切っ先と銃口と
テリーの足音は、格納庫へと消えた。
扉の隙間からうかがうと、非常灯の明かりの下、新品同様となったL・Jベッドのリフトが、まさにいま下がりつつあるところだ。
そこに収容されているのは、シューティング・スター。
間違いない。
テリーは、逃げようとしている。
ユウはカッとなる頭を押さえきれず、扉を押し開け、つかつかと、リフトの到着を待つテリーのもとへと歩み寄っていった。
「逃げるのか!」
「!」
驚愕したテリーのおびえた目が、ユウを捉えた。
が、それも一瞬のこと。
すでに、それなりの心構えはしていたのだろう。
テリーは、かかえたライフルケースから銃をつかみ出し、ケースのみを投げつける。
それをかわすため、ユウが一瞬目を離した隙に、テリーはL・Jベッドの裏へ走りこんでいた。
足音が、ユウの背後へ大きくまわりこみ、弾丸を押しこむボルトハンドルの冷たい響きが伝わってくる。
やってみろ。
太刀を抜き払い振り向いたユウと、テリーの目が合った。
風が動き、時が止まる、その瞬間。
ピー。
リフトが、フロアに到着した。
「……彼氏さんでよかったよ。旦那やララちゃんは撃ちたくない」
テリーの銃口は、ユウの眉間に押し当てられている。
「……俺もよかった。そのふたりに、殺しはさせたくない」
ユウの切っ先は、テリーの心臓の真上で止まっている。
「ヒュウ、言うね」
ふたりは身じろぎもせず、にらみ合った。
「どうしたの。俺を斬りにきたんじゃないの?」
「おまえこそ、どうして撃たない」
「俺は、できれば撃ちたくない。弾代も馬鹿にならないんでね」
「……」
「ビビって、見なかったことにしてくれるのが一番なんだけどなぁ」
その言葉が、またユウの癇に障った。
売り言葉に買い言葉、
「ビビってるのは、おまえだろ」
「俺?」
「鉄機兵団にビビってる」
引き金にかかった指が、ピクリと動いた。
「……そりゃ、ビビるさ。逆に、ビビらないやつがいるなら、お目にかかりたいね」
「俺は怖くない」
「なんで? 仲間がいるから? そんな精神論じゃないんだよ!」
突然の、噛みつくような猛りがユウを威嚇した。
しかし同時に、激しい焦燥に我を忘れた、そういった叫びでもある。
「ああそうだ。おたくらみたいに、剣でチンチンやる分には、それでもいいさ。でも俺たちの戦いは違う。俺たちは、見つかった時点で負けなんだ。いま、あの人に目をつけられるわけにはいかないんだよ!」
「あの人……?」
将軍オットー・ケンベルである。
だが、もちろんユウは、それを知らない。
「……こうしようよ、彼氏さん」
「?」
「彼氏さんは、俺が出ていくのに目をつぶる。俺は鉄機兵団に、おたくらの居場所は明かさない。もとのとおり、賞金首と賞金稼ぎだ。どう?」
「……断る」
「なんで」
「俺たちを狙うことに変わりない」
「あきらめろって? そいつは無理だ。大口の賞金だからね」
「そんなに金が大事か」
「大事だよ。魔術師の弟子が言う台詞じゃない」
「だとしても……俺は、おまえのように薄ぎたない稼ぎかたはしてなかった」
「……嫌われたもんだね」
テリーは口もとだけの笑みを浮かべ、銃を構えなおした。
「じゃあ、ここまでだ。……残念だよ。手配されてまで助けたってのに、今度は俺の手でやらなくちゃならなくなる、なんてね」
「……」
そのとき、テリーの視線が一瞬はずれ、こちらの手もとに落ちたのを、ユウは見逃さなかった。
なにげない風を装いながら、心臓へのひと突きを警戒しているのだ。
テリーは、まずうしろへ飛ぶ。飛んで、間合いの外から、一発撃ちこむつもりだ。
そのユウの勘は、当たった。
テリーの身体が、うしろへ倒れこむように離れるところへ、同時に、一歩踏み出していく。
銃身を斬り上げつつ、目をむき出したテリーの肩口へ、ユウは、袈裟懸けの一刀を振り下ろした。
「待て! ユウ!」
いっせいに光る照明。
太刀は、ひざまずいたテリーの、鎖骨寸前で止まった。
「……アレサンドロ」
そして、モチの姿もある。
……これまでだ。
ユウは硬く目を閉じ、太刀をおさめた。
緊張の糸が切れたテリーも尻もちをつき、大きく息をはいた。
「ユウ、勝手なことをしました」
「いや、いいんだ。俺でも、同じことをしてる」
まぶしさに目をつぶしてヨチヨチと近づいてきたモチを、ユウはすくい取るように抱き上げた。
その柔らかさは、心がほぐれるようだ。
「あなたも、自分の身を大切に」
「……そうだった」
「ああ、そうだぜ」
アレサンドロの手も、ユウの頭に乗った。
「斬るつもりだったな」
「ああ」
「……わかった」
アレサンドロは、腰を抜かしたままのテリーへ歩み寄った。
「……旦那。ハハ、こうなっちゃあ、どうしようもない」
ライフルは握っているが、指は引き金からはずれている。
「旦那の手で始末をつけてくれるなら、願ったりかなったりだ」
「……」
「旦那?」
「……死にてえのか?」
テリーは大きく肩を震わせ、力なく、首を横に振った。
「……なさけないよ」
「それが普通だぜ」
アレサンドロは、完全に降伏したテリーの腕を取り、立ち上がるのを助けてやった。
「ユウ。こいつは牢に入れる、それでいいな?」
そうアレサンドロがたずねたのは、ユウの顔を立ててのことだ。
しかし、うなずいたユウは剣帯から太刀を抜き、
「俺も入る」
アレサンドロへ差し出した。
「なんでおまえが」
「頭を冷やしたい」
思えば、やはりいつもの自分らしからぬ行動だった気がする。
賞金稼ぎ憎しの感情が先に立ち、はじめから斬ることしか頭になかった。
なによりも、それを敬愛するカジャディール大祭主の太刀でしてしまうとは、自分自身に恥を知れと言いたい。
「そうか……」
と、アレサンドロは太刀を受け取り、
「わかった。おまえら、一緒に入れ」
テリーを、ぎょっとさせた。
「い、いやいやいや! 俺、殺されちゃうよ!」
「そこまではしねえさ。やられても、せいぜい殴られるぐらいのもんだ」
「そ、それもちょっと!」
「あいつに喧嘩を売ったおまえが悪い。あきらめな」
「そんな! ……か、彼氏さん、仲良くしよう! ね! ね!」
ユウの腕の中で、モチが笑った。