ネクタイ
「今って外でれないじゃん?」
「不必要な外出は控えろって事だろ。あと熱があったりする人とか。」
「あ、アタマが痛いかも!」
「はい。仮病ですね。」
「寒いし、眠いし、課題やってないから行きたくなーい。」
「最後のが本音だな、このヤロー。」
時間は7時30分
天候は晴れ。午後から小雨が降るかも。
エアコンのタイマーによって6時から暖かい部屋にして、干したばかりのフッカフカな布団と王様かよって思うぐらいの枕の数。そこに寝そべるのは駄々っ子幼馴染。
徒歩20分の距離の学校とは言え身支度のことを考えればギリギリの時間だ。
諦めて置いて行きたいけれどもコイツの母親に世話を頼まれている。どうしても頼みが断りきれなくて年上のくせに甘えん坊で朝が弱いコイツをいつも起こしてやっている。
「うー、、」まだ枕に突っ伏している。
どうしたものかと考えて、昨日廊下で見た一件を思い出した。そこで俺はそっと耳元で、
「昨日の放課後、生活指導の先生に怒られてたよな。あの件で余計目をつけられてるんじゃないの?遅刻しようものならこないだの倍、いやもっと注意受けるんじゃないのかなぁ。」
と、イジワルく言ってみた。
するとガバッと跳ねて
「あ、テツ、見てたのかよ。ってか見られるとかマジ恥ずいし。」
と飛び起きた。フゥ、やっと起きた。
「あの先生、目つきがマジハンターってか、俺ばっか怒られてる気がするし。」
とぶつくさ文句を言いながら着替え始めた。
「靴下どこー?」
「2段目のタンスの左側。」
「げ、寝癖がヒドッ。」
「顔洗ってきたらセットしてやるから。」
「ネクタイ無い。」
「おばさんが置いてった洗濯物の中にあるだろ。」
もしかして俺、幼馴染じゃなくてオカンかもしれない。しかもそれを当たり前のように受け取るコイツもどうなんだろうか。
なんとかどうにか時間には間に合いそうだ。
アイツは朝ごはん用にと置いてあったトーストを2口で突っ込んでから牛乳で流し込んでいた。
通学路になっている場所まで駆けて行くとまだチラホラと歩く生徒がいた。時計を見ると後はもう歩いても大丈夫そうな時間だった。
俺はふと隣を歩くコイツをチラッと見た。30分前はヨレヨレの甘えん坊が今はそんな気配を微塵も見せない。ほぼ俺のおかげである。が、
「あ、ネクタイ曲がってるし。せっかく締めたのに。」
と首元を掴んでネクタイを締め直した。これで完璧だ。
「そう言うお前も、詰襟取れたまんまだぞ。生徒指導のあの人そういうのメッチャ見てるからな。」
と、外したまんまだった詰襟を直された。
「先生に世話されるのって珍しー。」
「お、そこはもっと褒めていいぞ。」
「数学の課題の問2がまだ習っていない公式で解けなかったよ。委員長にまた怒られるんじゃない?」
「え、あ、あれそうだっけ?あの委員長コエーんだよ。俺のこと先生だって思ってないよな。」
「見た目はちゃんとしていても中身があれじゃあね。」
「そこは慰めろよー。」ノリツッコミ漫才みたいな会話をしながら歩いて行くと、もう少しで校門が見えてくる。
入る前は幼馴染。
入ってしまえば先生と生徒。
ちょっとだらしがない先生だけれども生徒からは人気がある。
まさかこんなに甘えん坊だって事は俺しか知らない。
俺だけの特別な秘密。
学ランが着たくてこの高校に入った。そしたらついでに幼馴染が教師として赴任してきた。
と、言うことにしておく。
ただそれだけのお話。