混戦
こうした、L・Jにおける一対一の戦いの場合。ものを知っている者ならば、まず常識として頭部を狙う。
コクピットや光炉と違い、失ったところで戦闘不能とはならないが、それでも、性能は格段に低下する。意欲も失する。
そうなると、大部分の兵は投降するか、しなくとも、ほぼ百パーセント、捕らえられるのが常だからである。
マリア・レオーネも当初から、ララを捕縛するつもりであった。
では、それが友誼心や、仏心から出た行動か、と言われれば、少し違う。
コクピットを狙うことは騎士道精神に反し、光炉を狙うことは、押収機流用の観点から国益に反する、と、上等学校や新兵教習などでは指導されてもいるが、今回の場合、マリア・レオーネは、情けをかける余裕を持って勝利することでおのれの才能を誇示し、生意気なギュンターを黙らせようともくろんでいるのである。
『どうだ!』
と、サンセットの眉間目がけ、剣を突き入れたマリア・レオーネの顔は、まさに勝者のそれであった。
しかし。
その剣先が、ふれるかふれないかの、瞬間。
まるで突風のように。いや、トビが、人の手から食物を奪い去っていくように。
不思議な力によって羽交い締めにされたアリオトは、再び空中へと引き戻されていた。
N・Sカラスが、間に合ったのだ。
『き、貴様!』
ユウの腕の中、アリオトはもがいた。
『おのれ、いまひと息のところで……N・Sめ!』
『ユウ、そのまま手を放さないように』
『わかった』
『ふたり? ふたり乗っているのか! ……うっ!』
天高く舞い上がったカラスとアリオトは、勢いつけて落下する。
地上寸前、ユウはアリオトを突き放し、
『あぁぁぁッ!』
アリオトは防御姿勢を取ることもかなわぬまま、地表に激突した。
『ユーウー!』
『う!』
翼をたたんだカラスを待っていたのは、サンセットの抱擁だった。
『苦しい、放せ……!』
『いーやー』
ひとまわりもふたまわりも体格の違うサンセットに押しつぶされ、カラスの背骨がメシメシと鳴る。
『殺す気か!』
『ユウとなら死んでもいい!』
『巻きぞえはごめんです……』
モチの断末魔か。カラスの翼が、力なく、はためいた。
だが、ユウとしては、どうしてもサンセットを押しのけなければならない。
なぜならば、
『ララ、放せ……! まだ終わってない!』
『え?』
『うしろを見ろ!』
『……あ』
カラスを抱いたまま方向を変えたサンセットのメインモニターに映し出されたのは、いましも立ち上がろうとしているアリオトだった。
その機体表面には、右のショルダーアーマーがひしゃげている以外、大きな損傷は見られない。
コクピットのマリア・レオーネもまた、無傷であった。
『しつこぉい』
ララはカラスを解放し、スピナーを地面から引き抜いた。
『……なるほど、その男が、貴公出奔の原因か』
歯噛みするマリア・レオーネのこめかみには、いつもの青すじが立っている。
『男にたぶらかされるとは、貴公には失望した』
『なに? ひがみ?』
『ひが……ッ! 違う! 貴公には、騎士としての誇りはないのかということだ! そのような、どこの馬の骨とも知れん男に……!』
『そんなこと言ってるから、行き遅れるんですぅ』
『だ、黙れ!』
……なにやら、話が妙な方向へそれてきた。
遠巻きに取りかこむリドラー軍のL・J部隊も、どうしていいやら戸惑っている様子だ。
ユウは、この機に乗じて、どうにか逃げられないものかと思ったが、それより早く、
『やはり貴様はここで斬る! 構えろ!』
『フン! 上ッ等!』
アリオトとサンセット。二戦目の火蓋が、切って落とされてしまった。
『ララ!』
と、叫びはしたが、またしても聞く耳持たず、ふたりは距離を詰める。
サーベルとスピナーを振りかぶり、
『覚悟しろ! ……む!』
『あ!』
同時に飛びすさった。
二機の中央を通過したのは、炎の奔流。
覚えがある。
これは……。
『ミザール!』
『ギュンターか!』
そこにいる全員が視線を転じた。
青の軍旗の向こう、黄の軍旗がせまっている。
