策動・出撃
「工作部隊は出ているな」
「はっ!」
「作戦開始を伝えよ」
自軍装甲車司令室へ戻ったマリア・レオーネは、大型モニターに表示された周辺マップをながめ、指示を飛ばした。
めまぐるしく変化するその画面上では、お手並み拝見とばかりに、黄色のマーキングが青の背後へとまわっていく。
「サリエリめ。上手くあやつったつもりだろうが、そうはいかん」
マリア・レオーネは、眉間にしわを寄せ、腕を振りかざした。
「全機兵長へ電信! 先陣は我が軍がつとめる! レーダーで捕捉次第、シミュレーションどおり部隊を展開。足止め成功ののち、両翼より包囲せよ」
ふたりの通信士の指が、素早く打電する。
「なお、敵L・J、および、N・Sの抵抗も考えられる。工作部隊は足止め工作後、敵戦車L・J用ハッチ開放を合図に先手を打て! ギュンター軍到着までに、勝負を決める!」
一方、その動きは、
「リ、リドラー軍、動き出しました!」
マンムートのレーダーでも捉えられていた。
「ヴァイゲル軍は……進行速度変わらず! 後方支援のようです!」
と、メイは、ほっとしたように叫んだが、その後届いた無電に関してはリドラー軍独自の暗号で組まれており、傍受はできたものの、ララでも解読できなかった。
これは、ギュンターやサリエリにしても同様で、マリア・レオーネはむしろ、ふたりに作戦内容を知られることを警戒したと言える。
鋭く舌を打ったアレサンドロは身を乗り出し、
「振り切れるか?」
操縦席で舵を握るセレンに聞いた。
「無理」
「……はっきり言ってくれるぜ」
すると、律儀にもメイが右手を挙げ、
「あ、あの……もぐったら、どうでしょう」
と言う。
「もぐる……?」
「はい! このマンムートは、地中潜行が可能なんです!」
メイはこの手の話題でいつも見せる、『セレン様の発明はすごいのだ』という、誇りと尊敬に満ちた目の輝きをもって、アレサンドロを見返した。
しかし、そうした場合は大抵、
「モニターから目を離さない」
と、『セレン様』からおしかりがくるのが、メイの哀れで、かわいらしいところだ。
「山、検索」
「りょ、了解です」
少し、しょぼくれたメイの指が、キーボードの上を走りはじめた。
この地中潜行。マンムートの前方に突き出した、双角を使う。
これ自体はレーダーの集合体なのだが、高速振動させることにより、分厚い岩盤をも砕く破壊力が得られるのである。
ただし、キャタピラの性能上、真下への潜行ができないのが難点で、ある程度の奥行きを持った壁面へぶつけ、地中を水平走行できる深さまで、徐々に深度を下げていく必要がある。
山を検索する、とは、それに適した壁を探す作業を意味するのだ。
「廃坑にヒットしました!」
サブモニターの地図に、赤い光点が表示された。
時間にすると、十分ほどの距離だろう。
「かなり大きな光石採掘所です。マンムートでも、途中までは掘削なしで入れる……と思います」
セレンは、どうする? という視線を、アレサンドロへ投げた。
アレサンドロはあごをさすり、
「やつらとは、やり合わなくても行けそうか?」
「ええと、この距離だと……難しい、ですね。五分後には、こちらの射程域に入ります」
「差し引き五分の逃げ戦、か……」
「それでいこう」
ユウは言った。
「俺が残って時間をかせぐ。光石鉱に着いたら、先に行ってくれ。カラスなら、空からでも逃げられる」
「あ、じゃあ、あたしも!」
と、手を上げたのはララだ。
「ほら、ギュンターが狙ってるの、あたしだし」
ひと声うなったアレサンドロは、深刻な表情で頭をかいた。
「……オッサンの意見が聞きてえな」
ハサンは、フンと鼻を鳴らした。
「ならばひとつ」
「ああ」
「状況は常に動いている。風のごとく、弾丸のごとく」
言いつつ、空に指を走らせる。
「迷わんことだ。仲間の身を案ずるならば、なおさらな」
アレサンドロの眉間に、しわが寄った。
「……なら、あんたにも出てもらうぜ」
「ああ結構。ちょうど、これを試したいと思っていたところだ」
ハサンは、コウモリの指輪をちらつかせた。
「よし。ユウとモチ、ララは残って、適当に連中をかきまわせ。俺とハサンで戦車を守る。セレンと嬢ちゃんは、こいつをすぐに方向転換だ」
セレンとメイをブリッジに残し、五人が格納庫へ飛びこんだのは、それからどれほどもたたないうちだった。
すでにマンムートは転進を開始し、窓から差しこむ低い日差しが、徐々に、照らす場所を変えている。
N・Sカラス、オオカミ、コウモリ、そして、L・Jサンセットの四体がそろった格納庫は、マンムートの最大搭載数を満たし、壮観のひとことであった。
その中で、唯一の不安要素といえば、ハサンとコウモリの適合だが、
