追う者、追われる者
「……どう思われる」
「フ、フ、さても面白いことがあるものよ。騎士の鑑とたたえられるおぬしが、皇帝陛下にたてついた」
「ケンベル殿」
「わかっている」
日あたりのいい帝城内の庭園で、低くかわされる会話。
ひとりは、五十の声を聞きながらも、なお隆々とした体躯を誇る、筆頭将軍ジークベルト・ラッツィンガー。
そして、その筆頭将軍に車椅子を押させる、オットー・ケンベル同帝国将軍である。
開かれた周囲には、部下はおろか、紋章官の姿さえ見えない。
木枯らしの吹く、色あせた芝生の道を、ケンベルの車椅子はゆっくりと進んでいた。
「確かに……」
ケンベルは、うつむき気味の細いあごを、わずかに動かした。
「いささか腑に落ちぬことはある。N・Sはさておき、聖石の移動、シュワブ国境線への偵察部隊派遣。戦艦を含む全戦力の増強。増税」
「まるで、戦を望んでおられるようだ」
「先帝陛下が、まさにそれであった。血は争えぬということか」
ぐ、と、黙ったジークベルト・ラッツィンガーの喉から、押し殺した、太い息がもれた。
ケンベルは続ける。
「問題は、その血が突如現れたこと」
「うむ」
「つい数ヶ月前までは、争いを好まれぬおかたであったが……」
「N・Sの出現と、時期が符合する」
「それよ」
「ケンベル殿。やはり……」
ラッツィンガーが言いかけるのへ、ケンベルは骨ばった指を一本、立ててみせた。
「言うまい。すべては、先帝陛下の思し召しよ」
「……いかにも」
ラッツィンガーとケンベルは庭を一周し、城へ戻った。
「執務室までお送りしよう」
「すまぬな」
「なんの」
と、ふたりはそのまま、回廊を進む。
「ラッツィンガーよ、これよりは?」
「陛下のおそばに」
「それがよい」
「ケンベル殿はいかがなさる」
問われたケンベルのしわに隠れた目が、ぎらり光った。
「出ねばなるまい」
「……テリー・ロックウッド。有望な若者でしたがな」
「愚かな男よ」
そう言いながらも、ケンベルはテリー退役後、次の紋章官を置いていない。
帝国唯一のライフル部隊をかかえる、オットー・ケンベル軍。
テリーは、そのナンバーツーとして、ケンベルの全技術を受け継いだ男だ。
「始末を、まかせるわけにもいくまい」
うめくようにつぶやいたケンベルの細い肩を、ラッツィンガーの厚い手のひらが静かになで下ろした。
そのころ。
「うそぉん!」
当のテリー・ロックウッドは、絶叫していた。
潜行深度を浅く取ったマンムートが、いったん、状況確認のために開いた無線回線。原因は、そこに、いの一番に飛びこんできた通信であった。
『N・S一味を、国賊として手配する』
そのメンバーの中に、テリーの名前も含まれていたのである。
「いやいやいや! 俺、違うって! ねぇ、違うよねぇ!」
「さあ、なあ……」
「違うって言って!」
あまりの取り乱しように、ブリッジに集まった全員が、こみ上げてくる笑いを押さえきれない。
「ひどい! ああ、ひどい!」
テリーは頭をかきむしった。
「飼い犬に手を噛まれた! 違う! 後足で泥を……いや!」
「恩をあだで返された? ……いや、それもちょいと違うな」
別に、こちらが手配したわけではないのだ。
「わかったから、とにかく落ち着けよ」
アレサンドロに肩を叩かれ、テリーはがっくり、サブシートに腰を落とした。
「これが落ち着いてられますかって。……ああ、ホント、どうしよう……あんなとこで撃つんじゃなかった……」
「それについては感謝してるぜ、なあ、ユウ」
「……ああ」
「旦那ぁ……」
テリーは、泣き真似をした。
「ああ……でも旦那には悪いけど、おたくらに賭けて、ここの位置情報売るしかないかなぁ……。俺まだ、あっちとはやりたくないよ」
すると、ララが、
「そんなことしたら、あたしの彼氏さんが、あんたの頭、叩き落としちゃうけど」
「うは! だよねぇ……」
「それとも、サンセットでねじ切る?」
「いやいやいや!」
「でしょ? あきらめて仲間になっちゃいなよ。ねー、アレサンドロ」
「まあ、な」
嬉々として言うララに、隣のサブシートへ腰かけたアレサンドロは苦笑した。
「うぅ……だったらせめて、その……大将」
と、テリーは上目づかいにハサンを見る。
「この前のカードの負けと、あのときの五十万、返してくんない?」
「ほぅ?」
「で、セレンさん。あの話、千五百万で、手を打ってくんないかなぁ」
テリーとセレンが古くからの付き合いだということは、すでに皆、承知している。シューティング・スターを設計したのも、実はセレンなのだ。
この千五百万という大金のからむ話も、おそらく以前からのものだろう。
だが、通信席のセレンは、
「駄目」
物憂げに斬り捨て、手もとのコーヒーカップに口をつけた。
「ああ……だよねぇ」
と、テリーはうなだれ、
「ちょっと、考えさせてよ」
フラフラと、ブリッジを出ていってしまった。
「……ね、セレン。あの話って?」
「さあ、こっちの話だよ」
「あ、意地悪。ねぇ、教えてよぉ」
セレンとララがじゃれあう声を耳の端で聞きながら、ユウは、いい気味だ、と考えていた。
これで少しは、追われる者の気持ちもわかろうというものである。
だいたい、自分たちを金貨としか考えていない賞金稼ぎに対して、他の皆はなぜ、あれほど同情的に接することができるのか。あの男はハサンに向けた銃口を、いつ、誰に向けるかもわからないだろうに。
ユウは、はっきりと言える。テリーが嫌いだった。
その後、ジョーブレイカーから入ってきた通信で、デューイ・ホーキンス将軍の飛行戦艦オルカーンが、予定どおりのコースと日程で飛行中である、と確認が取れたユウたちは、トラマルでの行動を打ち合わせし、解散した。
……その夜のことである。
眠っていたユウは、かすかな物音に、ふと、目を覚ました。
スライド式のドアが閉まる音である。それも、おびえるように、ゆっくりと。
続いて、忍び足の足音が、部屋の前を通過していく。
この居住ブロックには、ハサンを除く全員が部屋を構えているが、
「テリー・ロックウッド……」
すぐにわかった。
「あいつ……」
これがどういうことか。火を見るよりも明らかだ。
押さえきれない激情にかられたユウは躊躇なく太刀をつかみ、音が遠ざかるのを待って、あとを追った。
ここまで、二十四時間休むことなく交代で走らせてきたマンムートも、今日は今後のことを考え、停止した状態で夜を迎えている。
その静寂の中を、静かに、静かに、前方の気配は息を詰め進んでいく。
途中、同じく、テリーの不穏な行動に気づいたモチが、
「どうしました」
中央ホールの止まり木から、ユウに声をかけてきた。
「しっ……あいつが動いた。俺たちを売る気だ」
「ホゥ……では、アレサンドロに連絡を」
「いや、俺が止める。いざというときは……警報を鳴らすから、そのときに」
「……了解です」
……自分のついた嘘に、モチは気づいただろうか。いや、気づいたに違いない。
そう。
いざというとき、ユウは、テリーを斬るつもりでいる。
一歩一歩を追うごとにその憎しみは強くなり、もはや、抜き差しならないところまできていた。




