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ランドスケープ・アゲート  作者: 紅亜真探
【二】 逃亡 -ユウの過去編-
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トラマルへ

 ミミズじいさんの専門は、設計ではなく、鍛冶・板金である。

 その技術力はさすがに高く、正確な測定器など使わなくとも、設計図どおりの部品を失敗なく造り上げる。

 そこに同じくプロフェッショナルのセレンとメイが加われば、怖いものなどなにもない。

「対価は肉体で」

 と、あのあとハサンにオケラにされたテリーも駆り出され、格納庫はみるみる、以前の姿を取り戻していった。

 その様子をいま、ユウは岩に腰かけ、邪魔にならないよう遠くからながめている。

 時間の経過とともに右足の鈍痛はしびれに変わり、いまはもう、だるさだけとなった。左足の具合もいい。

 欲を言えば、この瞬間にも傷がふさがればいいと思うが、こればかりは仕方がない。

 役に立たない無力さや、カラスを損傷した申し訳なさ。そうした思いももちろん十二分にあるが、それを無駄なあせりとしないだけの心の強さが、近ごろのユウの中には生まれていた。

「あんたァ……」

「え? あ、ああ……」

 いつの間に近づいていたものか。

 ミミズのじいさんが、すぐ隣に座っていた。

「なんだ?」

 腰をずらして、じいさんのためにもう少しスペースを開けてやると、

「……ほい」

 太刀を手渡された。

 忘れていた。手入れを頼んでいたのだ。

「すまない。ありがとう」

「うん」

 ユウは鞘をずらして、その刀身をのぞきこんだ。

 刃には、そうだ、心が映る。

 磨き上げられた刃に映ったのは、冴えないながらも、まっすぐに自分を見つめる目だった。

「えェ、太刀じゃァ」

「……そうだな」

「えェ鉄に、えェ鍛冶……はァて、どっかで……」

「きっと、エド・ジャハンだ。東の」

「ああ……ほう、じゃった……かのう」

 ミミズのじいさんは、どうも名前についての記憶力には自信がないようだ。

「……あの娘さんもォ……東の出だと、言うとった。あんたも、そうかね」

「娘さん……?」

「ほれェ、あのォ……」

 と、じいさんの白くふやけた指がさしたのは、横たわるカラスのN・S。

「カラス? 魔人のカラスか?」

「うん。……あれの太刀もォ、打った」

「そうなのか」

 そこまで言ってユウは、そうだ、と手を打った。

 もしディアナ大祭主のビジョンどおりカラスが生きていたとすれば、誰かに会っている可能性もある。

 それだけは、確認しておかなければならないと思ったのである。

「彼女とは、よく?」

「はァて。……最近は、会わん」

「十五年前は? 最後は、いつ会ったんだ?」

 ミミズのじいさんは、たっぷりと時間をかけて頭をかき、

「……忘れた」

 ユウは、がっかりした。

「ああ、戦ァ終わったら、北に、行きたい、言うとった」

「北……トラマル」

 トラマルに立ち寄ったかもしれない。

「トラマルの……いや、ここから北に、何日か行ったところにあった砦」

「……はァ」

「そこにいた魔人はみんな……その、いま、どうしているか知らないか」

 さすがに、みんな死んだのか、と聞くのは、はばかられた。

「……はァて。それも、会わん」

「そう、か……ありがとう」

 話はそこで、ぷっつり途切れた。

 と……。

「あ」

 ミミズのじいさんがなでるようにひざを打ち、

「おった……。ちょいと前に、来た」

「いつ!」

「はァて……人間の時代もォ、面白い、言うとったからァ……」

 戦後だ。

「その人はどこへ?」

「……確かァ……戻るとォ……」

「トラマル……北に?」

「うんん」

「名前、いや、格好は? どんな人だ?」

「……男のようなァ、女のようなァ……青い髪のォ……」

 かなり目立つ人物らしい。

 そこまでわかれば、もう十分だ。

「ありがとう」

 頭をかかえながら必死に記憶を絞り出してくれたじいさんの手を、ユウは強く握りしめた。



 出発のときが来た。

 アレサンドロは、ここは危険だからと、ミミズのじいさんにも一緒に来るようすすめたが、

「……干からびる」

 じいさんは、それを嫌がった。

 干からびるかどうかはともかく、掘ること打つことの好きなじいさんだ。鉱山ですごすのが最も幸せなのだろう。

 アレサンドロもそれ以上は誘おうとせず、

「そうか」

 身を案じながらも、それを受け入れた。

「ロストンに、ジャッカルがいる。ヤマカガシも一緒だ」

「あァ……ヤマかァ、なつかしい、のう」

「気が向いたら、ふたりに顔を見せてやってくれ。きっと、ジャッカルも喜ぶ」

「ほうか……ありがとうなァ」

 片手を上げたその小さな姿は、マンムートが十秒も走ると、すぐに見えなくなってしまった。

『突入します!』

 と、メイの放送を合図に例の地中潜行が開始されたのは、それから数分後のことであった。

 なるほど、双角で岩盤を突き崩しているだけあって少しばかり前後に揺れるが、慣れてしまえば馬車に乗るのとたいして変わらない。

 ユウには機械的なことはよくわからないが、科学とはすごいものだと感心をした。

 そうして、窓から見えていた光石の結晶が、面白みのない黒土の壁へと変わっていく様を、ユウはなんとはなしにながめていた。

「つまんないね」

 振り返るよりも早く腕をからめられ、飴とは違う甘い匂いがユウの鼻へ入ってきた。

 上目づかいに笑うララは、これから格納庫へ行くつもりらしい。手にはサンセットのスペックシートや、なにかの計算表のようなものを持っている。

「医務室?」

「……いや。部屋に戻る」

「あ、じゃあ……!」

「結構だ」

「まだなにも言ってないし!」

「言わなくてもわかる」

「もぉ、いっつもそうやって、冷たいの!」

 ララは唇をとがらせたが、笑ってついてきた。

 ユウも、特に突き放そうとは思わなかった。

「……ララ」

「なに?」

「もしも、ララの大切な人が……」

「ユウのこと?」

「俺じゃなくていい。もっと大事な人だ。家族とか」

「家族なんかいない。ねぇ、ユウじゃダメ?」

 ……ここでねばられても、話が進まない。

「勝手にしろ」

「エヘヘ」

 ララは喜んだ。

「ね、それで?」

「それで……」

 ユウは立ち止まった。

「俺が死んだとして、でも生きてるかもしれないとしたら、真実がどうかわかる前に、それを知りたいと思うか?」

「……え?」

「どうだ?」

「よく、わかんない……意味が」

「そうか……」

 自分の知ることをすべて、アレサンドロに告げるか否か。

 ひょっとすると、なにか答えが得られるかと思ったが、

「なら、いいんだ。忘れてくれ」

「アハッ、変なの」

 もうしばらく、カラスのことは黙っていようと、ユウは心に決めた。

 それにしても。

 ララは家で、よほど嫌な目にあってきたのだろうか。

 家族などいないと言い捨てたときの、ひどく冷淡な瞳が気にかかった。

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