氷結のアリオト
戦闘に突入したカラスとサンセットは、苦戦した。
リドラー軍の主戦力は、陸戦用一〇〇系、四〇〇系。空戦用三〇〇系。
どれも型式は最新に近いが、オリジナル機であるサンセットとN・Sカラスから比べれば、そこは、かなりのへだたりがある。
だが、ここが防衛戦の難しいところだ。幅広く展開するL・Jの大群は、どれだけの力量差があろうとさばききれるものではない。
『ともかくも、戦車を立てなおすまでの辛抱です』
『ああ』
縦横無尽に天を駆けまわるカラスの太刀が、せまる三〇六式の腰を分断した。
『ねぇ!』
と、ララが声を上げたのは、そんなときだ。
『これ、将軍狙ったほうがよくない?』
言いつつ、サンセットのスピナーは、容赦なく一一三式の腹をえぐっている。
八面六臂の大活躍とでも言おうか。上空から見るサンセットの後方はL・Jの残骸が列となって積み重なり、まるで土嚢のようだ。
『絶対、そのほうが早いって! あ、こら!』
大型シールドを振りまわし、さらに数体のL・Jを土嚢の一部に加えたその隙を突いて、敵の一隊が悠々すり抜けていったが、それらはマンムートからの機銃掃射を受けて、ことごとくが大破した。
『ナイッス! セレン!』
『うん』
通信口のセレンは落ち着いている。
『そっちはどう? アレサンドロたち、大丈夫?』
『たぶんね。格納庫が散々で、正直へこんでる』
『アハハッ! お気の毒!』
『本当にさ。……ああ、映ったよ』
『映った?』
『アリオトだ』
同時に、サンセットのコントロールパネルでも警告音が鳴った。
カメラの精度を上げると、メインモニターに、きらびやかなコバルトブルーの機体が映りこむ。
ミザールに似ている、と、ララは言ったが、確かにシルエットは近い。だが操縦者の質の違いか、『氷結のアリオト』は、より優雅に見える。
『なぁんだ、あっちから来てくれたんだ』
ララは、ぺろり、上唇をなめた。
『ユーウー! あたし、行ってくる!』
上空のカラスへスピナーを振ってみせ、サンセットが動いた。
『あっ! 待て! ララ!』
『大丈夫ぅ!』
『いまは足止めだけだ! 勝手をするな! ……ララ!』
しかし、ユウの制止も効果なく、サンセットの大型スラスターに火が入る。
ドッと吹き出した陽炎とともに、赤い巨体は青い軍旗をなぎ倒し、敵陣奥深くまで突き進んでいってしまった。
『ララ!』
『……仕方ありません。我々も行きましょう』
『駄目だ。ここを離れるわけにはいかない』
『こうなってしまっては、抑えきれるものではありません』
『だからといって!』
『そう、だからといってです。だからといって、ララをひとり置いていけるものではない』
『……ッ!』
『行きましょう』
『……わかった。頼む』
『了解です』
モチのあやつる翼は、すぐさま風をつかんだ。
『急ぎましょう。どうもこの戦い、このまま終わるとは思えません』
……そんなモチの心配も知らず。
『貴公と剣をまじえるのは、これがはじめてだな。シュトラウス機兵長』
数分後。サンセットは、アリオトとの戦闘に突入した。
アリオトの武器は、片刃の細剣。いわゆるサーベルである。
その柄頭に接続したパイプを通してタンクから凍結液が送られており、斬りつけた相手を瞬時に凍りつかせることができる。そんな代物だ。
まるで氷のように透きとおって輝くそれを振りかぶり、
『次代の将軍候補であった貴公が裏切りとは、馬鹿げた真似をしたものだ!』
サンセットのシールドと噛み合った切っ先から、火花のかわりに、氷の粒が舞った。
『ギュンターの冷遇が原因ならば、私のもとへ来ればよかった。私は、貴公を買っていた』
『冗ッ談!』
『冗談ではない。私は覚えているぞ。貴公が百機斬りをはたした、あの瞬間の高ぶりを! そうだ、あの百機目が、ギュンターであったのだったな!』
……そう。
ギュンターが、ララを目の敵にする理由が、ここにある。
その百機斬り後、配属の決まっていなかったララを自軍へと引き入れたのも、いつか決着をつけたい、どこか優位に立ちたいという想いが強くあったからに違いない。
そんなギュンターにとってララの逃亡は、一見、望むところのようにも見えるが、同時に勝ち逃げという、いたく自尊心を傷つける行為でもあった。
それが、現在の執着へとつながっているのである。
『勝つんじゃなかったぁ!』
『ハ、ハ!』
