仇 【1】
前回の話
武装大会4日目。ローグの相手は1年前に闘ったメアリーだった。メアリーも以前の決着を着けようと闘志をみなぎらせるが、去年までとは力の差が開きすぎていた。
メアリーを一撃で封じたローグは歩けない彼女を医務室へと運ぶのだった。
──コンコンッ
扉を叩く音に顔を向けると、そこには二つの人影があった。
「--失礼、メアリーがこちらに来たと伺ったのだが・・・」
綺麗に整えられた顔に身なりのいい赤髪の男性。その後ろには慎ましく立っている少し吊り目の女性が部屋へと入ってくる。
髪色と二人の顔つきからなんとなく察した俺はすぐに椅子から腰を上げる。
「もしかしてメアリーのご両親ですか?」
「あぁ、やはりこちらに来ていましたか。--失礼ですが貴方とメアリーはどういった関係で?」
ちょっとだけ目が泳いでしまった。
いくら試合でも娘を気絶させましたと言うのは抵抗がある。それが娘なら余計にだ。もしもアイラとの間に子を授かる事ができ、その子が気絶させられたなら確実に追い込む自信がある。
・・・って妄想しすぎだし、今は夢幻だよ・・な。
「俺はローグと言います。さっきの試合の対戦相手で・・・気絶させてしまったのでせめて目が覚めるまでは様子を見ておこうと思って付き添わせてもらってます」
そんな俺の言葉に、メアリーの両親は嬉しそうに微笑んだ。
「そうでしたか!ありがとうございます!貴方にとっては試合だけの間柄なのに・・・。わざわざ介抱までしていただいていたなんて・・・。ーー後は私達で見ますのでローグさんはゆっくり休んでください」
「こっちこそすいませんでした」
メアリーの両親に軽く会釈をし医務室を後にすることにした。あまり一家団欒の邪魔をするものではないだろう。それにメアリーの家族を見ていると〝家族が今も生きていたら〟なんてあるはずのない未来ばかりに想いを馳せてしまいそうだ。
両親がいて、アイラがいて、アイラの両親もいる世界。
──分かっていても考えてしまうのはなんでなんだろうな・・・。
医務室を出た後は、その足で闘技場の受付へと向かった。翌日の対戦相手もそうだが進行予定も分からない。
そして大事なのは対戦相手。なにせ顔見知りがもう一人いる。翌日にもう一人の顔見知りと戦うのはだけはまじで勘弁してほしい。そんな願いをこめて受付に聞くと───
「明日はミストリアさんとシャルリーヌさんが準決勝ですね~」
俺の願いは届いたみたいだ。そのまま軽くなった足取りで野営をしている森へと向かうことにした。
野営場所に辿り着くと、夕焼けに染まった木々を眺めながら寝そべり、四日間入れ続けた肩の力を深いため息と共に抜く。明日の試合はわざと負けて関係の無くなった決勝を眺めれば、最後に賞金を貰って旅に出るだけ。
そうすると大会が終わった後にどこに行くのかだけが悩みどころではある。
魔の国なら魔法についてもっと詳しく分かるかもしれない。それにあそこは聳え立つ火山が恵みをもたらし、温泉なんかもあるらしい。いつもは川で体を洗ってばかりで温泉を知らない俺としてはいつかアイラと行ってみたい場所ランキングに否応なく入っていた場所だ。
技の国は豊富な鉱山資源により技術者を多く輩出するに至った大陸らしい。これも知らない事だらけで興味を注がれるのも確かだが、商の国から対角線上にある国の為にどこか別の大陸を経由する必要があるから行くのは後回しにする予定だ。
獣の国はその名の通り獣人が収めている国。雄の獣人たちは持ち前の体力を生かし労働派遣などで国を発展させ、雌は娯楽を提供することで活気づけているという事だけは知っているのだが、細かい所までは知らない。
行商人からも気性の荒い獣人たちの国だから行くときは気をつけろ、なんて言葉も貰ったことがある。そんなところに旅慣れてない自分が行くのには少し躊躇いがあった。
聖王国はあまり行きたいとも思えない。
各国を取りまとめる世界の王が住み、騎士団の本拠もあり、何より世界最強と謳われている聖装士も滞在している国だ。そんなところで集落を襲うような連中も、融合者や俺が体験したような事とは縁遠い場所だろう。観光ならともかく目的とは全く関係のない場所にまで行く気にはなれない。
それならば魔の国、技の国、獣の国の順で回るのがいいのかもしれない。それでも何もないとするならまた商の国に戻り探せばいいことだ。
今後の行動もある程度固まったところで周囲の風がざわつき始める。この感覚は何度も体験しているし誰だかはすぐに分かったけど、もっと早く来てくれないものだろうか・・・。なんて考えるのはそれだけ親愛を抱いているのかもしれない。鬼畜だけど。
