武装大会と悪夢
前回の話
武装大会の予選始まる
鐘が鳴ったのと同時に一斉に周りが動き始める。
ただ一人、ローグを除いて。
理由は単純に回路だ。
四肢の回路とは簡単に言ってしまえば〝炉〟だ。そして魔素は〝燃料〟となる。何度も何度も炉に燃料を送り込むと炉が育っていくようなイメージになるが、もちろん回路の成長にも個人差はあるし、炉の無い所に燃料を送り込んだところで動くはずもない。
そしてローグの回路は両腕だけ。立ち回りが足の回路持ちと比べると遅くなってしまうし、それが間違いじゃないってこともすぐに確信がもてた。
足の回路を持つ弓使いなど、立ち回りが早すぎてまるで目が追いつかない。
距離が離れている分、矢音で判断できたとしても避け続けられるのかが分からない。
一対一であればまだ可能性はある・・・と思う。
でも、この予選ではあり得ない状況だ。
いくら広い闘技場とはいえ、本来なら一対一で行う場所に百人。ちょっとした混戦状態からの幕開けになっている。
それでも救いがあったのは俺に向かってきたのが大きな剣を持った大男だった事だ。徒党も組んでいない上に両腕を赤く輝かせている。
これ以上都合のいい相手などいないだろう。
「ーーおおぉぉぉぉ!!」
その男が雄たけびを上げながら走り寄ってくる。
気合の表れなのかもしれないが、襲い掛かるときに雄たけびを上げる人がいるとはさすがに思っていなかった。
さらに遅い。
体格のせいなのか筋肉の付けすぎなのか分からなかったが、そこらで狩りをする時に比べたら欠伸をしてしまいそうなほどに遅い。
それでも回路が腕にあるのだから剣を振るときは気が抜けなくなる。
四肢の回路は力を増幅させる。
体格が二m程もあり、突起した筋肉が邪魔になってしまい走るのも遅くなっているだけだとしたら、一撃の振り下ろしは想像できないほどに速いかもしれない。
すぐに足を一歩前に出し、刀を自分の頭上に、地面とは水平に構える。
初めての対人戦。
初めての乱戦。
狩りの時と同様に心を静め、目の前だけを見る。
狩りなどをしていれば自然と身につくものだ。
焦ったら負けだ。
いつでも冷静に状況判断をすること。
そして体は熱くたぎらせること。
足音や剣戟の音、自分の息遣いも知覚から外していく感覚。
何も難しい事は無い。
狩りの時だって獲物の知覚から外れる為に普段からしている行為。
必要なのは相手の息遣い、できうる限りの先読みと咄嗟の判断力。
自分の心音が聞こえなくなった頃、目の前には剣を振りかぶった大男が眼前まで迫っていた。
さっきまでの鈍足が嘘のように振り下ろしの初動が早い。
風を切る音が今までには聞いたことが無い位に大きい。
その音と同時に一歩前へと踏み込む。
それでもさっき聞こえなくなったはずの心音が跳ねるように胸を叩いたのが分かった。
(ーーーこの音は気にしちゃだめだ!)
自分に言い聞かせながら相手からは目を離さない、離してはいけない。
相手の剣筋が見える。
殺意をばら撒き、愚直に、真っすぐに振り下ろす剣。
口角が上がるのを止められない。
余程自分の力に自信がなきゃ、わざわざ構えた刀に向かって振り下ろすなんてことしないだろうに。
これはつまり〝力でねじ伏せてやる〟以外の何物でもない。
でも、それは俺にとってただの好都合でしかない。
円舞が使えるのだから。
向かってくる剣が体の真横を通るように体を位置取る。
後は刀と剣がぶつかる瞬間を待つだけ。
ーーキンッ!
剣が刀を叩く音と同時に刀から伝わる衝撃を腰に伝え、片足を軸にもう片方の足をしなる枝のように動かす。
「ーーガッ!!・・・・・」
相手の振り下ろす力を借りて放った蹴りは大きな音を立てながら大男の顎を砕き、意識を刈り取り事に成功した。
(初めての対人戦にしては上出来かな?)
緊張の糸が途切れ、溜息と共に辺りを見渡すと、会場の一部だけがやたらと騒がしい事に気付き、自然と視線がそこで止まる。
「ご褒美キターーーーー!!」
「俺にはもっと激しいのを!!」
「ーーちょっ!!お前ら割り込むんじゃねーよ!!」
「ーーしつこいです!!」
(ーー見なかったことにしよう!)
