再開の味
前回の話
アウラさん鬼畜やん
風が心地良く陽の光が体をじんわりと温め、草木の葉がこすれる音が幸せを届けてくれる。
・・・・歩いている人達はそんな事を感じているだろう。
なぜ他人事なのか、それは単純だ。
「・・・なぁ、他に方法はなかったのか?」
「どうしたんだい? これ以上素敵な移動方法は僕には思いつかないんだけど・・・お気に召さなかったかな?」
「お気に召さなかったって訳じゃないんだけど・・・まさか首都まで風で吹き飛ばされるなんて思わないだろ?・・・ほら、人って体温あるしさ、このままだと・・・・ちょっと・・死ぬかな?」
「・・・そこは覚えた魔法でどうにかしようよ」
「・・・えぇぇ・・・」
アウラと修行して分かったことがある。
──こいつ、絶対なんにも考えてない。
強くなれたことには感謝している。・・・非常に痛かったけど。
そんな日々を耐え続け、ついに魔法を教えてくれるのかと思ったら
「でもねローくん、君は今までの修業の間、何を見ていたんだい?見ていたなら出来るだろ?」
鬼畜さを丸出しにしたこの態度。
精霊ってどうやったら倒せるんだろう?
そしてある程度、魔法を使えるようになった・・・と、言っていいのかは分からなかったが、少なくても増えた回路を違和感なく使えるようになった頃、首都へと向かう準備を始めた。
あの夢の中での約束、それとその道中で見つけることが出来るのなら、アイラの遺体を見つけるために。
そう考えると問題は路銀だけだった。
大陸の渡航手段だけは流石にどうにもならず船を使うしかない。そうなると集落で自給自足をしていた俺には路銀があまりにも心許ない。
そこで目を付けたのが毎年、首都で行われる武装大会である。
予選通過の6人には少なからず賞金が出るうえに武装大会なら日数もかけずに路銀が稼げる、と考えアウラに話したところ・・・
「じゃあ僕が首都の近くまで運んであげるようじゃないか」
アウラの言葉にありがとうと言ってみた結果、風で吹き飛ばされ空を飛ぶ?に至った。
軽率だったとしか言いようがないのは反省しなくてはいけない。この天然鬼畜精霊は着地なんてこれぽっちも考えていないのだから。
そして今、まさに地面がどんどんと近付いてきている。
ここで流れに任せて着地なんてしたならグチャッて音と共に真っ赤な池が出来上がってしまう。
そうならない為にも魔法を使って衝撃を緩和する以外に道がない・・・のだが、そんな魔法はまだ造ってすらいない。そうなるとアウラとの修業で覚えた魔法以外に選択肢がないのだが、覚えた魔法の数も少なければどれもが攻撃系ばかりなうえに、周囲への被害も大きい。
先に言っておくと俺は風に愛されているらしい。
回路を開放した時に光り輝く色が赤系なら火に、青系なら水に、緑系なら風に、茶系なら大地に、といった具合で相性が分かる。
それなら風で浮けよって思うかもしれないけど、人は鳥や精霊の様にはなれない宿命だったのだ。
まあ、この知識も融合者だった男の記憶の中にあった知識なのだけど。
周囲への被害が少なそうな魔法は二つだけだが片方は論外だ。
そうすると俺には選択肢そのものが無かったことに気付いてしまった。
「今度はちゃんと歩いて旅をしよ・・・。ーー風塊の壁!」
着地点を確認した後に周囲への被害が少ない方の魔法を行使すると、そのまま地面へと突っ込み、衝突音の代わりに蒸発していくような音が辺りに響き渡る。
「・・大丈夫?」
アウラも心配したのか、ローグが作り上げたであろう穴を覗き込むと、穴の側面はドロッとしたマグマの様になり、その遥か下の方には壁に刀を突きさすことで凌いだ。
「とりあえずは生きてるよ・・・」
ため息を吐きながら回路を開放し穴の中から出ると、残り少ない首都への道を歩き出すのだった。
※※※
一年ぶりのレンガ造りの道も、石造りやレンガの建屋に数々の露店。立ち話や行商をの賑やかな風景ががやたらと懐かしく感じつつも、闘技場の受付小屋の扉に手をかける。
一度登録手続きをしたこともあってか、以前よりもあっけなく手続きを終える事もでき、予選順序などを確認していると、扉の開く音に受付をしていた獣人の女性が顔を向ける。
「参加希望のかた・・・デス・カ・・」
受付の女性の声があまりにもおかしかった。それと同時に小さい地震でも来たのだろうかと錯覚するほどにカウンターがコトコトと揺れている。
