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ランドスケープ・アゲート  作者: 紅亜真探
【二】 逃亡 -ユウの過去編-
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白雪

 何重にも重ね着をして山へ出てみると、わずかに風が出ていた。

 時折日差しはあるものの、雲脚が速い。

 吹雪になるかもしれない。

 そう思っていると、

「彼氏さん」

 ホバーバイクにまたがったテリーが、キャノピーの中から手招きをした。

「動かせそうか?」

「さぁ、やってみなくちゃわからない」

 これは、トラマル行きが決まってからここまでの間に、セレンが設計し、組み立てたもので、言ってみれば大きなそりに、縦長のシートと荷室、推進力を生み出すプロペラがついている。光炉の小型化は進んでいるものの、それでも一メートル四方にはなるため、このバイクの動力はL・J用推進剤をもとにした、内燃エンジンということだった。

 ミミズじいさんの工房を経由したおかげで、はじめに考えていた以上のものができたらしいが、なんにせよ、常人離れした技術と早業である。

 グリップハンドルを握ったテリーは、

「あああ、冷たい! 寒い!」

 グローブの上から、両手をこすり合わせた。

「……テリー」

「なに?」

「これ、邪魔だ」

「ああ、ごめんごめん。でも邪魔はないじゃない」

 テリーは後部座席にあったライフルケースを荷室へと乗せかえて、ぽりぽりと頭をかいた。

「ラッキーストライクは、俺の相棒だよ」

「ラッキー……?」

「ラッキーストライク。このライフルの名前」

 すかした名前だな。ユウは思った。

「俺がつけたんじゃないよ。ほら、俺の師匠のさ、ケンベル将軍にもらったんだ」

「ああ」

「いい銃でね。ずっと欲しかった」

「……そうか」

 この感情は、ユウにも覚えがある。

 ハサンにせがみ、はじめてもらった錠前はずしの道具は、いまでも数少ない宝物のひとつだ。

「ねえ、そんなことよりさ。ホントにやるの?」

「なにがだ」

「オルカーンだよ、戦艦の。俺ちょっと、ホークさん……いや、ホーキンス将軍ともご縁があってね。あんまり気乗りしないって言うかさぁ」

「文句なら、クラウディウスって将軍に言え」

「……いけずだなぁ、彼氏さんは」

「うるさい」

 ……と、そこへ、

「準備はできたか?」

 声がかかった。

 振り向くと、同じく厚着をしたアレサンドロが、寒さに肩をいからせて立っている。

 南部出身者は寒さに弱いものだが、アレサンドロもまさしくそうだった。

「最後に、もう一回、確認しとくぜ」

 と、アレサンドロは白い息をはき、軽く足踏みをした。

「今回は、おまえたちふたりだけだ。まず、仲よくな」

 顔を見合わせたユウとテリーを、アレサンドロは笑った。

「でだ、連絡は、そのバイクに無線がついてるから、それでしてくれ。ドーザに着いたら、白馬亭って酒場でジョーブレイカーと合流」

「打ち合わせが終わったら、トラマルについての情報を集められるだけ集めて、戻ってくる」

「暗くなる前に、と言いてえところだが、無理かもしれねえな。警戒だけは忘れるな」

「わかった」

「テリーも気をつけろよ」

「旦那だけだよ、そう言ってくれるのは」

「みんな思ってるさ」

「だ、旦那ぁ……」

 テリーは鼻をすすった。

「おっと、忘れるところだった」

 と、アレサンドロが差し出したのは、あの発光筒だ。

「距離が距離だ。俺たちよりも、互いの連絡用に使ってくれ」

 ユウとテリーは、ふたりで一本ずつ持つことにした。

「じゃあ、行ってくる」

 ハンドルを握るテリーのうしろへ、ユウは太刀を抱くようにして座った。


 雪氷の舞い飛ぶ新雪の野を、バイクは走り抜けていく。

 自信がないようなことを言っていたテリーだったが、無難に乗りこなしているのはさすがである。

 折よく強くなってきた風雪のおかげで、ホバーバイクの走行痕は、つけるそばから吹き消されていった。

「そのジョーさんって、どんな人?」

 テリーの白い息が、うしろへ流れてきた。

「どんな……?」

「なにかあるでしょ。ハンサムだ、とか、気難しいとか」

「……会えばわかる」

「そりゃそうだけどさ。心づもりってのがあるじゃない」

 この男でも、そんなデリケートな部分を持ち合わせているのだろうか。

 ユウは首をひねり、

「……あやしい」

「あ、あやしい?」

 小高く積もった雪山をジャンプ台に、ホバーバイクが跳ねた。

「鉄機兵団の……そういうのかも、ってこと?」

「いや違う。ジョーはきっと、信用できる」

「へぇ。じゃあ?」

「覆面があやしい」

「おっと、マスクマンか。……待てよ? 確か、覆面の手配犯がいたなぁ。ズタ袋をかぶり、手には斧、ひき肉職人の異名をとった……!」

