仇【2】
前回の話
父の仇をとったローグ。墓も作り埋葬し終えると、夜も更けている中、森へ入ってきた人がいることを知り、確認の為に走り出した。
木々が生い茂る中、足音を消しながら匂いのした方向へと走る。只の散歩や狩りなら森を出るまで様子を見ておけば済む話だ。そうでなかった場合は・・・その時に考えようと思う。
──匂いがだいぶ近くなったな。
近くに木に身を寄せ、目の回路を開放する。
目の回路を開放すれば人が纏う魔素も見えるし、人数も把握しやすからだ。
こんな時ですら目の回路を開放した時の世界の変わりようには心が躍ってしまう。木々や大地からも小さく丸い光がぽつぽつと湧き出るかのように溢れ、空に舞っていくのはすごく幻想的だ。アウラに聞いた話だと人以外は寿命が短くて漏れ出るように魔素が溢れていくらしい。
これを聞いた時は少しだけ悲しくなったのを覚えている。
だって、魔素は魂なんだろ?
だとすれば生きているこの瞬間、この目に映る世界は命を削っている様に見えてきてしまったから。
でもそんな俺に気付いたのか、アウラがまた一言付け加えた。
「この光が見えている間はみんな生きているんだよ。力一杯生きている証拠なのさ」
鬼畜精霊の割にはいい事を言うんだな。
目の回路を開放した今、俺の目にはそんな世界が映りこむ。
少し先を歩いているだろう人が二人。それとやたらと魔素の量が少ない人が一人。止まったり走ったりを繰り返しているような動きが少しだけ気にはなるけど。それでも正確な位置も人数も分かった事だし、もう少し距離を詰めてみるかと足を進める。いくら魔素が見えたって状況が分かる訳じゃないから。
そんな時、声が聞こえた。
「ーーいい加減放しなさいよ!」
「ったくうるせー女だな、そういう女は男に嫌われんぞ。 ん?・・・てかあれか、お前にはもう関係ないか」
「ガイ、今日だけの我慢だ。それと女、お前はこれ以上騒いだら殺すぞ。生きているだけでもありがたいと思え」
最初に聞こえた女性の声は間違いなくメアリーだろう。今日聞いたばっかりなんだ、聞き間違いって訳ではないだろう。
問題は次に聞こえてきた声だ。
確かに聞いたことがある。
耳にベッタリとこべり付いて忘れる事なんて出来なかった声。
──アイラを殺した男の声だ。
口角が自然と上がっていくのを止められなかった。やっと理由が分かるのだから。
何の為に殺されなきゃいけなかったのか、やっと知ることが出来るのだから。
すぐに全部の回路をし、地面を蹴る。
流れていく景色の中、目に映ったのはフードを被った人が二人、その後ろにはローブで腕を縛られているメアリーだった。
「ーー誰だ!?」
木々を掻き分ける音に反応したのだろう、フードを被った二人組のうち、片方は掴んだロープを引っ張りながら後ろへ下がった。そのロープに繋がれたメアリーは引っ張られた勢いで倒れた。もう片方はマントの下から両方の手に付けた鈎爪を取り出す。
俺から見て直線上に配置どる。先に鉢合わせする鉤爪の男に用があるけど、メアリーを放って置くわけにはいかない。
蹴りだした勢いのまま片方の刀で鈎爪に向かって振り下ろし、下から襲い掛かって来ていた鈎爪へぶつける。
刀と鈎爪がぶつかった反動を利用し空中で一回転しながら男を通り抜け、二本目の刀でメアリーとロープを握った男の間へと体を滑りこませながらロープを断ち切る。
「ーーーローグ!?」
「昼ぶりだね、ちょうどこいつらに用が出来たんだ。少し後ろにいてくれ」
メアリーに一言声を掛けながらも目の前にいる二人組からは目を離さずにいると、奥にいた鈎爪の男が無造作に近づいてきた。
「おい、お前何してんだよ? つーか今の何だよ、曲芸師みてーな動きしやがってきめーな」
憤怒の色を瞳に色濃く宿しながら吐き捨てるように投げかけてくるが、こっちだって用があるんだ。
「気持ち悪くて悪かったな。--それより、お前に聞きたいことがあるんだ」
「とりあえずその女をこっちに寄こせ。じゃなきゃ話はここで終わりだ」
鈎爪の男が話し終えると同時に構えをとる。
「メアリーは渡さないし、話しも聞かせてもらう。--それが嫌ならそんなとこで見てないでさっさと来い」
ちょっとした挑発だ。
