緑の弾丸
『よし。……おい、片づいたぜ!』
アレサンドロの乗るN・Sオオカミは、最後のサソリをハッチから放り捨てて叫んだ。
機銃とミサイルランチャーを運よく回避できた一〇〇系などが開いたままのハッチへ取りついてくることもあるが、こちらはコウモリのひと突きを受けては転がり落ちていく。
すでにマンムートは脱輪から回復し、廃坑へ動き出していた。
『ユウたちは! まだ戻らねえのか!』
と、アレサンドロがいらだちを強くするのは、カラスとサンセット、双方の反応がレーダーから消えてしまった、と連絡を受けたためだ。
それは、テリーの放った、かく乱弾の影響によるものなのだが、無論、マンムートではそれとわからない。
ただ、一度に大量の機影をロストした消失点が、円形で熱反応もなかったことから、ブリッジのセレンはそんなものではないかとあたりをつけているらしく、
『大丈夫だよ』
平然と言い続けている。
そのセレンが、
『あ』
と、スピーカー越しに声を上げた。
『近づいてるよ。……三体』
『三体……?』
『そら。来たようだぞ』
コウモリの切っ先が示した先を、アレサンドロは見た。
リドラー軍が背後から割れていく。
『セレン! 援護だ!』
『了解』
すぐさま、弾幕が展開した。
『お、旦那かな? ほら、あの白いやつ。んで……N・Sが、もう一体? ね、ね、ララちゃん、あれ誰よ』
L・J『シューティング・スター』をあやつるテリー・ロックウッドは、まるで危機感なしに薄緑色の機体を走らせている。
『ハサン』
ララが、つっけんどんに答えると、
『おっと、ホントに? そいつは美味しいなぁ』
『美味しい?』
『賞金がまた上がるじゃない。俺としちゃあ、ウハウハ』
テリーは歯を見せてカラカラと笑った。
あれだけの目にあっても、まだハサンに勝てる自信があるらしい。
『さて、と、ララちゃん。サクサク行っちゃう?』
『ユウ落としたら、ぶっ殺すからね』
『愛されてるなぁ、彼氏さん』
三体は、サンセットを先頭にひとかたまりとなった。
『オッケー?』
『オッケーよ!』
足を突き出して気絶したモチをシートベルトにはさみ、ララは、フットペダルを踏みこんだ。
『急げ!』
激しい銃撃で泡立つようになっている黒色の大地の向こう側で、アレサンドロのオオカミが、手を振って呼んでいる。
右へ左へ、L・Jを弾き飛ばしながらも、不思議と必死に痛みを噛み殺すユウの荒い息づかいは、ララの耳にはっきりと聞こえた。
『ねぇユウ、大丈夫?』
急に、心配になった。
『……前』
『え?』
『前……ッ見てろ』
『ッ! なにさ、バカ! ……バカぁ』
ララはなぜか泣きたくなった。
泣くもんかと鼻をこすっていると、警告音が鳴った。
『しつっこいなぁ!』
マリア・レオーネのアリオト、そしてササ・メスのムソーが、背後からせまってきたのである。
『よく生きていた、シュトラウス機兵長! さぞやギュンターは、くやしい思いをしているだろうな!』
『だったら、ご褒美で見逃してっての!』
『そうはいかん! 貴公らは、ここで捕らえる!』
サーベルを振り上げたアリオト、ナギナタを構えたムソーが、高々と跳躍した。
『……ララちゃん、ちょっと彼氏さん持ってて』
『え?』
『ほら、行くよ』
シューティング・スターは、サンセットの肩にカラスとその足を乗せかえると、その手で、背のホルダーに収納されたL・J用ライフルを引き抜いた。
普段使っている愛銃と同様の、単発ボルトアクションライフル。効率は悪いが、テリーのこだわりだ。
『恩に着てよ? 彼氏さん』
と、うしろ向きに走行しながら、左アームカバーのマガジンにおさまった弾丸を押しこめ……。
一発。
間髪入れず、もう一発。
天へ向けて、撃った。
『なっ!』
思わぬ逆襲に避けようとして避けきれず、アリオトの右腕はつけ根から吹き飛ばされる。
きりきり舞いして地上へ落ちたところをキャッチしたのは、ムソー。
こちらは、弾丸を斬り払って無事だった。
『うは、怖い怖い。これだから、あの人は嫌だよ』
そのまま三体は、もつれ合うようにマンムートへ転がりこみ、
『ハッチ閉めろ!』
厚い鉄扉が、ズン……と、口を閉ざした。
「セレン様、坑道に入ります」
「うん」
「追いかけて、こないでしょうか」
「天井を落とすよ。入り口を埋める」
「了解です。岩盤チェックします」
「うん。……フフ」
「な、なんですか?」
「面白かったね、戦争。データもたくさん取れたし」
メイは操縦桿を握る手のひらの汗を、こっそりとぬぐった。
こうしてマンムートは離脱に成功し、岩かげに消えるそのうしろ姿を、
