青い髪の女【1】
「ローグ、本当にありがとう」
リーザが俺に頭を下げる。
俺はすぐに頭を上げさせて首を横に振る。
結局は自分の為に助けたのだからお礼を言われるのは違う。
もう自分だって気付いている。
守りたくて助けた。
けど、守りたかったのは自分の存在意義、助けたいのは自分。
(……最低だな)
俺の事はさておき、出血は止めたけど、それまでに流した血の量が多くてかなり衰弱していたみたいだ。魔素の方はリタヴィスのおかげで何事も無かったのは本当によかったと思う。
そして今は待機組だったアンジェとメアリーと合流するためにシンディーの魔装具屋に集まっている。
「それと……ごめんなさい。私とローザは容態が安定次第、一度聖王国に戻るわ」
「それがいいだろうな。あっちにはこちらよりも施設が整っているしな」
マギアークに来てすぐにとんぼ返り、というのも物悲しさを感じずにはいられないけど……元気になったら会いに行こうと思う。
「それとアンジェ、メアリー。お前たちも一度聖王国に戻れ」
シンディーの突然の発言にアンジェは睨みつけ、メアリーは意味が分からないといった風だった。
まぁ、俺も何でいきなりこんな発言をしたか分からないんだけど。
「なに、ずっと聖王国で暮らせと言っている訳じゃない。ただ今回の真相が分かるまでお前たちを守る自信がない。何と情けない話だが聖装士が逃げるだけで手一杯だからな。だからここからは私とローグの二人で行動する」
メアリーもアンジェも悔しいのだろう。
唇をかみしめて顔を歪めたメアリー。俯き、動かないアンジェ。
あまり言いたくはないけど。
俺だってあんな化物がまた出てきたら二人を背に戦うのは出来るだけ避けたい。
「ここに残る分には問題はないのではないかしら?」
ハッとしたように口を開いたメアリーだったが、自分の言葉を言い終えた後にすぐに何かに気付いたような顔を作る。
「普通ならそれでも構わんだろうな。飽く迄も普通なら、だ。だが今回は違う。ローグがいなければ私だけではなく、リーザもここに立ってはいないし、もしかしたらこのマギアークに住む全員が奴の腹に納まっていた可能性すらあるんだぞ? そんなところにお前らを置いておくほど私は薄情ではいたくないな」
近くにいた方が守れる──なんて言えるのは余程の自信家か井の中の蛙ってとこだろう。それが未曽有の危険なら尚更だ。
「二人共、今回は聖王国に戻ってくれないか? このままっていうのも気持ち悪し、片付いたら必ず迎えに行くよ」
「絶対に迎えに来てくれるのね?」
「ローグ様、そこの女はともかく、正妻である私を迎えに来ないなんてことは許しません」
「アンジェ様? 流石にそれは聞き捨てならないんですけど?」
「メアリー、報告が遅くなってすいません。そういう事ですので周知徹底をお願いします」
淡々と述べるアンジェにメアリーのこめかみには青筋が増えていく。
気のせいだろうか?
さっきから火花の様なものが見える……気がする。
それよりも俺は結婚してないからな?
「お前ら、そんなくだらない事は聖王国に戻ってからにしろ。めんどくさいぞ」
シンディー、歯に衣をきせる事を覚えて。
*
三日後。
ローザの様態も安定し、リーザ達四人は聖王国へと向かう船へと乗り込んでいく。
ローザもみんなの前では気丈にしていたけど、それがまた痛々しかった。
ちゃんと心から笑える日は来るのか少しだけ心配にはなった。
四人を見送った後、シンディーと俺は明日、調査の為にもう一度化物とあった場所に向かう事にして今日はのんびりとすることにした。
俺にはアウラ、シンディーにはオンディーヌがいるから連絡などを取りあうのに苦労はしない。
なにかあったらすぐに連絡を入れる事だけを約束して港で別れた。
久しぶりの一人の時間だったけど、観光って気分でもないし温泉って気分にもなれない。
ちょうど考える時間が必要なのかもしれない。
メアリーにはやたらと懇願されたのもあって行動を共にすることになった。もちろん自分が「いいよ」と答えたのだから当たり前だ。
ただ、アンジェやローザ、聖装士の二人は半ばノリで一緒に行動しているようなものだ。
自分が怪我したり死ぬのなら構わないんだ。闘ってる時に死ぬことや生き残る事なんて考えたら踏み出す足も刀も曇る。それは余計に死へと向かっていく。
だから考えずに受け入れる事が大事なんだ。自分の力、相手の力量、迷いや怒りなどの感情を。そこから死なない為に研鑽するしかない。
そんなことは小さい頃から分かっていたのに。分かっていたのに……なんでローザの怪我を見た時、アイラが殺された時、俺は……。
俺は受け入れられなかったんだ?
生きていればいつ死ぬかなんて分からない。
天災で死ぬことだってあるし狩りでだって命を落とすことだってあるのに……。
確かに短い付き合いだけど、それなりに言葉を交わしたから悲しくなるのは当たり前だ。
でも、それと死を受け入れられないのはなんでなんだろう……?
辺りを見渡して見る。
そこら辺を歩く通行人や観光客。お店で元気に声を上げている店員さん。
彼らだって産まれてから今まで、何かしらの恐怖を感じたことだってあるだろう。死を身近に感じることだってあるだろうに……。なんであんなに笑っていられるんだ?
俺は……。
俺は……何か大事なモノでもなくして生きているのだろうか……?
俺は……同じ人間なんだ……よな?
自分だけ回炉が六ケ所にもなって、気付いたら世界最強のはずの聖装士に勝って……。
いや、流石に変な方向に話が行き過ぎたか。
どうやら結構長い間考えに耽っていたのだろう。辺りの景色を見渡しても見たことが無い。火山の南側にシンディーの店があるに今は火山が南側に見えるのだから来たところのない場所まで歩いちゃったのか。
どうしたものか……。
このままマギアーク一周ってのも悪くはない気がする……な。結局色々と調べるにしても土地勘があるに越したことは無いだろうし。
大通りは一周繋がっているらしいって事はシンディーから聞いていたから路地裏を見て回るべきだろうな。
今までグジグジ悩んでいたことを頭の外へと追いやってから路地裏へと足を向ける事にした。
路地裏は大通りとは違って店なんかはほとんどなくて、石造りの平屋がずらりと並んでいる。それをひたすらに歩き、横道が現れたら適当に曲がってみる。
なかなかに覚えずらいのには少し困った。似た様な家だらけなうえに曲がり角なんか特徴っていうほどの物はない。これなら逆に少し位入り組んでいた方が覚えやすいくらいだ。
なんとなく、ふと後ろが気になって振り返る。
「君は……この間の……」
「……」
生気が感じない、青い髪のアイラに似た女性。
ゆっくりと、真っすぐに俺を見ながら近寄ってくる。
一体何だってんだ?
前回逃げたのは君の方だろ。
手の届く距離まで寄ってきたその女性がこちらを見上げている。
俺は足の先から頭の先までじっくりと見る。
やっぱり似てる……似てるけど……違いすぎる。
アイラを形作っていた体は似ているのに、それ以外の全部が違いすぎる。
微笑んでるでもなく凍った笑顔を作っている訳でもない。黙っていても感じた温かい雰囲気も。仕草も、歩き方も。
「やっと見つけたよ。急にどうしたんだい? ──っと……君は?」
路地裏の角から現れた白髪の男は、歩み寄り目の前の女性の横に並び立つのだった。




