光彩陸離
『テリー・ロックウッド。あの男を出すと言っていたな』
『ああ』
クジャクの冷静そのものの問いかけに、ユウは、なぜか次の行動に移ろうとせず周囲を旋回してばかりいるベネトナシュから、目を切らずに答えた。
音速を超えるベネトナシュの軌道を見切る。こうして言えば、まるで馬鹿げたことのようにも聞こえるが、その速度ゆえ容易に舵を切ることができないだろうことを考えると、決して、無駄な行為ではない。
少なくとも、空中戦をモチに頼りきっているユウにとっては、これがただひとつ残された仕事であった。
『テリー・ロックウッドにはライフルがある』
『ああ。ハサンは、オルカーンを撃たせる気だ』
ユウのこの考えも、あながち間違ってはいない。
ただ、撃つのはオルカーン本体ではなく、心臓部。それひとつでもL・J十数機をまかなうことのできる巨大光炉をさらに五つ連結し、互いに電力を供給し合いながら膨大なエネルギーを発生させる、『五連重光炉』である。
その、最も外側に位置する光炉を狙い撃ち、あくまでも墜落させないよう、出力だけを殺そうというのだ。
『とにかくいまは、彼に賭けるしかありません。我々は時間かせぎ、それだけです』
モチの言葉に、クジャクは、そうだな、と、うなずいた。
『とはいえ、さ、どうしたものか……』
『モチ』
『はい?』
『将軍機を向こうへ近づけるな。あの風は危険だ』
『……了解です』
『ユウ』
『ああ』
『俺がやつの足を止める。隙を逃さず、斬りつけろ』
『え!』
ユウは驚愕した。
斬るということにではない。クジャクが、ベネトナシュの足止めをするということにだ。
『できるのか? そんなことが』
『わからん。だが、やってみよう』
『それも期待するな、ですか』
『フ、フ、運次第だ。……さあ来るぞ。行け』
カラスとクジャクは、直後通過した衝撃波の渦に乗り、ふた手に分かれた。
『スピードスター・ホーク!』
『むん?』
再び機首を返したベネトナシュの鼻先へ、鉄棍を振りかざしたクジャクがせまる。
『ほう、加速する前にやってやろうって腹か!』
ホークは機体底面のサブノズルをあやつり、上手く、西向きの強風へ翼を乗せた。
アクロバットさながらに下降するベネトナシュを、クジャクも同様の動作で追いすがり、
『逃がさん』
顔の前で刀印を結ぶ。
『どうだ……』
誰に問うともなしにつぶやいた言葉は、風に乗って消えてしまったかに思えたが……。
次の瞬間。
四房にたれた鎖状の飾り尾羽が、四方へ分散した。
『な、なんだ、ありゃあ?』
飛び散った尾羽は、一枚一枚が薄い円盤状をしており、光炉もモーターも持たないというのに、それぞれが独立して回転している。
それが自在に飛びまわり、ぴたり、空中で止まったときには、まるで本物の尾羽が開いたかのように、見事な幾何学紋様がクジャクの周囲に描き出されていた。
『こ……こいつぁ……』
たなびく細羽の溶けこんだ大気が金の薄霞と化し、感じるはずのない異国の芳香さえただよってくるようだ。
コクピットに差しこむ幻光は温かみさえ帯び、言葉を失ったホークは、その神々しいまでの美しさに目を奪われた。
『……将……!』
『う……』
『大将! 上じゃあ!』
『!』
ホークは、とっさに上を見た。
キャノピー越しに映る影。
仰角一杯上空から、カラスが、うなりを上げて降下してきている。
ここでまず上を見ず、なにかしらの操作をしていれば、あるいは、この攻撃をかわすことができたかもしれない。
だが、ホークは見てしまった。
見た分だけ行動が遅れた。
『チィッ!』
ホークは、自ら犯した至極基本的な失敗に舌打ちしつつも、ベネトナシュを小まわりのきく人型モードへと変形させる。
しかしそれもまた、次の行動を遅らせる要因となってしまった。
すでにカラスは目の前にあり、クジャクも真横にある。
光鉄と合金を重ね合わせた、ベネトナシュ唯一の武器とも言える背のウイングでクジャクの鉄棍を弾いたが、もうあとが続かない。
カラスの刃が閃く。
『……フ』
ホークは観念の眼を閉じ、緊急脱出装置へと指を伸ばした。
と……。
『右舷側砲! てぇぇい!』
ここで、右九十度回頭したオルカーンから放たれた砲弾が、ものすさまじい音を立てて飛びこんできた。
実戦経験には乏しいクルーたちだが、操艦訓練、射撃訓練は、毎日のようにおこなっている。
無論、照準も測距も適当に打ち出したものだから命中はしなかったが、戦艦専用大炸裂弾はユウがひやりとするほどすぐそばを通り抜け、彼方の山に大穴を開けた。
『とっつぁん!』
『とっつぁんじゃあない! ぼうっとしくさってからに!』
と、以前上官だったグレゴリオ紋章官だけに、こうなると容赦ない。
いまにも、モニターを突き破って拳が飛んでくるのではないかという剣幕に、ホークはうれしげな微笑を浮かべて首をすくめた。
『で、どうするホーク、退くか』
『ハ、ハ、まさか。とっつぁんのくれたチャンス、活かさせてもらうぜ!』
ベネトナシュは再び姿を変え、絶え間ない砲弾の雨の中を飛び出していった。
さて、そうなると困るのが、カラスとクジャクである。
ベネトナシュがチャンスを得たと同時に、こちらは千載一遇のチャンスを逃してしまった。
それどころかいまは、オルカーンの援護射撃まで相手にしなければならなくなってしまったのである。
『くそ……どうする』
『どうする必要もない』
クジャクは言った。
俺たちは時間をかせげばいい、と、先のモチの言葉をくり返し、
『戦艦の目も俺たちに向いている。それこそハサンの望みどおりだ。目を開けていれば弾など当たらん』
いまだ光背然とした円盤群を背負いながらのその泰然とした姿は、納得の砦長ぶりであった。
『……フ、フ』
『クジャク?』
『いや。……十五年とは、短いものだな』
クジャクは刀印を再び胸もとに置き、なにか祈りを捧げるような素振りを見せたかと思うと、す、と伸ばした印の指先で前方を指し示した。
そこには、軸合わせを完了したベネトナシュと、せまりつつある数発の砲弾がいる。
ベネトナシュとは比較的距離があったが、砲弾にいたっては、その回転が確認できるほど近かった。
『……行け』
と、クジャクの口から、ごく静かな命令が下された、そのとき。
背後に散らばる数十枚の円盤が、ピィィンという、なんともいえない摩擦音を巻きながら、空へ散開した。
この円盤の正体、いわゆる戦輪、チャクラムである。
環の周囲を刃でかこった投てき武器で、本来、指で回転させて投げ打つものだが、クジャクの場合、それは念動力で動く。
四、五枚ずつの編隊を組んだチャクラムが炸裂弾の軌道と交差したとき、小規模な爆発がそこここで起こった。
降りそそぐ鉄片と爆煙のために、ベネトナシュは再び、機首を引かざるを得なくなった。