相手が二人いる以上、メアリーから離れるのは得策ではないだろう。相手の出方も分からないのに此処を離れたら、メアリーを守れるかどうかまでは分からない。それなら向こうから来てもらうのが一番手っ取り早い。
それにこれは狩りじゃない。
殺す訳にはいかないが、逃がす訳にもいかない。
それなら武装大会みたいに手加減しながらでは時間が掛かるし、下手をすれば取り逃がしてしまうかもしれない。
出来るだけ短時間で二人を拘束するなら、今の俺にできる事なんて限られてしまう。
俺の挑発は効果覿面だった様だ。
話し終えた途端に大きな舌打ちをし、右腕と左足を黄色に輝かせ迫ってきた。予想通りに動いてくれた事にホッと胸を撫でおろしながら魔法を唱える。
「ーー切り裂く風」
声と同時に刀に風が纏わりつく。
普段なら構えを取り、円舞を使って戦うが、今は違う。
武装大会や狩りで円舞を使うのは相手を尊敬し、こちらも全力で行くという姿勢の表れ。さっきの魔物は父さんに自分を見てもらおうとしたのもあるが、心の根幹には同じ思いが詰まっていた。でも今はそんな想いなど露程も無い。
「──っんのヤロー!死んでも知らねーぞ!」
叫びながら突進するのが流行っているのか、初めての闘技場でも目の前でも同じ様に走りよってくる男がいた様な気がする。
間合いに入った事を確認して刀を振るう。そのまま姿勢を低くし、反対の手で相手の膝上を一閃。そのまま体当たりする様に相手の腹部に肩をぶつけ、離れ際に残っている腕に向かって刀を振るう。
そのまま一瞥することなく続け様に魔法を発動させておく。
「--風塊の壁」
もう一人の男の周りに微振動をしている膜のようなものが出来上がった。
「死にたくなければそれに触れない事を勧めるよ」
その言葉を耳にした男が手に持っていたロープを恐る恐る薄い膜へと投げると、膜に当たった瞬間に燃え上がり、塵すらも残すことなく燃え尽きる。それに驚いた男は「ーーなっ!」と素っ頓狂な声を上げながら尻餅をついていた。
そのまま体当たりした男に近寄り、首元に刀を突き付ける。
「これでも話す気になれないか?」
「くそヤロー! 俺に何をした! 何で斬られてんのに痛みも無ければ血もでねーんだよ!」
切り裂く風は鎌鼬の様なものだ。
アウラとの修業中、これを使って俺を切り裂いていたのだから気付いた時には拳をワナワナと震わせていた事は記憶に新しい。
だからこそ使い方も理解できたし、今現状で一番役に立つ魔法だとも思いついた。なにせ殺さずに相手を無力化するにはもってこいの魔法ではあるのだから。
「そんなことはどうだっていいよ、お前は青い髪の女性を覚えているか?」
鈎爪をしていた男が表情を曇らせ舌打ちをした。
「あぁ知ってるよ!--くっそ、見られてるとは思わなかったけどな」
「なんで殺した? 死体はどうした? 他の人たちはどうした?」
捲し立てるように口早に言った。刀を握りしめている手には自然と力が入っていくのが自分でも分かる。
集落で唯一生き残ってしまった自分に未だ何ができるのかなんて分からなかった。それでも、せめて埋葬が出来るのであればしてあげたかった。なぜ殺されたのかもやっと分かるのだから。
「なに?そんなに知りたいのか?」
男は愉悦に顔を染め上げ、仕返しとばかりに口早に話し始めた。
「あの集落で一番若かった女だろ? あいつは良かったぜ、あの若さでそそられる体してる奴なんて珍しいからな。殺した後に一晩は相手してもらったぜ。他の女共もわるかーなかったが、あの青髪の女が一番人気だったぞ。ちーっとばかし殺したのは失敗したとは思ったんだが、まあ殺したもんはしょーがねぇからちゃんと朝には森に捨てといてやったぞ。今頃は獣の糞になってるんじゃないか~? ──あっ男どもは用が無かったから適当に捨てといたぞ」
──悔しいな。こんな奴らに弄ばれて・・・。
心がどんどん沈んでいくような感覚に襲われていた。目の前の男は自分の欲を満たすためだけに集落を襲い、そして殺した。
気付けば頬を涙が滑っていった。
集落を離れてしまった自分、アイラを、人を人と思っていない奴らの行動。頭の中には笑顔のアイラと最後の言葉が渦巻いていた。
「お前泣いてんのか? まじできめーな。──ってか話したんだからさっさと医師を呼ぶなり連れてくなりしろや」
世の中に死んで欲しいと願った人は数少ない。だから理由を聞こうと考えていた俺が馬鹿だったのだろうか?