それからは向かってきた相手を壁際に誘導しては円舞で退けること六人目くらいだろうか、相手を気絶させた瞬間に変化が訪れた。
爆発にも似た音が耳をつんざく。
それも今までに経験したことが無いくらい速く向かってくる威圧感。
銃だ。
いくら初めてとはいえ、爆発音に続き感じたことのないような威圧感。
視線を向ける間すら惜しい状況では爆発音を頼るしかなかった。
そしてそれは賭けでしかない。
たんに弾道が見切れていないからじゃない。
父さんが残してくれた円舞の弱点だ。自身の体を使ったカウンターは攻撃を受ける時の衝撃を体に伝えるが、その衝撃の大きさが分からない。さらに言うならタイミングも分からない。
そしてそれが分からなければ、受けた力を完全に流すのは無理だ。
咄嗟に地面を蹴飛ばしながら体を宙に浮かせる。
空中で受ければ多少なりとも衝撃が逃げてくれる分、大怪我に至る可能性は下げられる。
(ーー体に銃弾が当たらなければだけどだけどね!)
ーーキンッ!
甲高い金属音と共に刀から伝わってきた衝撃が腕だけではなく体を揺らし、宙で二回転すると、勢い余って片膝を地面に打ち付ける羽目になった。
いくら空中で衝撃を逃がしたとはいえ、初めて襲ってきた銃弾に上手く衝撃を逃がすことができず痛みが体を走り抜ける。
それでも痛みなど無視し、脳内で鳴り続ける警鐘に従って発砲音の先を見ると、赤い髪を揺らしている女性が金色の双眸でしっかりとこちらを見据えていた。
手には少し変わったハンドガンを握っている。
グリップとトリガーガードを半円状の棒が繋いであり、ロングバレルのオートマチックだ。どう見ても普通の女性なら持っていないだろう銃をローグへと向けていた。
更に追い打ちをかけるように彼女の足が赤く輝いき始めた。
(ーーくそっ)
遠距離戦を悟り、刀を握る手に力が入る。
足の回路持ちは相性が悪い。そこに相性の悪い遠距離武器。
活路を開くなら、接近戦のみ。
もう周りの状況を気にしている場合じゃなかった。
間違いなく彼女はこちらを狙っている。
初めての遠距離戦が弓ではなく弾速の早い銃。
さっきみたいに刀で逸らすにしても、一回でも被弾すれば足の回路を持っていない以上逃げきれなくなる。
すぐに二本目の刀を抜く事にした。
それを見るなり、赤髪の女性が引き金を引く。
二発の発砲音が鼓膜を刺激し、それと同時に銃弾を追う様に走り出す。
すぐにこちらも走り出す。
少しでも早く走れと。
俺には遠距離戦で有利なところなど、どこにもない。
発砲音と共に地面を蹴り、前に飛び上がりながら体を捻る。一度のまぐれで逸らした弾丸から、衝撃と力加減はなんとなくだけど分かった。
あとはタイミングと弾道を読み切れればまだ可能性はある。
---キンッ!
初弾を刀で逸らすことに成功するも、二発目は刀をすり抜け頬を掠めていく。やはり一度だけのまぐれではそこまで上手く刀で弾く事は厳しかった。それでも幸いなのは二発目がギリギリだとしても致命的な箇所には当たらなかった事だ。
そしてこの幸運に三度目があるのかはかなり怪しい。
それでも動揺している暇などない。少しでも気を抜けばハチの巣になる。
前を向き、少しでも近づくために一歩踏み出した瞬間、赤髪が視界をよぎる。
てっきり、足の回路を使った撹乱に入ると予想していた俺の読みは完全に外れたらしい。
目の前の女性は俺が思っていたよりも遥かに獰猛で、攻撃的な人種かも知れないと認識を改めておくことにする。
自分の警鐘を信じ、咄嗟に腰と頭を落とすと後ろから発砲音が聞こえ頭上を通り過ぎていった。
「ーーチッ!」
(ーー話した時と違って感情丸出しだな!?)
背中の方から聞こえた舌打ちに刀を振る事で応えるが「ガキッ」と何かとぶつかった感触で手が止まる。
(ーー体勢が崩れていたせいで力が入りきっていない!)