その先頭で、いかにも将軍然と軍を率いているのは、金のオリジナルL・J、『火炎のミザール』。
わきには、紋章官サリエリの駆る一〇〇二式改『アルコル』。さらには、マリア・レオーネの紋章官ササ・メスの、六〇五式改『ムソー』も付き従っている。
『ササ・メス……あの役立たずめ……!』
と、眉間にしわを寄せながらも、なぜと問わないところを見ると、ササ・メスは、マリア・レオーネ自身の命令によって、ギュンターのそばにいたものらしい。
マリア・レオーネは無線のコールを受けて回線を開いた。
相手は、サリエリであった。
『作戦をお忘れですか、リドラー将軍』
『……いいや』
『でしたら、おわかりでしょう。どうぞ、ご進軍を』
非はこちらにあるとはいえ、マリア・レオーネはさすがにムッとした。
『フン。シュトラウス機兵長と黒いN・Sは、貴公らが敗れた相手。同じ軍団長のよしみで、私がけりをつけてやるのもよかろうと思ってな』
『そのようなお気づかいは、無用に願います』
マリア・レオーネは、いま一度、フンと鼻を鳴らして、回線を閉じた。
『仕方ない。……全軍転進! 陣形を維持しつつ、敵戦車へ!』
統率の取れたリドラー軍は、津波のように、マンムートへと押し寄せていった。
『……シュトラウス機兵長』
『え?』
『勝負はお預けだ。その首、ギュンターなどにはくれてやるな』
『え! ちょ、ちょっと!』
『行くぞ、ササ・メス! おくれを取るな!』
ひそかにララへとささやきかけたアリオトも、ムソーを引き連れて戦域を移動していった。
『俺たちも戻るぞ』
『う、うん!』
と、カラスとサンセットも動いたが、まさか、それが許されるはずもない。
二機は、入れかわりに陣を張りめぐらせたヴァイゲル軍にはばまれ、再び、陸の孤島に取り残された格好となってしまった。
『くそっ……!』
『……くそはこっちだぜ』
と、ギュンターの声。
L・Jの海がふたつに割れ、ミザールとアルコルが姿を現した。
こちらが逃げられないと見て、いまは悠々としたものだ。
ギュンターはメインモニター越しに、カラスとサンセットを交互にながめ、
『だから言っただろうが!』
と、アルコルのすねを蹴った。
『やられてんじゃねぇか! ええ?』
『は……』
『こんな野郎叩きのめしても、勝ったことにゃあなんねぇんだよ、ボケ!』
『申し訳ありません』
このときサリエリはあくまで神妙に答えたが、内心舌打ちのひとつもしたかったに違いない。
実はサリエリの計画では、ヴァイゲル軍はもう少し早く到着する予定だったのだ。
しかし、いざ出発、と勢いこんで出たギュンターの前に、単機立ちふさがった者がいる。
ササ・メスだ。
『さすがに予想外でした』
と、サリエリが言うように、結局、マリア・レオーネの危機を察知したササ・メスが動くまで、ヴァイゲル軍は足止めされてしまったわけである。
『だから、俺が燃してやるって言ったろうが』
『他軍の紋章官を手にかければ問題になる。私も申し上げました』
『先に手ェ出したのは……』
『申し上げました』
ぐ、と、言葉に詰まり、それ以上の文句が言えなくなったギュンターは、
『……チェッ! 面倒くせェ』
と、頭をかきむしり、負けの見えた言い争いを打ち切った。
『おい、サリエリ』
『は』
『テメェはシュトラウス押さえてろ。俺は鳥野郎とやる』
『はぁ?』
と、これには無論、ララが食いついた。
『冗ッ談。あんたなんか、このくらいのハンデでちょうどいいっての』
『あぁ?』
『怖いんだったら最初から出てこなきゃいいのに』
『ッなわけねぇだろうが! 上等だ! かかってきやがれ!』
ギュンターにすればサリエリへの鬱憤もあったのだろうが、それにしても、ここまで単純な喧嘩文句もないものだ。
『サリエリ!』
声を投げかけられたサリエリは鼻梁へ押しつけるように眼鏡を正し、
『承知しております』
吊り上がったアルコルのデュアルアイで、カラスをにらみつけた。
『どうぞ、ご存分に。こちらはおまかせください』
遠く向こうで、マンムートの機銃音が激しくなったようだ。