アイラの死は無意味であってほしくなかったのに。
「・・・お前は自分が殺されるとか思わないのか?」
「殺せばいいじゃねーか。改めて思えばおめーは見ていただけで助けなかったんだろ?どこで見てたか知らねーが、ちびんなかったのかビビり君?」
「そうか、じゃあそうさせてもらうよ。──揺らぐ風」
刀の周りの風が音を消したように止まり、その刀で体だけになった男を三回撫でる。すると触れた場所から血しぶきが舞い、それと同時に男の叫び声が始まった。
「てめーー!今度は何しやがった! いてーーーーなちきしょーーー!!ああああぁぁぁ!」
「この魔法は斬られた場所に引き寄せる魔法だ。お前の体から血が抜けきるまで溢れる。 だから──今まで殺した人の分まで悔いて死ね」
怒声に似も叫び声を上げ続けているが、もう興味はない。あんな奴を殺したってアイラが戻ってくるわけじゃないし仇だけは取れた。後は俺が事実を受け入れて前に進まなきゃいけない。・・・しばらくは引きずりそうな気はするんだけど。
今度は未だに地面に尻餅をついている男の元へと足を向ける。
自分の事情が片付いた今、メアリーの事も聞きださなきゃいけない。
メアリーを一瞥してみるが動揺しているのか、こちらも尻餅をついて今では吊り上がっていた目が大きく見開いている。話を聞くにしてもロープの男をどうにかしてからの方がいいだろう。
「さて、事情を聴いてもいいか?」
ロープの男は首をコクコクと壊れた人形みたいに盛大に振っている。
これならさっきの様に手間がかかる事は無いだろう、と大きなため息を一つ吐いてから話しかけた。
「何でメアリーを縛ってこんな森の中を歩いてた?」
「あの女は両親に売られたんだよ!俺らはそれを買い手の所まで運ぶ最中だったんだ!」
「・・・売られた? 本当にか?」
「本当だ!なんなら騎士団でもシールズにでも俺はそう証言すると誓う!だから命だけは勘弁してくれ!」
相手の目をジーッと見ているが多分嘘ではないのだろう。でもそうするとメアリーが両親に売られたってことになる訳だけど・・・。
昼間会ったメアリーの両親を思い出してみるがどうにも信じがたく、どうしていいか迷ってしまう。
「・・・ローグ、その人の話は本当よ」
その声に振り向くとメアリーが立っていた。その顔がいつも通りだったから少し安心はしたけど、これは俺が聞いていい話なのだろうか?