視線だけ刀の方に向けると、グリップとトリガーを繋ぐ部分で刀を受け止めている姿が目に入る。
優勢な筈の女性は顔が酷く歪んでいた。
「ーーあなた何者よ!?銃弾を刀で逸らすなんて聞いたこともないわよ!?」
「ーーそれはそうだよ!俺だって初めて銃弾なんて撃たれたんだから!」
心の声が漏れた。
「・・・たまたまなの?」
「ーーたまたまだよ!死ぬかと思ったよ!」
咄嗟に漏れてしまった心の声に情けないやら恥ずかしいいやら。
でも時は待ってくれないもんだ。
ーーッシュ!
近くから体の芯まで響くような低い風切り音が体を揺さぶる。
すぐに振り向こうとしたが、脇腹に走った衝撃に体が耐えられず、地面から足が離れる。
宙を舞いながら衝撃が来た方に目をやると体格のいい男が二人、拳を突き出していた。
空中を地面と水平に飛んでいきながらも、横を見ればさっきまで戦っていた赤髪の女性も同じように吹き飛ばされている。
その後に訪れたのは、背中から体全てに走った衝撃と熱、それと体の中にあった空気が体から押し出されるような感覚だった。
そのまま地面から視線を上げようと何度も体に指令を出し続けたが、閉じていく瞼を止めること叶わなかった。
□■□■
辺りに見えたのはいつもの風景。
アイラの笑顔、物干し竿に干してある本日の収穫、変わらない家、裏庭の菜園から漂う土と香草の香り。
心からの安堵。
俺にとっての居場所。
・・・いや、俺が傍にいたいと思える人。
「ーーローグ! ボーっとしてないで早く収穫手伝ってよ!」
まだ一週間位会っていないだけなのに、やたらと懐かしいアイラの言葉。
昔はよく怒られた。
今では家事を手伝おうものなら邪魔にしかならないのに。
「・・・あれ?」
目に映る物全てがゆっくりと色を失っていく。
「ローグ、幸せにね・・・」
(ーーちょっと待て!!俺はそんな顔を見たくないから頑張れるんだ!・・・なんでそんな悲しそうに笑うんだ!?)
白に染まっていく世界のなかで無理やりに笑顔を作ろうとしているアイラ。
あんな顔なんて一度も見たことが無い。
どうしていいかは分からない。
それでも今のままでいいなんてとても思えない。
「ーーアイラ!」
声を張り上げてみる。
手を伸ばしてみる。
けど届かない。
走ってみる。
距離が縮まらない。
焦りだけが体を支配していく。
すべての色が消えていく。
「アイラーーーーー!」
「いきなり叫んだと思ったら椅子から落ちてるし・・・。変な夢でも見ていたのかしら?」
視界に映ったのは赤い髪。その後ろにオレンジ色に染まった空。
さっきまでの白い世界やアイラはどこにも見当たらない。
「・・・夢?」
「余程打ちどころが悪かったのかしら? あなた大丈夫?」
辺りを見渡すと木で出来た椅子が数え切れない位に並び、その真ん中には闘技場。
(ああ・・・なんだ、あれから気を失ってただけか・・・。それにしても嫌な夢を見たな・・・)
「ねえ、本当に大丈夫?医者を呼びましょうか?」
「ごめん、もう大丈夫だよ。--それよりもあれからどうなったんだ?」
椅子と椅子の隙間に寝そべるような形で横になっていた体を起こすと、最後に殴られたであろう脇腹にズキッと痛みが走り顔が歪んでしまう。
「あれから二人して気絶よ。 運営の人たちに観客席まで運ばれて椅子に横にされていたみたいね。私の方が少しだけ早く目が覚めたのだけど、少しだけあなたに用が出来たから待たせてもらったわ」
予選前に話した時とは違い、話し方も、表情も、仕草も、まるで別人のようだ。
「用って?」
「銃弾を刀で逸らした人なんて初めてだったから名前くらい聞いておこうと思ったのよ」
「次できるかって言われるとそこまで自信は無いんだけどね・・・。--俺はローグ、ローグ・ミストリアだよ」
「私はメアリー・クルスよ。・・・ローグね、次は負けないから覚悟しておいてね」
「あはは・・・俺も次までにはもっと強くなれるように頑張っておくよ」
「ふふ・・楽しみにしているわ」
メアリーが軽く微笑んだ後、出口に向かい歩き始めるのを座ったまま見送る。
あの表情が本当の姿なのだと思った。
(・・・あの予選前の変な態度はなんだったんだ?・・って今考えても分からないし今度会ったら聞いてみるか)