「やふやふ~。三日ぶりかなローくん。元気していたかい?」
「急にいなくなるから驚いたよ」
「ごめんよ、ちょっと乙女の事情でね」
アウラは肝心な事は言わずに、適当にあしらう癖がある。一年の修業の副産物なんだけどこういう時は何を言ってもはぐらかす。そのせいで毎度あきれ顔を作るのが癖になってしまうほどには。
そんな時──
「ーーあっ!」
アウラの上げた声に反応して視線を向けると遠くの方を凝視していた。すぐに目の回路を開放し、アウラの視線の先に向ける。
「・・・アウラ、あれはもしかして・・・」
「魔物だね。しかも結構な数の命を食べてきたみたいじゃないか」
「そんなことまで分かるのか?」
「・・・あれ?僕ってローくんに魔物のこと教えて無かったっけ?」
「教わってないと思うよ?」
「それはうっかりさんだった」
今はまだ遠くにいる魔物から視線を外すことなくアウラが話し始める。
「ローくんが霊窟で体験した事を思い出してくれないかい?--あの時、夢を見たっていっていたよね?」
「あぁ」
「そうやって自分の想いを相手に見せていくんだ。 そうするとこの間見た霊窟での光景が繰り返されるわけなんだけど、人以外の生き物って深くは物事を考えたりはしないから、どうしても人の想いに感化されて身を委ねていくんだ。 ローくんも見た通り人っていろんな想いを抱くだろ?」
自分の見た夢を思い出し、アウラの言う事に首を振る事で肯定する。
「それが〝私が死んでも世界が幸せになりますように〟──なんてことばっかりならいいんだけど、大抵は後悔や怨嗟だったりするだろう? そういう想いってなんでか強いんだよね~。 ・・・っで、そうすると最後にはそういった想いを抱いた魔素が最後に残るんだ。それも他の魔素を吸収した状態でね。僕たちはその状態を〝霊黒塊〟なんて呼んでいるんだけど・・・」
「・・・それが俺の中に?」
「そういうこと。ただ、ローくんはその想いに感化される事なく対話することで君に折り重なったんだと思うんだけど、普通はそうじゃないいんだよ。 普通、霊黒塊は長い時間をかけて想いを薄めていくんだ。〝どうでもいいや〟って思えるようになるまで長い時間をかけて。 最後には霧散して他の魔素たちと同じようにそこら辺を漂う様になるのさ」
「そうだったのか・・・。でも、それと魔物と何が関係あるんだ?」
「ローくんは相変わらず鈍感だね~。霊黒塊が長い時間をかけて霧散する間に霊窟の近くを通りかかった動物たちに引き寄せられちゃうときがあるんだよ。 その霊黒塊の想いに感化された動物たちが魔物って訳さ」
ここまで聞くとぞっとしない感覚に襲われ、聞かずにはいられなかった。
「・・・なぁアウラ」
「ん?なんだい?」
「・・・それってもしかしたら俺は魔物になってたかもしれないって事?」
「ああ、そんな事かい? 大丈夫だよ。もしローくんが魔物になっていたとしたら僕たちが殺していただろうから。君が誰かに迷惑をかけるなんてことにはならなかったはずさ」
「・・・殺されてたんだ・・・俺・・・」
「よく考えてごらんよ。人が回路を持っているから強いだけで、基礎能力の高い動物に回路がプラスされるんだよ? ほとんどの人は勝てないのは道理ってもんさ。 僕たち四大精霊は魔物が現れたらできるだけ早めに刈り取りに行くのはそういう事があるからだね。そしてそれが人々の間で〝世界の守護者〟なんて言われてる理由の一つだよ」
咄嗟に開きかけた口を紡いだ。
〝何で俺の父さんの時には間に合わなかったのか?〟
それは聞いちゃいけない。
それを聞いていいのは夢の中で問われた〝お前に何が守れるんだ〟とういう質問にちゃんと答えられるようになってからではないと聞いてはいけない気がした。
「いろんな魔物を見て来たから分かったんだけど、魔物は食べた命の数だけ魔素を多く纏うんだよ。だからローくんも見れば分かるさ。--ちょうどほら・・・」
さっきまで遠くにいた魔物がもう近くまで来ていた。目の回路を開放しているおかげで、雨雲の様に暗い影を纏っているのが分かった。そこら辺にいる人とは違い、全身を覆っているそれに納得してしまった。
───こんなのと出会ったら・・普通は殺されるよな・・・。
目の回路を使えるようになった今、大体の人が纏っている魔素の量なんかも視覚で捉える事が出来るようになってはいたけど、目の前にいる魔物はそれを軽く凌駕しているのが良く分かる。
草木を掻き分ける音が止み、木々の隙間から見えた魔物に言葉を失った。
熊よりも更に大きい体躯、やたらと発達した牙、その周りには食べ散らかしたのだろう血のりのようなものが口の周りにべっとりと付いていた。
なによりも腕と首に刺さっている二本の直刀。