いったい何を見たらそうなるのか不思議に思い、扉の方に顔を向けると二人の女性が扉を閉めるところだった。
一人は紫の髪を頭の上で纏め、場に不釣り合いな紫を基調としたスリット入りのロングドレスを身に纏った大人の女性。一目で分かるほどに起伏の激しい体をし表情がきつめな女性。
もう一人は黄金色の長い髪を後ろで縛り、不釣り合いな盾と甲冑が目立つ、子供と言った方が伝わりやすいであろう体型をしているほんわかとした雰囲気を持った女の子。
どちらの人も顔付なども奇麗だし見惚れもするかもしれないが、カタカタと震える理由が分からず、受付をしてくれている獣人の女性を見て首を傾げてしまう。
「きょ、きょっは何の御用でショカっ!?」
あからさまに裏返った声も不思議だが、さっきまでの自分に対する態度とはえらい違いだ。
自分の時など「一週間後に予選開始なんで~、それまでは自由にしちゃってくださいね~」なんて感じだったはずだ。それが今では足元に水溜りでも作りたかったの?というほどの冷や汗まで垂れ流している。
「あぁ、すまんな。先客がいるようだからその後で構わん。終わったなら教えてくれ」
「は、はい!すぐに済ませますので!!」
男勝りな言葉使いをする紫の髪をした女性に驚き、二人の女性の方に視線を向け、少し見ていると・・・
「あらぁ~久しぶりねぇ~。確かぁ~ロ~くんだったわよねぇ~?」
爆弾が投下された瞬間だった。
視線の先から水の塊のようなものが宙にできたと思うと、その塊が人型に形を変え、それを見ていた四人が〝ビシッ〟と割れた石造の様な音を響かせた。
今度は俺が冷や汗を流す番らしい。
アウラとの修業をしていた時に知り合ったのが四大精霊たちだった。
そして目の前に現れた甘ったるい声の主は〝水を統べるもの オンディーヌ〟だ。
本来なら四大精霊は人と交流することなどほとんどない。だがこのオンディーヌだけは人との触れ合いを好み世間に広く知れ渡っている精霊。
「・・・オンディーヌ、その男は知り合いなのか?」
紫の髪の女性がオンディーヌに声を掛けているにも関わらず、片目を青白く輝かせながらローグから視線を外さずに近寄ってくる。
「そうよぉ~。一度アウラちゃんに頼まれてねぇ~」
水の色を模したかのような髪色を宙にフワフワとさせ、のんびりとした甘ったるい声は安らぎを与えるものにはならなかった。
「やぁ、・・・元気していたかい?」
「私はいつも元気よぉ~」
「・・・それよりもオンディーヌ、君が此処にいるってことは・・・もしかしてそこの女性は・・・」
そんな話をしている間に、なぜか二人の女性に囲まれていた。
「そういえば自己紹介がまだだったな。聖装士のシンディー・リュールだ。--魔王リュールと言った方が分かるか?」
「私は聖王騎士団所属、ローザ・レインです。姉が剣聖レインと言えば分かりますです?」
予想通りなのが一名、予想外にも一年前に武装大会で同じ会場にいた名を聞いてそっちに視線が移る。やたらと気持ち悪いことを口走っていた男達に囲まれ、全てなぎ倒していた女性その人だ。
「ーーあっ、もしかして去年の武装大会で男達に囲まれてた・・・」
「・・・嫌な事思い出させるですね・・・」
ローザにとってしてみても、あれは許容範囲ではなかった事実が確認できてしまい、見事に微妙な間が作り上げられた。
「ふふ・・・あれは酷かったな。ファンクラブができたのはリーザから聞いてはいたが四六時中追いかけられるとは私も思わなかったよ。 まぁ、だから今回はこうして私と一緒に行動しているんだがな」
魔王が笑いながら隣にいるローザの頭を撫で、それを上目遣いでムスッとした顔で見ている姿はとても微笑ましく見えた。
いつのまにか和やかな雰囲気になっていた。・・・のは勘違いだったらしい。
それで済むわけもなく、近寄ってきた魔王に頭を鷲掴みにされた。
「せっかく知り合ったんだ、これから飯でもどうだ? オンディーヌが知っていて私が知らないというのも癪だしな」
断れば頭はどうなるのか、考えただけでも恐ろしくなる。
何度も頷き返すと魔王も笑顔で頷き、受付を済ませてから二人が良く使うというレストランへと向かう事にした。
その後は案内されたレストランで三人で入店し、途方もない質問攻めになっていた。
もう料理なんて関係ない。そんな雰囲気が二人から発せられている。