「……陛下に会わせる顔がない」
マリア・レオーネは這い出したコクピットハッチの上から、沈痛な面持ちで見送った。
「ササ・メス、私の指揮に落ち度はあったか」
ササ・メスは答えず、上等なショールをマリア・レオーネに羽織らせる。
「いらん」
拒まれても、ササ・メスはマリア・レオーネを包んだ。
「戦車があったにせよ、たかだか四機。大隊相当の戦力で、負けるべくもない相手だった」
「……」
細く長い腕が、なぐさめるように肩をなでる。
「なぜ、こうなった」
「……」
「おまえは……本当に、ごくつぶしだな」
そこへギュンターとサリエリが、幌のない軍用車両で現れた。
「おう、連中は」
「逃げた。七〇〇系も用意するべきだったな」
指し示された坑道が深く土砂で埋まっているのを見て、ギュンターは忌々しげにつばを吐いた。
だが、その姿に思ったほどの怒りがこめられていないことを見て取ったマリア・レオーネは、このふたりが、反逆者たちの行き先を知っているらしいことを察した。
「貴公らも、してやられたようだな」
「うるせぇな。邪魔がなけりゃあ、俺が勝ってた」
「邪魔……そう、邪魔だ。サリエリ、あのL・Jは……」
「は。あの射撃の腕、おそらく、間違いはないかと」
「やはり、そうか……」
マリア・レオーネとサリエリは、顔を見合わせてうなずいた。
「誰だ?」
と、やはりこうしたことにうといのは、ギュンターだ。
「テリー・ロックウッドだ」
と、聞かされても、知らねぇと顔をしかめる。
「ギュンター様が入団される以前に退役した男ですが、もとは鉄機兵団の騎士」
サリエリが言う。
「ケンベル将軍の、元、紋章官です」
『いやぁ、俺としてはほら、おたくらに負けてもらっちゃ困るわけよ。現在、賞金は三百万! 頑張ればまだまだ上に行けるだろうしさ』
「……」
『待てよ? 魔術師の大将が加わったからには、N・Sこみこみで三百五十……いや、四百にはなるかな』
「そうか。そりゃよかったな。もう少し上げてくれ」
『……へぇい』
テリーはつれないアレサンドロの態度に唇をとがらせながらも、カラスの足をそのとおり持ち上げた。
トラマルまでに残された時間は少ない。
アレサンドロは修復作業を急ぐ必要があったのだが、いかんせん、格納庫が損傷したためにクレーンが使用できなくなっていた。
そのため、テリーのシューティング・スターが代役をつとめているのだ。
唯一生き残ったL・Jベッドでは、サンセットの修理がおこなわれている。
……あのとき。
N・Sから床へ倒れ落ち、右足を抱きかかえてうめいたユウは、すぐに医務室へと運ばれた。
損傷したのはN・Sで、本人が直接傷つけられたわけではない。感じる痛みも錯覚、一時的なものだ。
しかし、トラウマは残るかもしれない。
それを思うと、縫合針を持つアレサンドロの手も重かった。
『……心配? 彼氏さんのことが』
「……」
『だったら、ついててあげたら?』
「……あいつは、責任感の塊だ。今度戦いになったとき、まだカラスの足がついてなかったら、余計、俺に申し訳ねえって思うだろ」
『……優しいなぁ、旦那は』
テリーは感にたえないように、しみじみ言った。
「そんなことはねえさ。鉄機兵団の連中なら、何万人死んでも構わねえと思ってる」
これもまた、アレサンドロの本心だ。
だがテリーは、
『またまたぁ』
鉄機兵団崩れの自分に対して牽制しているのだ、と、勘違いをしたらしい。
「……優しいなら、おまえのほうだろ」
『俺?』
「あの、青い将軍機。おまえならコクピットを撃ち抜けた。わざとはずしたな」
『おっと、さすが、ばれてたか』
コクピットの中、テリーは舌を出した。
『でも、あれは別に優しいとかじゃなくて……なんつうかな、まだ、そのときじゃなかったって言うかね』
「うん?」
『ほら、いまはともかく、この戦車が地上に出たら、俺はそこでおさらばするわけじゃない。賞金稼ぎとして上手くやってくためには、鉄機兵団の将軍やっちゃまずいでしょ?』
「……まあ、そういうことにしとくか」
『しといてよ』
ふたりは、ふ、ふ、と、静かに笑った。
と、突然。
「ッ……と!」
『わ、わっ!』
マンムートが急停車し、ぐらついたカラスの足もとでアレサンドロはひやりとした。
「なんだ?」
鉄機兵団ならばサイレンが鳴るはずだが、そういうわけでもない。
サンセットのかげから飛び出したメイも、不安そうにスピーカーを見つめている。
『……ふむ』
艦内放送のマイクをつかんだのは、なぜかハサンであった。
『さて、諸君。問題発生だ。進行方向前方に、年寄りが座っているぞ』