『素晴らしい。右手が動く』
ハサンはご満悦の様子で右の手指を動かしている。問題なく乗りこめたようだ。
N・Sは、乗り手の脳を機械の身体に移し変えるようなもので、ハサンのように、後天的に身体の一部を失った者であれば、脳はその動かしかたを知っているわけだから、こうしてもとどおり、機能を取り戻すことができるのである。
本来は陽の光に弱いはずのモチが日盛りでも活動できる、というのも、N・Sによって補完されている一例だ。
『こうなると、ますます欲しくなる』
ハサンは言った。
『N・Sで泥棒なんざ、できやしねえだろ』
『そうかな? 仕事は道具にさせろというが、いかなる道具をいかにして使うか、それを考えるのはここだ』
コウモリの指が、こめかみをつつく。
『現に、N・Sでもって月の聖石を強奪しようという、勇気ある馬鹿者もいる』
『なるほどな』
『ア、アレサンドロ!』
ララはケタケタと笑った。
と……そこへ。
『開けるよ』
ブリッジのセレンから声がかかった。ハッチは庫内、ブリッジ、どちらからでも開閉できるようになっている。
ハッチ横の黄色灯に灯が入り、外壁を持ち上げるモーターがいっせいに動きはじめると、上下に順を追って開いていくハッチの隙間から、照り返した太陽の光と、冷たい風が飛びこんできた。
『きゃっ!』
下から突き上げる衝撃とともにマンムートが大きくかしいだのは、実にそのときである。
『な、なんだ!』
と言う間に、さらに断続的な爆発が起こり、マンムートはえぐられた地面に右キャタピラを脱輪させ、左のそれを空転させる格好となる。
ユウたち四体は、ななめになった床と壁の間へすべり落ち、せまい空間に折り重なってしまった。
『痛ッ……なんなんだ、いったい……』
ここで最も被害をこうむったのは、コウモリとサンセットの下敷きとなった、N・Sカラスだろう。
だが、マリア・レオーネの策は、これで終わりというわけではない。カラスが這い出てみると、カシカシという、金属の壁面を引っかく、奇妙な音がする。
顔を上げて、ユウは息を呑んだ。
開ききったままのハッチの角に鉤手がかかり、ぬっと現れた真紅のデュアルアイと目が合ったのだ。
『セレン! サソリ!』
ララが、ブリッジへ叫んだ。
一五〇一式。
工作・索敵用、超小型L・Jである。
ララの形容するとおり、四対の脚部にクロー、反り上がった尾(作業用サブアーム)と、サソリによく似た形状をしている。
マンムートの進路に爆薬を仕掛け、走行を妨害したのがこれだということは、ユウたちの目にも明らかだった。
その、外壁を這いのぼってきたらしい三メートル級のL・Jは、発光信号をかわし合いながら、続々と格納庫へと侵入してきた。
『セレン!』
『わかってる。でも、それどころじゃない』
『リドラー軍の索敵範囲に入ります! L・J、多数出撃!』
緊張した様子のメイの報告が、スピーカーから走る。
『くそっ!』
アレサンドロは壁を蹴りつけた。
『仕方ねえ! ユウ、ララ! 本隊の足止めを頼む! 深入りはすんな! 手を出してこねえようなら、ヒヨコ頭は放っとけ!』
『わかった!』
『まっかせて!』
『モチ! 引き上げのタイミングはおまえが決めろ! 俺とハサンは、こいつらを片したあと、戦車を立てなおす!』
『了解です』
スラスターを噴かせたサンセットが、一五〇一式の群を蹴散らしつつマンムートを飛び出し、そのあとにN・Sカラスが続く。
二体は、間近へせまる土煙に向かい、疾走した。
『ララ』
『なに?』
『リドラー将軍のL・Jは、どんなのだ』
ホバージェットが舞い上げる粉塵を避け、カラスはサンセットの真上を飛ぶ。
『アリオト? うぅんと、青くてねぇ……』
『そうじゃない。ギュンター・ヴァイゲルのL・Jは火を噴いた。クローゼのは電気だった』
『ああ、うんうん』
ララは、いまにも戦闘に入ろうというのに、まったくペースを乱さなかった。
その落ち着きが、ユウには腹立たしくもあり、うらやましくもある。
……生身でおびえてるほうが、かわいげがあるな。
ふと、そんな馬鹿げた発想が頭をよぎり、ユウは、あわてて首を振った。
『どうしました?』
『いや……』
身体を共有するモチに悟られたかと思ったが、いらぬ心配だったようだ。
『それで?』
『うん、アリオトはね……』
サンセットのコクピットマイクから、紙を揉む、ガサガサした音がもれ聞こえた。
飴の包装紙をはいだらしい。
『アリオトは氷。見た感じ、ミザールに近いかなぁ』
『タンクがついてる?』
『うんうん、背中にね。凍結液って言うの?』
どうやら、そこが突破口となりそうだ。
『ユウ』
『ああ、わかってる』
モチとユウ。同調したふたりの目が、おびただしい数のL・J部隊を、同時に捉えた。