受付にいる時にオンディーヌが言った「アウラちゃんに頼まれてねぇ~」という言葉が全ての元凶である。
四大精霊の名前自体はオンディーヌが魔王に伝えたことをきっかけに世間に広く知れ渡ったのだが、姿形を知っているのはオンディーヌだけ。他の四大精霊が目撃されたのは文献によれば数百年は軽くさかのぼるらしい。By魔法リュール。
回路の事は隠し、何度も集落が襲われ自分一人が生き残り、そこに偶然アウラが現れて今に至ると言ってもなかなか信じてくれないのが辛い。
何度も同じ説明をさせられ、諦めてくれた二人とレストラン前で別れた頃には辺りはすっかり暗くなっていた。
こういう時はさっさと休むに限る。
俺は深いため息を吐きながら街の外へと足を向けた。
別に宿に泊まるお金が無いわけではない。
首都に向かうと決めた時、僅かながらの決まり事を守るために立ち寄った。
その決まりごとの中に盗賊や悪漢などが住み着く事もある為、人の住まなくなった集落は燃やすことが決まっている。
もちろん俺もそれに倣って、各家の金銭なども回収した後に集落を燃やしてから首都に来たし、宿に泊まる金が無いわけじゃない。だが、その金銭を使う気になれない。
それに一年もの山籠もりのお蔭で、外で野宿でもしている方が落ち着くようになってもいた。風を感じられないのはどうにも気持ちが悪いのだ。
幸いにも首都ティーグの周りには小さいながらもいくつか森や川が流れている。野営するにこれ以上ない条件が揃っているのだから躊躇う事も無かった。
そのままの足で首都から一番近くにある森へと向かい、武装大会が終わるまではその森の中で過ごすことにした。
~~~武装大会四日目~~~
陽が昇り、まだ間もない闘技場。
そんな少しひんやりとした闘技場に、俺は少しだけ懐かしさと困惑を胸に立っていた。
「一年前の決着をつけましょう」
目の前にいる赤髪の女性が二丁の銃をこちらに向けながら真剣な眼差しを向けてくる。
「今度は勝たせてもらうよ」
こんなことを言ってはいるがこの状況が困惑の原因なんだ。
今回の武装大会は念のためにと両腕の回路以外は使わずに予選を突破した。
というのも、今現在に発現した回路の数は一人四ケ所が限界だなんて言われている。
で、現在の俺はというと、頭、左目、両腕、両足の計六ケ所。
アイラの左足、夢で見た男の目と頭、それから右足を受け継いだ結果。都合よすぎだよな・・・。
・・・改めて思うけどあの融合者の人はなんで森の中で生活していたんだろうな?
頭と目に回路があったら普通はあんな木こりのような真似事をしないでも優雅に過ごす方法はたくさんあっただろうに。一応は融合者の知識や記憶なんかもあるけど、一生分って訳じゃないから所々欠けた記憶なんかもあって意味が分からないことも多々あるのだけど。
──っと今はそんな場合じゃなかった。
そんなんで全部の回路開放して本気で戦えるわけないだろ。
回路が六ケ所もあるなんてバレたら後々に面倒が待っていることは想像に難くない。それに今回は賞金が目当てなだけで実力を測りたいとか優勝したいという気持ちは一生懸命に抑え込んできたんだ。飽く迄も今回の目標は路銀稼ぎ。そして予選さえ通過してしまえば少なからずとも賞金は確定する。
──その予定だったんだけどな~・・・。
そのはずが、いま目の前にいるのは前回ぶつかり合い、横やりが入り決着が着かなかった女性。予選通過者の六人がくじ引きで決まった組み合わせで戦い三人まで絞る。予選とは違い、邪魔が入らずに雌雄を決することのできる舞台。だからこそメアリーはあれだけ真剣な眼差しを向けてきているという事は分かっている。
──わざと負けるなんてしたくないなぁ・・・。
ーーゴーン・・・
そんなことを考えている間にも開始の鐘が鳴ってしまう。
鐘の合図と同時に二発の発砲音が襲い掛かる。
すぐに体を捻りながら片方の刀を抜き、二発の弾丸を一振りで地面へと弾を誘導するように逸らす。
───やっぱり・・・遅いな・・
一年前は刀に当てるのさえちょっとした博打だった。
それが今ではただの遅い鉄の塊に見えてしまう。
今は姿を見せてはいないが脳筋精霊の風の弾丸の方が数倍早かった上に、それに慣れてしまった目では直線でしか襲ってこない鉄の塊など、そこら辺に生えている草や枯れ木を避けるのと変わらない。