「・・・アウラ、魔物は出来るだけ早く刈るんじゃなかったのか?」
「そうだよ。・・・ただこの魔物は・・・なんなんだろう?僕もよくわからないや」
「そうか。--とりあえずこの魔物は俺がやるよ。ちょっと縁があるみたいだ」
「・・・ローくんって昔から変わった者に好かれるんじゃないかい?こんな魔物と縁があるなんて」
アウラの声は耳に届かなかった。
そんな事よりも確認したいことがあったから。
目の前にいる魔物に刺さった二本の直刀には見覚えがある。
「・・・出会えたことに感謝しないとな」
魔物に体を向けると、それに気付いたのか視線をぶつけてくる。
それを確認した直後、全部の回路を開放する。
遠慮なんてする必要はない。
十一年だ。
タイミングもいい。
一年前に出会っていたら俺も死んでいただろう。
だけど今は違う。
今は力も手に入った。
なら、絶対に逃がさない。
──今度はお前の番だ。
「-----!!」
声になっていない咆哮をあげると姿勢を低くした魔物が突進を始める。人の体躯と比べてしまえば五倍はあるだろう肉塊が迫ってくる。周りの風を押しのけ、鋭い牙を覗かせながら。
普通ならこれで終わってしまうのだろう。
避けようとしてもあの速さでは足の回路でもなければ避けられない。下手をすれば避けたとしても、あの長い手足で捕捉されてしまうかもしれない。
それでもこの場を動く訳にはいかない。そんな情けない姿は見せられない。
今日、裁かれなければいけないのは是が非でもお前だ。俺じゃない。
刀を一本抜く。
魔物が目の前まで来ると速度は落とさず、薙ぎ払う様に腕を振りかぶる。
それに対して俺が取った行動は腰を少し落とし、刀を持っていない方の手を襲ってくる腕に向けるだけ。
俺が父から一番最初に教わった円舞の基本の型。
〝第一幕 円陣〟
相手の力を体の一部、また武器などで受け、その力を利用し自分の体で円を作り受け流すことを目的とした型。型とは言うが決まった形がない。それを経験で補う型であり、一番最初に教わり、そして最後まで完成のない型。
円舞には他の技もある。それに回路も全開放した今、魔法も使えるのだから敢えてこの型を出さなくても戦い方は他にもある。
それでも俺はこれを選ぶ。
今の自分を知ってもらうために。
少しでも安心してもらえるように。
魔物の手が横殴りに叩こうと振るい、それを受ける直前に打点を調整する。
刀に魔物の腕が触れた衝撃を全身を使って腕を転がるように体を回転させる事で衝撃を受け流す。その回転する力を使い、魔物の首に一閃。
魔物の力に俺の力を乗せた一撃。
結果は火を見るよりも明らかだった。
奇麗な切り口をゆっくりとさらしながら崩れ落ちていく首。
それを眺め、動かなくなった魔物に近づく。
持っていた刀を鞘に納めると、魔物の首と腕に刺さっていた直刀をそれぞれ抜き取る。
──やっぱりそうだ。
父の持っていた黑鞘の直刀。
狩りを主に使うから血や汚れが目立たないようにと、父が首都にある工房を借りて自分で作った黒い柄と片刃の直刀。
幼少期はかっこいいからと父に何度も欲しいとねだった刀。
鍔のない黒い柄、片刃の直刀なんていう珍しいものを見間違うはずもない。
それがあるという事はこの魔物に食われたという事なのだろう。それならやる事はすぐに決まる。
魔物の倒れた横に穴を掘っていく。もちろん、魔物ごと両親を埋葬するために。
「そういえば人って死ぬと土に埋めたり燃やしたりするよね?」
「あぁ、俺も詳しくは知らないけど四大精霊が死後を守ってくれるようにって事らしい。魔の国なんかじゃ燃やすのが一般的らしいけど、他は人によって結構違うって聞いたな・・・」
「へぇ~僕たちがねぇ~。ーーところでその刀はどうするんだい?大事な物なんだろう?」
「これは父さんの形見になるからなぁ。・・・明日にでも鍛冶屋に出して奇麗にしようかな・・・」
改めて二本の直刀を見るが、錆だらけなうえに持ち手なんかは血で染まっているのか、少し力を入れると赤黒いものがぱらぱらと剥がれ落ちていく。どうやってもこのままでは刀がダメになってしまう。
「奇麗にしたいのかい?」
「まぁ・・・修理代次第になっちゃいそうだけどね」
武装大会で優勝でもすればその賞金で奇麗にもできるが明日は負ける予定。三位では修理代や修理期間によっては難しいかもしれないと頭を悩ませているとアウラが話し始める。
「ーーじゃあ僕に預けてくれないかい? 本当は魔物退治は僕たちの仕事みたいなもんだからね、手伝ってくれたお礼にその位はやらせておくれよ」
精霊が刀を奇麗にするという発想は持ってなかった俺は目が点になったと思う。精霊って何でもできるのか?
