車のドアに背中を預けながら、今日の出来事の詳細を思い出していた。放課後に本屋に寄ったこと、作家にあったこと、そしてその帰りに赤髪と出会ったこと。それらを余すことなくメモに残していく。神からもらった力で“奪った”二つの才能のことも漏らさずに、その子細に書き留めるのだった。

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