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ランドスケープ・アゲート  作者: 紅亜真探
【二】 逃亡 -ユウの過去編-
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切っ先と銃口と

 テリーの足音は、格納庫へと消えた。

 扉の隙間からうかがうと、非常灯の明かりの下、新品同様となったL・Jベッドのリフトが、まさにいま下がりつつあるところだ。

 そこに収容されているのは、シューティング・スター。

 間違いない。

 テリーは、逃げようとしている。

 ユウはカッとなる頭を押さえきれず、扉を押し開け、つかつかと、リフトの到着を待つテリーのもとへと歩み寄っていった。

「逃げるのか!」

「!」

 驚愕したテリーのおびえた目が、ユウを捉えた。

 が、それも一瞬のこと。

 すでに、それなりの心構えはしていたのだろう。

 テリーは、かかえたライフルケースから銃をつかみ出し、ケースのみを投げつける。

 それをかわすため、ユウが一瞬目を離した隙に、テリーはL・Jベッドの裏へ走りこんでいた。

 足音が、ユウの背後へ大きくまわりこみ、弾丸を押しこむボルトハンドルの冷たい響きが伝わってくる。

 やってみろ。

 太刀を抜き払い振り向いたユウと、テリーの目が合った。

 風が動き、時が止まる、その瞬間。

 ピー。

 リフトが、フロアに到着した。

「……彼氏さんでよかったよ。旦那やララちゃんは撃ちたくない」

 テリーの銃口は、ユウの眉間に押し当てられている。

「……俺もよかった。そのふたりに、殺しはさせたくない」

 ユウの切っ先は、テリーの心臓の真上で止まっている。

「ヒュウ、言うね」

 ふたりは身じろぎもせず、にらみ合った。

「どうしたの。俺を斬りにきたんじゃないの?」

「おまえこそ、どうして撃たない」

「俺は、できれば撃ちたくない。弾代も馬鹿にならないんでね」

「……」

「ビビって、見なかったことにしてくれるのが一番なんだけどなぁ」

 その言葉が、またユウの癇に障った。

 売り言葉に買い言葉、

「ビビってるのは、おまえだろ」

「俺?」

「鉄機兵団にビビってる」

 引き金にかかった指が、ピクリと動いた。

「……そりゃ、ビビるさ。逆に、ビビらないやつがいるなら、お目にかかりたいね」

「俺は怖くない」

「なんで? 仲間がいるから? そんな精神論じゃないんだよ!」

 突然の、噛みつくような猛りがユウを威嚇した。

 しかし同時に、激しい焦燥に我を忘れた、そういった叫びでもある。

「ああそうだ。おたくらみたいに、剣でチンチンやる分には、それでもいいさ。でも俺たちの戦いは違う。俺たちは、見つかった時点で負けなんだ。いま、あの人に目をつけられるわけにはいかないんだよ!」

「あの人……?」

 将軍オットー・ケンベルである。

 だが、もちろんユウは、それを知らない。

「……こうしようよ、彼氏さん」

「?」

「彼氏さんは、俺が出ていくのに目をつぶる。俺は鉄機兵団に、おたくらの居場所は明かさない。もとのとおり、賞金首と賞金稼ぎだ。どう?」

「……断る」

「なんで」

「俺たちを狙うことに変わりない」

「あきらめろって? そいつは無理だ。大口の賞金だからね」

「そんなに金が大事か」

「大事だよ。魔術師の弟子が言う台詞じゃない」

「だとしても……俺は、おまえのように薄ぎたない稼ぎかたはしてなかった」

「……嫌われたもんだね」

 テリーは口もとだけの笑みを浮かべ、銃を構えなおした。

「じゃあ、ここまでだ。……残念だよ。手配されてまで助けたってのに、今度は俺の手でやらなくちゃならなくなる、なんてね」

「……」

 そのとき、テリーの視線が一瞬はずれ、こちらの手もとに落ちたのを、ユウは見逃さなかった。

 なにげない風を装いながら、心臓へのひと突きを警戒しているのだ。

 テリーは、まずうしろへ飛ぶ。飛んで、間合いの外から、一発撃ちこむつもりだ。

 そのユウの勘は、当たった。

 テリーの身体が、うしろへ倒れこむように離れるところへ、同時に、一歩踏み出していく。

 銃身を斬り上げつつ、目をむき出したテリーの肩口へ、ユウは、袈裟懸けの一刀を振り下ろした。

「待て! ユウ!」

 いっせいに光る照明。

 太刀は、ひざまずいたテリーの、鎖骨寸前で止まった。

「……アレサンドロ」

 そして、モチの姿もある。

 ……これまでだ。

 ユウは硬く目を閉じ、太刀をおさめた。

 緊張の糸が切れたテリーも尻もちをつき、大きく息をはいた。



「ユウ、勝手なことをしました」

「いや、いいんだ。俺でも、同じことをしてる」

 まぶしさに目をつぶしてヨチヨチと近づいてきたモチを、ユウはすくい取るように抱き上げた。

 その柔らかさは、心がほぐれるようだ。

「あなたも、自分の身を大切に」

「……そうだった」

「ああ、そうだぜ」

 アレサンドロの手も、ユウの頭に乗った。

「斬るつもりだったな」

「ああ」

「……わかった」

 アレサンドロは、腰を抜かしたままのテリーへ歩み寄った。

「……旦那。ハハ、こうなっちゃあ、どうしようもない」

 ライフルは握っているが、指は引き金からはずれている。

「旦那の手で始末をつけてくれるなら、願ったりかなったりだ」

「……」

「旦那?」

「……死にてえのか?」

 テリーは大きく肩を震わせ、力なく、首を横に振った。

「……なさけないよ」

「それが普通だぜ」

 アレサンドロは、完全に降伏したテリーの腕を取り、立ち上がるのを助けてやった。

「ユウ。こいつは牢に入れる、それでいいな?」

 そうアレサンドロがたずねたのは、ユウの顔を立ててのことだ。

 しかし、うなずいたユウは剣帯から太刀を抜き、

「俺も入る」

 アレサンドロへ差し出した。

「なんでおまえが」

「頭を冷やしたい」

 思えば、やはりいつもの自分らしからぬ行動だった気がする。

 賞金稼ぎ憎しの感情が先に立ち、はじめから斬ることしか頭になかった。

 なによりも、それを敬愛するカジャディール大祭主の太刀でしてしまうとは、自分自身に恥を知れと言いたい。

「そうか……」

 と、アレサンドロは太刀を受け取り、

「わかった。おまえら、一緒に入れ」

 テリーを、ぎょっとさせた。

「い、いやいやいや! 俺、殺されちゃうよ!」

「そこまではしねえさ。やられても、せいぜい殴られるぐらいのもんだ」

「そ、それもちょっと!」

「あいつに喧嘩を売ったおまえが悪い。あきらめな」

「そんな! ……か、彼氏さん、仲良くしよう! ね! ね!」

 ユウの腕の中で、モチが笑った。

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