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ランドスケープ・アゲート  作者: 紅亜真探
【二】 逃亡 -ユウの過去編-
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追う者、追われる者

「……どう思われる」

「フ、フ、さても面白いことがあるものよ。騎士の鑑とたたえられるおぬしが、皇帝陛下にたてついた」

「ケンベル殿」

「わかっている」

 日あたりのいい帝城内の庭園で、低くかわされる会話。

 ひとりは、五十の声を聞きながらも、なお隆々とした体躯を誇る、筆頭将軍ジークベルト・ラッツィンガー。

 そして、その筆頭将軍に車椅子を押させる、オットー・ケンベル同帝国将軍である。

 開かれた周囲には、部下はおろか、紋章官の姿さえ見えない。

 木枯らしの吹く、色あせた芝生の道を、ケンベルの車椅子はゆっくりと進んでいた。

「確かに……」 

 ケンベルは、うつむき気味の細いあごを、わずかに動かした。

「いささか腑に落ちぬことはある。N・Sはさておき、聖石の移動、シュワブ国境線への偵察部隊派遣。戦艦を含む全戦力の増強。増税」

「まるで、戦を望んでおられるようだ」

「先帝陛下が、まさにそれであった。血は争えぬということか」

 ぐ、と、黙ったジークベルト・ラッツィンガーの喉から、押し殺した、太い息がもれた。

 ケンベルは続ける。

「問題は、その血が突如現れたこと」

「うむ」

「つい数ヶ月前までは、争いを好まれぬおかたであったが……」

「N・Sの出現と、時期が符合する」

「それよ」

「ケンベル殿。やはり……」

 ラッツィンガーが言いかけるのへ、ケンベルは骨ばった指を一本、立ててみせた。

「言うまい。すべては、先帝陛下の思し召しよ」

「……いかにも」

 ラッツィンガーとケンベルは庭を一周し、城へ戻った。

「執務室までお送りしよう」

「すまぬな」

「なんの」

 と、ふたりはそのまま、回廊を進む。

「ラッツィンガーよ、これよりは?」

「陛下のおそばに」

「それがよい」

「ケンベル殿はいかがなさる」

 問われたケンベルのしわに隠れた目が、ぎらり光った。

「出ねばなるまい」

「……テリー・ロックウッド。有望な若者でしたがな」

「愚かな男よ」

 そう言いながらも、ケンベルはテリー退役後、次の紋章官を置いていない。

 帝国唯一のライフル部隊をかかえる、オットー・ケンベル軍。

 テリーは、そのナンバーツーとして、ケンベルの全技術を受け継いだ男だ。

「始末を、まかせるわけにもいくまい」

 うめくようにつぶやいたケンベルの細い肩を、ラッツィンガーの厚い手のひらが静かになで下ろした。



 そのころ。

「うそぉん!」

 当のテリー・ロックウッドは、絶叫していた。

 潜行深度を浅く取ったマンムートが、いったん、状況確認のために開いた無線回線。原因は、そこに、いの一番に飛びこんできた通信であった。

『N・S一味を、国賊として手配する』

 そのメンバーの中に、テリーの名前も含まれていたのである。

「いやいやいや! 俺、違うって! ねぇ、違うよねぇ!」

「さあ、なあ……」

「違うって言って!」

 あまりの取り乱しように、ブリッジに集まった全員が、こみ上げてくる笑いを押さえきれない。

「ひどい! ああ、ひどい!」

 テリーは頭をかきむしった。

「飼い犬に手を噛まれた! 違う! 後足で泥を……いや!」

「恩をあだで返された? ……いや、それもちょいと違うな」

 別に、こちらが手配したわけではないのだ。

「わかったから、とにかく落ち着けよ」

 アレサンドロに肩を叩かれ、テリーはがっくり、サブシートに腰を落とした。

「これが落ち着いてられますかって。……ああ、ホント、どうしよう……あんなとこで撃つんじゃなかった……」

