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ランドスケープ・アゲート  作者: 紅亜真探
【二】 逃亡 -ユウの過去編-
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ミミズのじいさん

 ハッチを出たアレサンドロとテリーがマンムートの鼻先へまわってみると、煌々と照らす前照灯の明かりの中、確かに老人がひとり、坑道の土壁に背をもたれて座っていた。

 わきにつるはしを立てかけて、生えるにまかせたひげも、節くれ立った手も、全体的に黒くよごれている。まさに、鉱夫のひと休み、といったふうである。

 老人は間近にせまった巨大戦車にも興味がないようで、驚くでも避けるでもなく、ただまぶしげに、くたびれた、つばのない帽子を目もとまでずり下げていた。

「こんちは、おじいちゃん」

 老人の答えは、一拍遅れて返ってきた。

「……はァ」

「おじいちゃんは、ここの鉱夫さん?」

「……はァ?」

「鉱夫さん?」

「いやァ、鉱夫はァ……もう、おらん」

 ……どうも話が食い違っているようだ。

 耳が悪いのか、それにしても間延びした、もどかしくなるほどの語り口である。

 だが、生来気が長く、人のいいテリーは、それを気にすることもなく若干声のトーンを上げた。

「じゃあ、おじいちゃんはなにしてるわけ」

「……」

「……」

「……はァて」

「……ま、いいや。とりあえず……って、ちょっとちょっと、おじいちゃん! どこ行くの!」

 テリーが驚き叫んだのは、よいしょと立ち上がった老人が、これまた、のたりのたりとした足取りで、なんとマンムートの方向へと歩きはじめたからだ。

「おい、じいさん」

 アレサンドロは肩をつかんだが年寄りだけに手荒にはできず、老人もまたそれを気にしない様子で、マンムートの下をくぐっていく。

 L・J用ハッチから中をのぞきこみ、

「……はや」

 老人は、空気の抜けるような声を出した。

 その色素の薄い瞳が見たもの。それは言うまでもなく、N・Sカラスである。

「足かァ……」

 と、つぶやいた老人の目はまたしても帽子の下に隠れ、

「治しはァ……ジャッカルに頼んだほうがァ、ええ。わしァ……駄目だ」

 アレサンドロは、とぼとぼ帰ろうとするその前にすべりこむようにして、進路をふさいだ。

「ジャッカル、ジャッカルと言ったな。あんたも魔人か?」

「……はァて」

「ごまかさなくていい。俺は敵じゃねえんだ。……ほら」

 と、左のそでをまくり、赤い三日月の入れ墨を示す。

 テリーが、あっ、と声を上げたが、構うものではない。

 だが老人はその上をなで、

「……だから、来なすったんじゃァ、ないのかね」

 と、逆に聞いた。

「ここじゃァ、ないが……ちょと前までは、よう来た。あんたと同じ、三日月のォ、お人が……」

「……ああ」

「魔人さん、頼む。掘ってくれェ、打ってくれェ、と。あんたも……ほうじゃァ、ないのかね」

 そこに、テリーが割りこんできた。

「掘るって、なにを?」

「おい、テリー」

「いいからいいから。ね、おじいちゃん、なにを掘るの」

「……そこにも、転がっとる」

「光石? じゃあ、打つってのは?」

 老人は帽子の中に手を差しこみ、頭をひとしきりかいたあと、

「……いろいろォ、打った。巨人の心臓やらァ、なんやら……」

「光炉か! 要するに、おじいちゃんは魔人の技術者だったってわけだ」

「……ほうか、なァ」

 老人は小さく首をかしげた。

「そうだ、おじいちゃん。あの戦車の格納庫、ちょっとなおせるか見てみてよ」

「テリー、いい加減にしろ」

「なんで?」

「うちにはセレンも嬢ちゃんもいるんだ。まかせとけ」

「でも、穴から出た途端に、ドカン、なんてこともある。なんかいい知恵があるなら貸してもらったほうがいいじゃない」

 この男は、時折正論をはくので、あなどれない。

「ね? おじいちゃん」

「……うん」

 うなずいた老人は、歩き出した。

 しかし、なぜかコクピットハッチを通りすぎ、キャタピラからマンムートの鼻先に抜け、立ち止まる。

 おいでおいでと手を振ったのは、ブリッジに向けてだ。

 そして、また歩きはじめる。

「……テリー、おまえはブリッジに戻って、あのじいさんについていくように言え」

「旦那は?」

「じいさんと歩く」

「……あいよ」

 テリーはアレサンドロの肩を二度叩き、マンムートへと戻っていった。



 それからしばらくは、じれったいほどの時間がかかった。

 老人の歩みは、やはり、のろい。

 アレサンドロはともかくそれに合わせるマンムートは、一寸進んでは止まり、一寸進んでは止まりのくり返し。

 さぞやセレンは、いらだちをつのらせたことだろう。

 ……と、思いきや。

 セレンは、同じくブリッジにいたハサンと独自の機械論などをかわしながら、飽きることなく舵を握っていたらしい。

 機械好きとはそういうものだ。

「じいさん、名は?」

「……はァて……知らん」

「知らん?」

「あんたらは、ミミズのじいさんとォ、呼んどった。じゃが、わしァ……知らん。魔人かどうかも、わからん」

 アレサンドロは驚きあきれた。

 一般的に魔人は、肉体的に成熟した生物のみが変異する。

 そのため魔人となった時点で、別次元の存在に変化した、と気づくものだと聞かされていたからだ。

「先生……ジャッカルは、なんて?」

「はァて……ミミズの気持ちがわかりゃァ、ほうじゃろうと」

「わかるのか?」

「……わからん」

「うん?」

「あんなもんに、どんだけェ、考える頭がある。考える頭のないもんのォ……考えることが、なんでェ、わかる」

「そりゃあ……まあな」

「じゃが……考える頭がないとォ、わかる。それが……わかっとる、いうこと、らしい」

「……まるで問答だ」

「……ほうじゃァのう」

 だが、少なくとも魔人であることは間違いなさそうだ。

 さらに話を聞いてみると、ジャッカルの変異の瞬間にも立ち会った、というのである。

 アレサンドロが耳にしている中でも、ジャッカルは最も古くから存在する魔人のひとりで、その歳は、ゆうに二千を越える。 

「……ほうかァ」

 ミミズのじいさんは、自分のことに関して、さして興味もなさそうだった。

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