第一話 『凡才立つ』
軽く書き始めたつもりが長くなったので、連続投稿にしようと思います。
「やったぞ」
男がこぶしを握りながら、商店街を歩く。
「てっ、、、手に入れた、、、小説を書く才能を」
男はやや上ずった声で、興奮気味に呟く。半信半疑ながらも、自分の言葉に胸は高鳴り、二本の足は競うように速度を上げていた。男は舞い上がる気持ちを抑えながら、夕方の商店街を歩く。夕方ということもあって、学生や主婦、老人など多様な人間が商店街に集まっていた。
「早く、試さないと。早く、、、」
からっからに渇いた口でつぶやく。手に入れた力を早く試したいと、男は足を速めた。男は宙に浮いた気分だった。魚の生臭い匂いが鼻をくすぐる角で曲がる。男は気づくと横に広がって歩く学生の真ん中を突っ切っていた。一瞬の痛みとジンとした熱さが、学生と肩が衝突したことを伝える。普段の男なら考えられないことだった。男の浮ついた心がそうさせたのだった。男には周りが見えていなかった。否、見ていなかった。男の頭は家に帰って小説を書くことしか考えていなかった。
男が声をかけられていることに気が付いたのは十数秒あとのことだった。速足で歩いていた男と学生とでは数十歩ほど間が開いていた。何度も何度も男の名前が呼ばれていたらしく周囲の人も注目しているようだった。
男は、空想の世界を創造していた。発想を文章として構想し、展開の妄想にふけっていた。想像、想定、想念。自分の世界に浸りきっていた脳みそが現実に戻り呼び声に気が付いたのだった。
男が声の主の方向に振り返ると、クラスメイトがいた。
「当たってんだろ!謝れよ!」
彼の威圧感のある赤黒い髪型に男は、彼が普通のクラスメイトではないことに気づいた。どうやら、肩のぶつかった相手はクラスのオラついたグループの一人で、その上先ほどの衝突で突き飛ばしていたらしかった。赤髪が服についた砂や塵をはたきながら、男に近づいて来た。
「痛いだろうが、ちゃんと前見て歩けよ」
以外にも理性的に話しかけてくる赤髪に男は驚く。
「ごめんよ、ちょっと急いでて。ごめん。ほんと、突き飛ばしてごめんね」
とっさのことにお粗末な言葉しか出ない自分に男は耳が熱くなる。
「........っふぅ。まぁ....」
「ぶつかっといて、それはねぇんじゃねぇの~?」
赤髪の言葉を遮りカットインしてきた声の主、赤髪の連れが、男の顔を覗くように見ていた。
「その、、ごめん」
とっさに謝るも、許してくれそうにはなかった。
男が知る限り、彼らは高校のボクシング部に入部しており、クラスでも血の気の多い奴らだった。中でも赤髪の男は同じ1年にも関わらず、将来が有望されるほどの選手だそうで、その実力と厳つい格好とが相まって近寄りがたい雰囲気を纏っていた。取り巻きも多い。それゆえに先ほどの赤髪の理性的な対応に男は驚いたのだった。
「なんか、もっと言うことあるんじゃねーの!?」
男は、赤髪の取り巻きに一人に突き飛ばされ、しりもちを付いた。夕方の散水の後でお尻のところがじんわりと冷たくなる感触に男はつま先を丸める。取り巻きのモブ1はニヤついた顔で男を見下ろしながら、男と目が合うと瞳に力を入れにらんできた。赤髪は少し困った顔で男を見ると、ため息をついた。
「おい、満足か?突き飛ばされたのは俺なんだけどな」
「あ、、っごめんよあっちゃん。つい…」
「…まぁいいか。帰るぞ」
男は無力感が体を満たすのを感じていた。数分前までの高揚感は去り、臀部の冷たさと相まって自分がどうしようもなく惨めに思えた。才能のある奴が才能のない奴を見下し、先へ先へと進み、自分は忘れられる。自分の人生なんて赤髪の中にほんの少しの紙片ほども残らないだろう。頭が冷め切ったとき、男には冷徹な感情が浮かんでいた。自分を惨めにした彼らにやり返してやりたかった。一矢報いてえやりたかった。そして、幸か不幸か男にはその力があった。正確には“あるはず”だった。男は立ち上がり、まだ背中の見える赤髪に速足で近づく。
「はぁ、はぁ、大丈夫、大丈夫」
白く染まった頭にたった一つ、たった一つだけ文字が浮かぶ。
『奪ってやる』
その一言だけが、男を動かしていた。
赤髪との距離が、4歩に迫ったとき左から数えて取り巻きのモブ4がこちらに気づく。
「あんだお前、やる気かぁ?」
モブ4がこちらを向く。向かってくる男の目が必死だったからか、猛然と突き進む男の姿が不気味だったのか、はたまた最初からそのつもりだったのか、モブ4は素早く拳を構え、男の頭部、左頬骨に狙いを定める。
モブ4に続いてモブたちが振きだしていた。
男は真白な脳でモブ4の姿勢を認識する。赤髪まであと、3歩、2歩。
モブ4が前に出て大きく拳を振りかぶった。
「避けれる、避けれる。大丈夫、大丈夫、大丈夫!」
男の左頬をめがけてモブ4の右拳が大きな曲線を描く。モブ4の拳は、男の少し縮れた髪をとらえた。男は少しかがんだ姿勢のまま、手を伸ばす。赤髪まであと、1歩、0歩。
男の両手が赤髪の右手を握る。赤髪は身をひねり男をかわそうとするが、男の動きのほうがはやかった。男は赤髪の熱烈な支持者であるかのように、赤髪の両手をがっちりとつかんでいた。
「はぁ、っンぐっ、、はぁ」
男が喘ぐように息をする。
途端、衝撃。鈍痛。
男の視界が上方に動かされ、曇り気味の空とクリーム色の商店街の屋根が目に入る。背骨がまっすぐになる感覚とボギボギッというくぐもった音が体内を通る。男は勢いのまま転がり、最後は前方に倒れて商店街の外に出た。
男は、背中を押さえ、右ひざから立ち上がると、赤髪とモブを見据える。スッと両拳を握り、胸の前で構えるボクシングのファイティングポーズをとった。
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