「別人だ」

「なぁんだ」

 それから三十分も走らせると、ドーザの町並みが見えてきた。



 ドーザは、戦後開かれた比較的新しい町である。

 トラマル城塞が魔人から人の手に渡ったのち、そこに詰める騎士たちの相手にするために生まれた歓楽街。それが、この町のルーツとなっている。

 いまでは街道も引かれ、一般の湯治客も訪れるなど、なかなかの繁昌ぶりだ。

 ユウとテリーは、ひと気のない場所にホバーバイクを隠し、徒歩で町に入った。

「ねぇ、それ、本物?」

 テリーが言うのは、先ほど門番に見せた神官章のことである。

「当たり前だ」

「へぇ。それくさいとは思ってたけど、ホントの神官さんか。おかげで楽に入れたよ」

「……」

「……な、なに?」

「いや……」

 テリーがそう言うということは、神官位を授かった事実は、まだ鉄機兵団へは伝わっていないということだろうか。

 そういえば、手配する旨の通信にも、それらしいことはひとことも含まれていなかった。

 つまり、ディアナ大祭主だけでなく、クローゼや、バレンタイン紋章官さえも、口をつぐんでくれている……。

「なに? その顔」

「……なんでもない」

「いやいや、なんかうれしそうじゃない」

「うるさい」

「……へぇい」

 テリーは、不満げに首をすくめた。

 昼時で、なおかつ雪模様であるせいか、表通りにも人影は少ない。

 建物の抱いている煮炊きの暖気が、そこここの戸や窓の隙間から、湯気となって放出されている。

 ユウとテリーは、雪に覆われた街路を足早に進み……。

 目指す場所は、すぐに見つかった。

 軒下に吊るされた看板には、後足で立つ、白馬のレリーフ。

 近隣の建造物同様、白く塗られた土壁は堅牢で、はめこまれた木扉も、熱を逃すまいと実に厚い。

 もうもうと立ちのぼる煙突の煙から視線を下ろし、ユウは、ドーザ随一の酒場、白馬亭の扉へと手をかけた。

 ……が。

「……」

「……どうしたの?」

 そのまま開けようとしないユウの背に、テリーが聞く。

 ユウにもわからない。

 わからないが、声なき声に導かれて、

「……こっちだ」

「え、ちょっと、ちょっと!」

 ユウは、右手の路地へ入った。

 店で働く者たちの出入りがあるらしい路地の雪は、きれいに開けてある。

 裏手へ出ると感じたとおり。腕を組んだジョーブレイカーが、壁に背をもたれて立っていた。

 やはり、ジョーが呼んだのだ。

「ジョー」

「……うむ」

 薄く目を開けたジョーブレイカーは、横目でユウを見やり、再び目を閉じた。

 以前は黒だった装束が、いまは同じ型の、白いものに変わっている。

 どのような修行を積んだのだろう。覆面越しにはき出される息には、色がついていなかった。

「えっと……おたくが、ジョーさん? なるほどあやしい」

 はじめて見るエド・ジャハンの忍者にも、テリーは物怖じせず握手を求めたが、ジョーブレイカーは一瞥もせず、それを無視した。

「聖石は?」

「遅れている」

「天気のせいか?」

「そうだ」

 ユウの問いに対するジョーブレイカーの返答は、簡潔を極めている。

「トラマルは?」

「……難しい」

「ジョーでもそうか」

 ジョーブレイカーは、うなずいた。

「城塞内部は造作もない。カーゴを利用すれば、聖石の運搬も可能だ。それは確認している」

「なら問題は、やっぱり……」

 侵入経路。

 だが、もし仮に城塞正門までの一本道を避けていくとすると、生身での雪中行軍となるのは間違いない。

 また、このドーザからの生活物資搬入もないではないが、週に一度、それも明日早朝のことで、まぎれこんで奇跡的に忍び入れたとしても、厳重な警備の中、なお数日を隠れひそんですごすことになる。

 どちらを取っても、自殺行為だ。

 ちなみに、マンムートの地中潜行も選択肢としてはあったのだが、振動と傾斜角をクリアできず、すでに廃案となっている。

「困ったな。もう時間もないのに……」

 ユウは、全員で特攻、という最後の手段だけは取りたくなかった。

 やはり頭を下げ、恥をさらしてでも、ハサンに知恵を借りるしかないか……。

「わかった。俺たちも、これから少しあたってみる。他に聞いておくことはないか?」

 すると、ふ、と、壁から身を離したジョーブレイカーが、

「ディアナ大祭主。カジャディール大祭主の保護のもとにある。ひとまずは心配ないだろう」

 これは、ユウにとっても喜ばしいことだった。

 月の聖石を奪う前に、ディアナ大祭主の身に危険がおよぶのではないか。それだけが心にかかっていたのである。

「じゃあ、門の閉まるころ、外で会おう」

「……承知した」

 ジョーブレイカーは、足跡も残さず、姿を消した。

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