そして円舞は対一に特化した技。
一度闘った相手に負けるほうが難しいだろうな。
「・・・相変わらず・・って言いたいけれど前よりも余裕で弾いてくれるのねっ!」
メアリーの眼差しがより一層真剣なものへと変わったのが分かった。
俺の返事も待たずに足の回路を開放したメアリーが、俺を中心に不規則に走り始める。死角からの銃撃で様子を見ようとしているのがすぐに分かった。
予想通り、間髪入れずに四方八方から銃弾が迫ってくる。
これも修業前は知らなかったことだけど、アウラのおかげである程度なら目の回路を使わなくても動きが理解できていた。頭で考える様な物じゃなくて、見た瞬間に「ここら辺だな~」っていう感じなんだけど・・・。
経験はどんな時だって大事なんだと改めて教えられた瞬間だな。
それとメアリーの銃弾はわざわざ銃口から出る硝煙と音が位置を教えてくれている。足音も響くし、これだけ動き回れば風だってその場所を教えてくれる。
風の花を避けられる様になった今としては銃弾が凶器になりえる事はない。
───ならばあとは逸らすだけ。
音が知らせ、風が教えてくれる場所を刀でなぞりながら襲い来る銃弾を全て地面へと向きを変えていく単純な作業。それだけで終わってしまう。
ただ問題が一つ。
いくら早く動けるようになったとはいえ、足の回路を使っている相手に回路を使わずに迫るのは無理だ。多少なら近づけるとは思う。でも間合いに入る前に避けられるのがオチだろう。
こういう時は相手が近付くまで耐えるか、強引にでも突っ込むかくらいしかないが、メアリーも前回の大会で近付いてきたことを警戒しているのか、一定の距離からは一切踏みこまずに距離を取っている。
ただでさえ銃弾を刀で逸らしているせいか、観客の注目を浴び始めているし、あんまり長引かせたくはない。
(・・・一瞬ならバレないよな)
すぐに抜刀の構えをとる。
前傾姿勢にし、一歩踏み込む瞬間、その一瞬だけ片足の回路を開放し突進する。
地面を粉砕しながら突進した瞬間、この一瞬だけ風よりも早く景色が流れる。
メアリーの前で急停止し、その勢いを全て抜刀する手に乗せる。
ただ、斬る訳にはいかないから鞘から抜き終える前に柄で腹部を狙う。
目論見通り、柄が腹部に直撃したメアリーが闘技場の壁まで吹き飛ばされていた。
鞘から完全に抜かれていない刀を収め、メアリーの元へと駆け寄る。
崩れ落ちるように地面に膝をついたメアリーを支え、意識があるのを確認するとすぐに横抱きにし、医務室へと向かう。
「・・・ローグ・・あなた・・ちょっと・・・強くなりすぎ・・・じゃない?」
メアリーの言葉に苦笑いで応え、そのまま医務室へと歩き続けた。
医務室へと辿り着き、すぐにメアリーをベットに横に寝かせてからはもやもやとした心が分からぬまま、近くの椅子に腰を落とすのだった。
~~~その頃~~~
「で、どんな感じじゃ?」
暗い洞窟の様なとても広い空間にフカフカと浮いた、人の何倍も大きな老人が四つの光に問いかけている。
「う~ん、様子見するしかないじゃないか。ローくんも戸惑っていることの方が多いいだろうし・・・。--ただこのままいくとやっぱり・・って感じになるんじゃないかい? 少なくても次は僕たち四大じゃ抑えられないんじゃないかな?」
返答を聞いて片手で顬を抑える様な仕草を始める老人。それを見ている四大精霊が三者三葉の反応を見せる。アウラは諦めたかのように溜息を吐き、オンディーヌはのほほーんとしたまま「でもぉ~かわいいわよねぇ~」なんて口走っている。リタヴィスに限っては無反応、ウェスタは真剣な顔で老人の返答を待っている。
指の隙間からそれを見ていた老人が盛大な溜息を吐いた後に重い口を開いた。
「・・・まぁ初めての事じゃし見守るしかないのも事実じゃて~。--それよりもアウラや、あれだけは伝えておいてくれたかの?」
「それなら任せておくれよ。しっかりと伝えておいたさ。世界の理を壊そうとしない限り僕は君の味方だよって」
それを聞いた老人が満足そうに頷く。
「それなら後はのんびりと様子見じゃな~。--まぁ他の者も何かあったら手伝ってあげるんじゃよ?まぁ最悪の場合はわしも出張るしの~」
老人の声に皆が頷くとその場から去っていくのだった。
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