死兆星
『抜きたまえ』
サンセットとミザールの新戦場から離れ、N・Sカラスは、アルコルと対峙した。
普段はそのようなことをするモチではないが、緊張、もしくは叱咤からか、翼を大きく羽ばたかせて背中を打ち叩く。
ユウは深く息をはき、抜き払った太刀を正眼に置いた。
いつものように、すっと腹がすわり、相手を観察するだけの余裕が生まれた。
一〇〇二式改、アルコル。
細身のL・Jである。
ララが当初操縦していた、スズメバチ三〇〇系。あれとよく似た形状をしているが、こちらの羽は背部バーニア付近からひざ近くまで、たれ下がるようについている。
正体を明かせば、この羽、いわゆる放熱板であり、姿勢制御や飛行のためのものではない。
一〇〇〇系は、空を飛べない。
『名は?』
『トビアス・エルマンデルに、デローシス五一二号。それでいいでしょう』
と、モチ。
『……なるほど』
と、アルコルも、腰に下げたサーベルを抜いた。アリオトのそれのような特別な細工は見当たらない、ただの剣である。
アルコルは一度空を斬り、静かにそれを右わきへそばめた。
『では、それでいいだろう』
と、その腰が、それとはわからない程度にかがめられた……次の瞬間。
矢が放たれたように、錆鉄色のL・Jが、カラスにせまった。
刺し貫こうと伸びる切っ先が狙うのは、やはり眉間。
ここもまたララと似ているが、アルコルの剣には慢心がない。
身をひねり、かわしたユウが振り向いたときには、すでに、地をすり上げる第二撃が、左喉の寸前まで近づいている。
ユウは仰向けに倒れこむようにして、これをかわした。
素早く翼を上下させたモチが、二体の間に距離を取った。
『ひと息つく暇はありません。気をゆるめないように』
そうモチが言うように、アルコルはもう三撃目のために間を詰めている。
大きく振りかぶった上段からの一撃を受け止めようと、ユウも太刀を振り上げた。
その、上方に気をとられた、一瞬の死角を縫って、
『!』
アルコルの右足が、カラスの、左足の甲を踏みつけた。
『くっ!』
軸足を固定されたままたたみかけられる、斬撃の嵐。
右手に太刀を持つユウには、圧倒的に不利な状況だ。
……と、サリエリは思ったのだろうが、そうはいかない。
盗みを生業にしてきたユウは、左右両きき。すぐさま太刀を左手に持ちかえ、ふたりは剣を打ち合った。
斬りつけられる、そのひと太刀ひと太刀に隠された殺気が、ユウを圧倒した。
『ッ……なぜだ!』
『……なにがだね』
『おまえは……俺を憎んでる!』
コクピットの中、サリエリの眉間に刻まれたしわが、一層深みを増した。
『なぜだ!』
『君が敵だからだろう』
答えたアルコルの右足から、重心が移る。
ユウは太刀を振り、体勢を整えようと、拘束されていた左足を抜いた。
一歩。
ユウにとっては、逃れるためのその一歩が、勝負の分かれ目となった。
アルコルの手もとから、ひとすじの光芒が走ったかと思うと、
『う……』
なんとも言えぬ感触が、右の腿をすべったのである。
それでも飛びのいたカラスだったが、着地際にバランスを失い、倒れた。
腿は、切断されていた。
『あ……あぁ、あ、ぁッ!』
ユウは、全身を大地にこすりつけるようにして、身をよじり悶えた。
痛いのではない。熱い。
身体全体が痙攣し、指一本、動かすこともかなわない。
これが腕であれば、まだモチが逃走を図ることもできたかもしれない。
だが、モチにも足はある。
その絶叫とあえぎも、ユウの耳には届いていた。
『……捕らえろ』
サーベルを払ったサリエリは、周囲を取り巻くL・J部隊にそう命じた。
コンソールを操作し、ギュンターの戦況を確認すると、こちらはまだ戦闘中であるらしい。
サリエリの目もとに、薄く微笑が浮かぶ。
『……これでいい』
アルコルはサーベルをおさめ、カラスの右足を拾い上げた。
『紋章官様!』
『なんだね』
『その……』
アルコルの前へひざをついた、青年機兵長の乗る一一三式は、申し訳なさげにカラスを指さした。
初遭遇の者が多いだけに、コクピットを持たないN・Sからどうやって操者を降ろせばよいのか、それがわからないと言う。
『投降の意思もないものと……』
『なら、N・Sごと帝都へ送ればいい』
『は? し、しかし……』
青年機兵長は、捕虜が痛みのうちに死ぬことをおそれた。
『無駄な我慢比べだ。反逆者を捕らえよ、生死は問わぬ。その勅命に忠実でありさえすればいい』
『は……は!』
青年機兵長は、カーゴとワイヤーの手配を命じた。
『ララ・シュトラウスに感づかれるな』
『は!』
と、そこへ再び。
『も、紋章官殿!』
『今度は……』
なんだ。
しかし言いかけたサリエリの言葉は、皆まで出なかった。
なぜならば、その瞬間。アルコルの頭部は吹き飛ばされていたのである。
『うっ!』
激しく振動し、モニターのことごとくが黒く染まるコクピット。
感覚のみで機体を水平に立てなおし、
『何事だ!』
サリエリは声を張り上げる。
『うわっ!』
『な、なんだ……!』
と、外では部下たちの悲鳴にまぎれ、小さな爆発が断続的に起こっているようだ。
『なんだ、なにが起こっている!』
サリエリは、頭部以外のセンサーだけでも、と、コンパネを叩いたが、どういうことか、これらもすべて使用不能におちいっている。
『かく乱弾? いったい、誰が!』
その混乱するヴァイゲル軍の只中を、勢いよく駆け抜けていった、みっつの影がある。
ふたつはもちろん、カラスとサンセット。
そして、カラスをかついだ上に、サンセットの手を引いていく残りの一体は、ユウも、ララも、モチも知らないL・Jだった。
『ねえ! ちょっと待ってよ! ユウがまだ残ってるの!』
機器に誤作動を引き起こす『かく乱弾』のためにカメラセンサーのきかなくなったララが、コクピットハッチを開けて訴えた。
『うぷっ! えほっ、えほっ!』
埃がひどい。
『……ララ』
『ユウ!』
ここではじめてララは、ユウも助け出されていたことに気がついた。
『大丈夫? ね、怪我してるの?』
『ああ……モチ、頼む』
謎のL・Jの肩に乗せられたまま、ぐ、と、カラスの手が伸ばされる。
腕をつかむL・Jの指を振りほどき、場所を移動したサンセットのコクピットへ差し出されたその中には、気絶したモチが横たわっていた。
『ユウも、こっち来なよ』
『いや……いい。大丈夫だ』
『……強がり』
ララはモチを抱きかかえて、シートへと戻った。
『で……あんた誰?』
ローラーブレードを軽快にすべらせる、どうも民間機らしいそのL・Jは、ララの問いにちらりと振り向いた。
かと思うと、いつの間にか奪い返しているカラスの右足を大仰な動作で小わきにかかえなおし、
『名乗るほどの者ではない』
『……あっそ』
『いやいやいや、そこは雰囲気出すとこでしょ』
テリー・ロックウッドは誰も見ていないコクピットの中で、わざとらしく、ずっこけた。