「それについては感謝してるぜ、なあ、ユウ」

「……ああ」

「旦那ぁ……」

 テリーは、泣き真似をした。

「ああ……でも旦那には悪いけど、おたくらに賭けて、ここの位置情報売るしかないかなぁ……。俺まだ、あっちとはやりたくないよ」

 すると、ララが、

「そんなことしたら、あたしの彼氏さんが、あんたの頭、叩き落としちゃうけど」

「うは! だよねぇ……」

「それとも、サンセットでねじ切る?」

「いやいやいや!」

「でしょ? あきらめて仲間になっちゃいなよ。ねー、アレサンドロ」

「まあ、な」

 嬉々として言うララに、隣のサブシートへ腰かけたアレサンドロは苦笑した。

「うぅ……だったらせめて、その……大将」

 と、テリーは上目づかいにハサンを見る。

「この前のカードの負けと、あのときの五十万、返してくんない?」

「ほぅ?」

「で、セレンさん。あの話、千五百万で、手を打ってくんないかなぁ」

 テリーとセレンが古くからの付き合いだということは、すでに皆、承知している。シューティング・スターを設計したのも、実はセレンなのだ。

 この千五百万という大金のからむ話も、おそらく以前からのものだろう。

 だが、通信席のセレンは、

「駄目」

 物憂げに斬り捨て、手もとのコーヒーカップに口をつけた。

「ああ……だよねぇ」

 と、テリーはうなだれ、

「ちょっと、考えさせてよ」

 フラフラと、ブリッジを出ていってしまった。

「……ね、セレン。あの話って?」

「さあ、こっちの話だよ」

「あ、意地悪。ねぇ、教えてよぉ」

 セレンとララがじゃれあう声を耳の端で聞きながら、ユウは、いい気味だ、と考えていた。

 これで少しは、追われる者の気持ちもわかろうというものである。

 だいたい、自分たちを金貨としか考えていない賞金稼ぎに対して、他の皆はなぜ、あれほど同情的に接することができるのか。あの男はハサンに向けた銃口を、いつ、誰に向けるかもわからないだろうに。

 ユウは、はっきりと言える。テリーが嫌いだった。

 その後、ジョーブレイカーから入ってきた通信で、デューイ・ホーキンス将軍の飛行戦艦オルカーンが、予定どおりのコースと日程で飛行中である、と確認が取れたユウたちは、トラマルでの行動を打ち合わせし、解散した。



 ……その夜のことである。

 眠っていたユウは、かすかな物音に、ふと、目を覚ました。

 スライド式のドアが閉まる音である。それも、おびえるように、ゆっくりと。

 続いて、忍び足の足音が、部屋の前を通過していく。

 この居住ブロックには、ハサンを除く全員が部屋を構えているが、

「テリー・ロックウッド……」

 すぐにわかった。

「あいつ……」

 これがどういうことか。火を見るよりも明らかだ。

 押さえきれない激情にかられたユウは躊躇なく太刀をつかみ、音が遠ざかるのを待って、あとを追った。

 ここまで、二十四時間休むことなく交代で走らせてきたマンムートも、今日は今後のことを考え、停止した状態で夜を迎えている。

 その静寂の中を、静かに、静かに、前方の気配は息を詰め進んでいく。

 途中、同じく、テリーの不穏な行動に気づいたモチが、

「どうしました」

 中央ホールの止まり木から、ユウに声をかけてきた。

「しっ……あいつが動いた。俺たちを売る気だ」

「ホゥ……では、アレサンドロに連絡を」

「いや、俺が止める。いざというときは……警報を鳴らすから、そのときに」

「……了解です」

 ……自分のついた嘘に、モチは気づいただろうか。いや、気づいたに違いない。

 そう。

 いざというとき、ユウは、テリーを斬るつもりでいる。

 一歩一歩を追うごとにその憎しみは強くなり、もはや、抜き差しならないところまできていた。

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