「してもらえるのはありがたいんだけど・・・大丈夫なのか?」
「任せておくれよ、きっと満足いくようにしてみせるさ」
「まぁ実際どこまでできるか分からないからな・・・。やってもらえるならありがたいんだけど・・・」
アウラが嬉しそうに頷くと、刀が勝手に宙に浮き始め、それと同時にアウラも刀と一緒に空へと消えて行った。
どうするのかはすごく気になるところではあったが、待つ以外にすることも無い。
そのまま魔物を埋葬し近くの岩などを運びこむ。そこに父の名前と母の名前を刻んでから体を休める事にした。
夜も更けた頃、そろそろ寝ようかと床の準備をしていると吹き降ろすような風が頬を撫でる。
空を見上げると二本の刀と共にドヤッとした精霊が降りてきた。
無かったはずの鞘に納まった状態の刀に驚きもしたが、それよりもいつも以上に自信満々の精霊が目に付く。
「なんでそんなに変な顔してるんだ?」
「変な顔って何だい!せっかく他の四大にも協力してもらったのに・・・」
「協力?他の四大に?」
俺の言葉に更にドヤッとしたアウラが二本の刀を前まで風で運んできた。
すぐに手を伸ばし、刀身を確認するために刀を鞘から抜くと、顔を映すほどに磨き抜かれた刀身が姿を現す。
「鞘もそうだけど・・・どうしたんだこれ?新品の刀より奇麗なんじゃないか?」
「ふふふ・・・。これならローくんも満足してくれたんじゃないかい?」
「これは本当にすごいな・・・。あれだけ錆びていたから腐食していた場所もあっただろうに・・・。まるで新しく造ったみ──」
ーーびくっ!
「──たいだな」
「そ、そうだろそうだろ!ローくんの為だから僕も頑張ったんだよ!」
「ありがとうアウラ。本当に新しく造ったみた──」
ーーびくっ!
「ーーいで嬉しい・・はずなんだけどな・・・」
「な、な、なんだいローくん!こんなに頑張ったのに嬉しくないって言うのかい!」
「・・・新しく造った?」
ーーびくっ!
「・・・新しく・・・」
ーーびくっ!
「アウラ・・・、とりあえず本当の事言おうか」
鬼畜精霊は嘘下手だったんだな。・・・あんまり人のことは言えないけど。
「・・・・ごめんよローくん」
最初の自信満々の顔はどこへいったのか。今は精霊だというのに地面に足を着けるようにして頭を下げている。
「・・・っで、どしたんだ?」
「・・・ええっと・・・実は・・・」
珍しくもじもじとしているアウラを見下ろしていると、申し訳なさそうに話し始めた。
要約すると俺から刀を受け取った後、オンディーヌの所に行き水で刀の錆を取ろうとした。ただ、父が死んだのはもう十一年も前の話。その頃から魔物に突き刺さり、野ざらしになっていた刀は見た通りの腐食具合。水圧をぶつけたものだから持ち手の部分から刀身まで塵となったらしい。
それに動揺したアウラはリタヴィスを呼び、同じ刀を用意してほしいと頼み込む羽目になり、呆れられながらもリタヴィスに造ってもらったそうだ。
「・・・って言う事なんだ。ごめんよローくん・・・」
「・・・はぁ~。もう壊れた物はしょうがないしな。それよりも精霊って刀まで造れるものなのか?」
「リタちゃんは大地を統べるものだからね。大地に存在する物全てがリタちゃんの子供たちさ」
「・・・なんか凄すぎて良く分からないけど後でお礼言わなきゃだな」
呆れ半分、驚き半分というのが正直な感想だ。
確かに父の刀とは違うのかもしれないが、墓を作る事も出来た。仇も取れた。それだけで充分だ。おまけに父と同じ刀を持つことができたのだと思えばいいことだ。
「ーーそれよりもローくん、今日はやけに来客が多いじゃないか」
魔物を見つけた時とは違い、アウラがこちらを見ながらも呆れた顔を作り尋ねてくる。
新しく増えた刀に気を取られすぎたことに気付き、すぐに神経を研ぎ澄ませると、かすかに人の匂いが鼻腔をくすぐる。
「・・・こんな時間に森に来るなんて珍しいし見に行こうか」
「僕も行こうじゃないか」
m(*_ _)m