ふたりは、幾度か剣撃をかわして飛びのいた。
サンセットのシールドとスピナーの柄にはいまや厚い氷が張り、氷柱となってたれ下がるまでになっていた。
『だがもう遅い。皇帝陛下の剣たる、我ら聖鉄機兵団に背いたこと、このアリオトをもって後悔させてやろう!』
『上ッ等ぉぉ!』
ララの叫びはそのままスラスターの咆哮となり、サンセットとアリオトが、真正面から衝突した。
吹き飛ばされたのは体格で劣るアリオト。……かと思われたが、
『甘い!』
サーベルのつばをサンセットに弾かせ、その勢いで頭上を飛び越える。
ララもさる者。間髪入れずフットペダルを踏みつけて、振り返りざまにスピナーを突き出す。
強烈な金属音。
ひさしから左メインカメラを大きく損傷したのは、サンセットのほうだった。
『……さっすが』
ララはコンパネを操作し、モニターをサブカメラの映像に切りかえた。
『将軍だったら、あたし、九十九で終わってたかも』
『……そうではあるまい』
『は?』
『はっきり言おう。その機体、貴公には合っていない。スタイルが違いすぎるのだ』
ララの頬が一瞬、ピクリと引きつった。
『貴公は大胆さと瞬発力にものを言わせ、一瞬のうちに敵を仕留める戦いを得意としていたはず。それがどうだ。その機体、力はあるが加速は遅い。重量ゆえに小まわりもきかん。長所を活かしきれていないのだ。大方、セレン・ノーノが試みに造った機体だろうが、それが、あだとなったな』
『……だから?』
『貴公に勝ち目はない。どれほど、あがこうと』
『プ、ハハ、アハハハッ! なにそれ、バッカじゃない?』
今度は、マリア・レオーネが沈黙した。
『だったら、やってみればいいじゃない。その前に、あたしが、ぶちのめしてやるから!』
『……愚かな』
直後。
直立するアリオトの足首、アンクルユニットから、突如、霧が立ちのぼった。
大量の凍結液が放出されたのだ。
地を這う霧は、みるみるその範囲を拡大し、サンセットの足もとまで覆い隠す。
危険を感じたララは、すぐさまスラスターを起動。わずかに浮き上がり、着地した。
そこはすでに、氷原と化していた。
『フン! これで、移動できなくなった、なんて思ってるわけ?』
この程度ならば、ホバージェットを使用するのに、なんの支障もない。
だが、マリア・レオーネは氷の笑みを浮かべ、
『やはり甘いな!』
フットペダルを踏みこんだ。
『!』
氷上とは思えない速度で、アリオトがせまる。
突き入れたスピナーは難なくかわされ、サーベルがきらめいた、と感じた瞬間には、サンセットの右ウイングバインダーが数枚、音を立てて、地面へ突き立っている。
『この!』
ララはシールドでの打撃を試みたが、それも空振りだ。
アリオトは、すでにサンセットの背後から、左、逆サイドへと旋回していた。
『どうした! 私を叩きのめすのではなかったか!』
『うるっさい!』
ララはいらだった。
このスピードの秘密、実は、アリオトの足底に隠されている。
そこには、先ほどまで収納されていたブレードが、言うなればアイススケートの要領でせり出していたのである。
これにより、氷上での機動力は格段に向上するのだ。
『なにさ、ちょこまかして!』
『フフ、そうだ、このアリオトの前では誰もが罵る。それしかできないゆえな!』
高らかに笑うアリオトのサーベルが、いま一度背後から腹部光炉を狙いにかかった。
『なめるのも、いい加減にしなよ!』
サンセットはシールドを捨てた。
いや、ただ捨てたのではない。アリオトへ向け、大きく振りかぶって投げつけた。
『フン、こんなもの』
マリア・レオーネにすれば、悪あがきにもならない幼稚な攻撃であったが、それでも攻撃の手は止まる。
ララはすかさず、回転するスピナーを両手で握りこみ、氷の地面に突き立てた。
『む!』
音を立てて亀裂が走り、溝に足底のブレードをはさまれたアリオトが、バランスを崩して手のひらをつく。
そこを、ホバージェットを盛大に吹かしたサンセットが、殴りかかった。
……が。
サンセットの拳が砕いたのは、
『氷……ッ!』
アリオトは凍結液噴射の勢いで、氷の壁を生成しつつ、上空へ飛び上がっていたのである。
『さすがだ、シュトラウス機兵長! だが、これで終わりだな!』
逆光の中、青いアリオトが、サーベルを構え降下する。
終わった。
負けん気の強いララでさえ、そう思った。