ふとさっきまで戦っていた予選会場が目に入ってくる。
初めての武装大会。初めての対人戦。初めての乱戦。
結果は予選落ちだったけど目標ははっきりとした。
(あとは狩りの時に修業の仕方考えながらやるか・・・)
今までは父に教わった事の反復練習ばかりだった。
遠距離戦に対応できない事は知っていた。近接戦に持っていかなければならない事は理解していた。
でも手段が思いつかなかった。
乱戦になれば円舞では対応しきれないと気付いてはいた。
それでも一対多数で対応する術が思いつかなかった。
それが今日の予選で少しだけだけど変わった気がする。
また来年もある。
時間なら山ほどある。
諦めなければいつか勝てる・・・気がする。
(・・ちょっと楽しくなってきたな)
顔が緩むのが自分でも分かった。
俺はまだ強くなれる。
その道筋が見えてきたんだ。
とはいえ今年の武装大会はこれで終わり。あとはもう一つの目的を済ませたらアイラの待つ家に帰るだけ。
そしてその目的の方が難題かも知れないと、さっきまでの高揚感がどんどん緊張へと変わっていく。
(・・・とりあえず行くか・・・)
そうして闘技場を後にした。
それからはいくつか目を付けていた装飾屋へと足を向けた。
何件か店の中を覗いては溜息を吐く事になった。なんでって、高すぎるよ。
そんな事繰り返していると、自分でも手が届きそうな品を見つけ、すぐに店主に相談した結果、小さな雫状の魔石がついている耳飾りを購入した。
角度によって色が変わる透明な鉱石である魔石は、本来なら手の届かないほど高値の代物だ。それが小さすぎて魔装具には使えないと装飾屋に安く回ってきたらしい。
˝いつか見てみたいわね~〟
アイラが本を読んでいる時に言った言葉を覚えていたから迷う必要も無い。
路銀を全部使ってしまう事にはなったけど、何よりもアイラの喜んでいる顔が見られるならたいしたことでもないと思える。
納得の品を購入できた喜びとこれからアイラに会える喜びが胸の中で入り乱れ、軽くなった足取りで首都を離れていく。
集落へと向かう道のりの中、手に耳飾りを握りながら呪文のようにぶつぶつと独り言を呟いていた。
なにせこれからアイラに結婚を申し込むのだから緊張するというものだ。
好き、愛している、そんな言葉では表せないくらいずっと一緒に生きていたいと思う様になったのはいつ頃だろうか。
アイラを女性として意識し始めたのはいつ頃だろうか。
気付いた時には大事な人になっていたアイラ。
初めての恋なのだろうと気付いたのはかなり遅かった気がする。
それでもお互いが十八歳になり、生活にも余裕ができた。
あとは伝えるタイミングだけだったのだが、それが一番難しい。
一緒に暮らし始めてからもう十年、ありがとうの一言ですら言うタイミングを探したのに。
今回の武装大会には純粋に自分の力を試したいと思っての出場だったが、首都まで行くのだから贈り物の一つを見繕えるだろうと考えてはいた。
そしてこれをアイラに渡すときに伝えようと考えた。
そうでもしなければ何時になっても言える気がしない。
そして首都を出て六日目の夜、アイラの待つ家まであと半日という距離まで来た。
アイラに贈る言葉に何度も迷いはしたが、とりあえずは決められた。
迷うのも性にあわず、結局は「ずっと傍にいてくれ」というつもりだ。
もうちょっと気の利いた言葉でも思いつけばよかったのだが、変にひねったりするよりは自分の言葉で伝えようと思う。
翌朝、逸る気持ちと緊張とで心臓が動いているのか、もう分からなくなっている。それでも今日が自分にとっての一世一代の大勝負になる日だ。断られる姿など想像してはいけない。
もし想像なんてしたら絶対に生きて行けない。
一緒に暮らしている分、その後が本当に想像したくない。
気付けばもう目の前に集落が見えてくる。
(あくまでも自然体だ・・・自然体でいくぞ・・・っ)
自分の家目掛けて足を進める。
首都にいたせいだろうか、懐かしさと静けさをいつもより強く感じながら家の前まで辿り着き扉を開ける。
「ただいまー! いま帰っ・・・た・・よ・・」
m(*_ _)m