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ランドスケープ・アゲート  作者: 紅亜真探
【二】 逃亡 -ユウの過去編-
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勝利の代償

 そのとき、神風が吹いた。

 実際には、そんな生易しい風ではなかったが、確かに吹いた。

 ゴッ、と、突き上げるような衝撃を、背後、つまりクレパスの奥底から受けたシューティング・スターの機体は、まばたきする間に天空の高みへと引き上げられている。

 言うまでもなく、シューティング・スターに飛行能力はないのだが……不思議なことにモニターから見えた空は、そこへ張りつけたかのように静止していた。

『よう、生きてるか?』

『……え?』

 テリーは呆けた頭で、周囲を見まわした。

『おう、生きてるな』

『ホ……ホークさん』

 シューティング・スターは、人型ベネトナシュの腕に、しっかりと支えられていたのである。

『ひさしぶりだな、テリー』

『……』

『どうした。やっぱり死んだか』

『……そうかも』

『ハ、ハ!』

『ハハ……ホークさんは、変わらないなぁ』

 テリーが紋章官であった三年前。ホークは、L・J下手な将軍にかわりベネトナシュを乗りまわしてはいたが、まだ、機兵総長であった。

 年齢も入団時期も、昇進速度も違うふたりだが、それでも同じ西部出身で馬が合い、当時は一緒になって、随分と悪さをしたものだ。

 そういう意味ではこのふたり、兄貴分・弟分というよりは、歳の離れた親友、と言ったほうがいいかもしれない。

『いよいよ、ジイ様とやる気になったようだな』

 うれしげに言うホークに、

『うん……どうかな』

 テリーは力なく笑い、首をかしげた。

『まだ、金がたまらなくてね。自信がないよ』

 と、こういう弱音を素直に見せられる間柄、ということである。

『なあに、いざとなれば、メラクなどいらんさ』

『ええ?』

『射程に不安があるのなら、弾が届くところまで近づけばいい。おまえは腕を上げたし、仲間がいればできる。要は、土俵を大きくするか、小さくするかの差だろう? なあ?』

『……うぅん』

『おいおい、しっかりしろ。ジイ様に勝って、一番になるんだろう? ……そら、お迎えが来たようだぞ』

 見ると、遠く足の下から、カラスとクジャクが近づきつつある。

『行くかあ』

『え、ちょ、ちょっと待った! ゆっくりお願いします! ゆっくりぃぃッ!』

 テリーの叫びもむなしく、ベネトナシュはスラスターをカット。自由落下という、ひどく合理的かつ恐ろしいやりかたで、地上へ降りた。

 

『てなわけで、今日のところは痛みわけだ』

 そう言ったベネトナシュは、来たときと同様、指を立てて別れを告げた。

 そのときもユウは思ったが、この将軍機はいままで出会ったどのL・Jよりも、人間らしい動きをする。

『聖石は、おまえさんがたが預かっておいてくれ。いずれ必ず取りに行く』

 と、わずかに浮いたベネトナシュの足もとが、スラスターの高熱で溶解し、大穴となった。

『あと……そうだな。これは軍事機密ってことになるのかもしれんが、おまえさんがたを追って、全軍が動きはじめてる』

『う……』

 テリーが、わずかにうめき声をもらした。

『ギュンターの一軍もトラマルのあたりまで来てたんだが、まあ、この山ん中だ。ミザールとアルコルが追っついてくるのは、まだ先のことだろう』

 上手く逃げろよ、ホークは笑った。

『テリー』

『う、あ、あい』

 ベネトナシュが、機械の胸を親指でつつき、そのまま立ててみせる。

『……ん』

 シューティング・スターも同じ動作で返した。

『じゃあな、あばよう!』

 蒼天高く舞い上がったベネトナシュは、オルカーンの引いた黒煙を追って、南の空へと飛び去っていった。



 ……さて。

 前半分を雪に埋もれさせたマンムートは、幸運なことに、落下による損傷をそれほど受けてはいなかった。

 これはもちろん、走行に必要な部分が、という意味であり、オルカーンのアンカーは依然突き立ったままワイヤーをだらりとたらし、その亀裂と、開かれたL・J用ハッチからは、わずかながら黒煙が上がっている。

 この煙を見たとき、ユウはまだ火が残っていたかとあわてたが、貯蔵庫と空調室から出た残留煙だとわかり、ひとまず胸をなでおろした。

 聖石も、無事だった。

『とりあえずは、我々の勝利といったところですか』

『ああ……たぶん』

『しかし、これからまた忙しくなりそうです』

 一足先にN・Sを抜け出たモチが、格納庫の床へ舞い降りた。

 そのあとを追ったユウが、カラスを指輪へ戻したところで、

「ユーウー!」

 駆けてきたのは、大きめのコートを着こみ、シルエットがペンギンのようになったララである。

「ユウ、おっ帰り!」

「ああ」

「テリーもお帰り! やるじゃない!」

 と、ララは、L・Jをベッドに固定し終えたテリーをほめそやしたが、

「うん、あんがと」

 本人は、どうも気のない返事をした。

 あるいは、ただ単に疲れているだけかもしれないが、やはり動きはじめた鉄機兵団、いや、オットー・ケンベルの存在が気になるのか、先ほどから極端に口数が減っている。

「なにさ、みんなして変なの」

 ララは、硬く目を閉じてフラフラと右往左往するモチを抱き上げ、頭をなでた。

「皆が変、ですか。やはり、アレサンドロはまだ……」

「うん。ていうか、ジョーも変だし、ハサンも変だし」

「ホウ?」

「……クジャクも変?」

 モチは、フム、と、頭をまわした。

 これは由々しき事態である。

 帰る道すがら、クジャクとユウのやりとりを耳にしていたモチは、十五年前のトラマルで起きた事変については、聞くともなしに聞いている。

 ゆえに、クジャクやテリーの心中は察して余りあるが、あのジョーブレイカーまでが『変』とはどうしたことか。

 さらには、アレサンドロから伝播したであろう、ハサンの変化。

 やりかたはどうあれ、常に俯瞰の視点を持ってメンバーを救ってきたそのふたりに混乱をきたされては、鉄機兵団の襲撃を待たずして内部崩壊するおそれがある。これからを考えなければならないいまこの時期において、それは、どうあっても避けたい事態だ。

 隣で話を聞いていたユウも、モチと同様の思いであったが、もうひとつ、心にかかることがあった。

「ユウ。あなたはジョーをお願いします。私はハサンと話してみましょう」

「いや……俺はアレサンドロが先だと思う。嫌な予感がするんだ」

「フム……」

 モチは、一瞬の沈黙ののち、うなずいた。

「しかし、彼に必要なのは時間です。あなたにまかせますが、無理押しは避けてください」

「ああ、わかってる」

「ね、あたしは?」

「女性陣に変わりはありませんか?」

「うん、ダイジョブ」

「ならば、あなたがたはいつもどおり、美味い食事でも用意してください。女性の手料理は、気落ちした男にとってなによりの薬です。そうでしょう、ユウ」

「だから、知るか」



 ……しかし、その後。

 ユウの予感は的中することとなる。

 どれほど手をつくしても、マンムートの中に、アレサンドロの姿を見出すことができなかったのだ。

「しまった……!」

 どうにもならない胸騒ぎを覚え、ユウは、L・J用ハッチを飛び出した。

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