「そう・・・なのか?」
「えぇ、助けてもらったこともあるから事情は説明してあげたいのだけど、まずはこの男を騎士団に突き出さないと安心できないし、付き合ってもらえないかしら?」
メアリーの言葉に構わないと返事を返し、男の顎を刀の柄で叩き気絶させておくことにした。黙ってくれていた方が担ぎやすいしメアリーも安心だろう。
男を担ぎ、メアリーとティーグの騎士団支部の扉を開ける。
正面にカウンターがあり、壁一面には甲冑や剣、盾などが飾られていた。ただ正面のカウンターには人が立っていなかった。
騎士団は聖王国が運営している機関で、日夜見回りやもめ事の対処から犯罪者の取り締まりまで行っているはずだからいない方が珍しいはずなんだけど。
「すいません、誘拐犯の男を捕まえたんですが誰かいませんか!?」
カウンターまで歩み寄り、奥の部屋まで聞こえるように声を上げてみるが反応が無い。
「困ったな・・・」
「少し待たせてもらいましょう。見回りにでも行っているのならすぐに戻ってくるはずよ」
それもそうかと担いでいた男を地面に置き少し待つことにした。
しばらくはメアリーと他愛のない話を──したかったけどさすがにそれを自分から切り出すのは無理だった。何度かメアリーがこちらを見ながら口をパクパクとさせていたのだが、すぐにそっぽを向くのでどうしていいか分からなくなるし。
──バタン
やっと騎士団の人が戻ってきた・・・みたいだ。
「・・・ん? お前はローグじゃないか、こんなところで何しているんだ?」
「シンディー姉、扉の前で止まったら入れないです!」
やってきたのは騎士団よりも頼りになってしまいそうな女性が二人だった。
隣を一瞥すると時が止まってしまったようなメアリー。さすがに魔王の事は知っていたらしい。
「えぇっと・・・誘拐犯みたいな人を捕まえたんで連れてきたんですけど・・・」
話しながら体をずらし寝そべっている男に視線を送ると、入ってきたばかりの二人がまじまじと男の顔を見た後、おもむろに歩み寄り、俺とメアリーに離れるようにと伝えてくる。
そしておもむろに顔面を高めのヒールで突き刺した。
「──いってぇぇぇぇぇぇ!!」
それは起きるよね、だってめり込んでたもん。
「ぎゃあぎゃあーとうるさいやつだな」
今度は叫び出した男の口の中に、やっぱりヒールをぶっこむ。
「面倒だから聞かれたことにだけ答えろ、お前は誘拐したのか?」
口の中にヒールが入っているせいで、少ししか動かせない首を一生懸命に横に振っていた。
「ローグ、この男違うといっているが本当に誘拐犯なのか?」
「正確に言うと──」
俺は森で見聞きしたことをリュールさんに伝えた。もちろん俺が人殺しをしたことも含めてだ。いくら仇と言っても人が人を殺していい理由にはならないし、殺した時からそれは覚悟していた。
「それは誘拐より酷いな。 ──おい、もう一度聞くぞ、お前は人身売買をしたんだな?」
未だに口の中にヒールが入っていう男は、首を縦に勢いよく振る。
「ローザ、すぐにここの支部長を呼んで来い。魔王が呼んでいると伝えておけ」
「シンデイー姉相変わらず人使いが荒いですぅ~。まあ呼んでくるですけど!」
魔王の一言でローザが騎士団支部を駆け足で出ていくと今度はこちらに視線を送ってくる。
「ローグ、この後、支部長が来たらこいつを預ける。その後はその森とやらに私を案内しろ。これはお願いじゃないからな?」
「それでは私も同行します」
メアリーが手を少し震わせながらも真っすぐに魔王を見ていた。
たぶん、俺が殺したことに対する取り調べみたいなものになるのだろうから来てもらった方が早いとは思うが・・。メアリーは大丈夫だろうか?
ローザが支部長を連れてきたところで、やっとヒールから解放された男は恍惚とした表情を魔王に向けていたが、その場にいた誰もが触れることなく騎士団支部を後にした。
結局はローザも騎士団員として付いていくという事になり、四人でさっきの森へと向うことになった。
辿り着いた先には俺が殺した男が四肢を斬り落とされた状態で亡くなっていた。揺らぐ風のせいで体から全ての血が抜け落ち、ガリガリに痩せこけているのを見るなりローザは口に手を当てえずいていた。
当の俺はというと何も感じなかった。
仇だったから? それとも興味がない? 人がこんな姿で死んでいるのに?
やっぱり考えても分からなかった。
それに比べて魔王は慣れているのか、此処に辿り着いた時には既に左目が青く炎の様に揺らいでいた。
躊躇いなく死体へと近付きいろいろと観察しているようだった。それを黙ってみる事しかできないでいたが、魔王がこちらを見ると口を開いた。
「お前どこで魔法を学んだ?」
m(*_ _)m