アイアン・メイデン
「ユウって……意外に大胆」
腕の中で声をうるませたララが、目蓋を閉じ、唇を差し出してくる。
「ユウ……ン」
なんとロマンティックな、星空の下でのファーストキス。
すっごい寒いけど、ステキ……。
「馬鹿、そんなんじゃない!」
ユウは、地面に転がった細い笹の葉状の金属片を取り上げ、その手へさわらせた。
「なにこれ、ナイフ……?」
「いま、飛んできた」
「うっそ……!」
「嘘じゃない」
投げ放たれ、倒れたこんだふたりの横を通過し、マンムートの装甲で跳ね返されたその一部始終の音を、ユウは、はっきりと聞いている。
「あいつらが使ってたのと、同じ形だ」
「あ、あいつらって……」
「バイパーだ」
ララの小さな身体が、こわばった。
「逃げなきゃ……!」
「ああ。ララは先に行って、みんなに知らせてくれ。俺は……」
「バカ! 格好つけてる場合じゃないって!」
ララが心配するのももっともだ。ユウは太刀を、部屋へ置いてきてしまった。
「いいから行け。行って、ハッチを閉めろ!」
「……バカ!」
背中を押されたララが、ハッチへと走る。
外壁がロックされると唯一の光源を失った闇が、息詰まるような重苦しさでユウを包みこんだ。
そよりとも風が動かない。
闇の中で、川音だけが絶え間なく耳へ流れこんでくる。
……妙だな。
キャタピラを背にうずくまったユウは、思った。
バイパーたちは当然、ララを逃がすまいと行動を起こす。そう思っていたのだ。
だが、ユウの周囲にはいま、そのような気配は微塵も感じられない。
と……。
ひょう、と風が鳴り、とっさに身をかがめたユウの頭上で、キャタピラに弾かれた刃が火花を散らした。
さらに右から。
続いて左から。
風鳴りを頼りにかわすうち、ユウは、ここでも違和感を覚えた。
相手がひとりであることもそうだが、なにより、あの男たちに比べて明らかに技量が劣っている。
先ほど拾ったナイフだけでも、十分対処できそうだ。
「……よし」
ユウは手のひらでナイフの握りを確かめ、慣れはじめた目と耳を刺客に集中させた。
そこからは、殴り合い同然に行き来する、互いの刃。
もともと、太刀よりもナイフのほうが手になじんでいるせいもあるのだろう。情勢は次第に、ユウへと傾いていく。
その場をほとんど動かずに刃をまじえていたふたりが、一瞬距離を取った、そのとき。
マンムートの前照灯が点灯した。
狙ってやったことなのか。ユウはちょうどマンムートを背にしており、強烈な光は真正面から刺客を照らし出す。
刺客は顔をそむけ、二、三歩あとずさった。
「女……?」
女性らしい丸みのあるボディラインが浮き出た、紺色のラバースーツ。双剣は手に握るのではなく、手の甲に固定されているようだ。
松葉色も美しい、内巻きにしたミディアムヘアや、ぽってりとした唇の磁器人形のような顔立ちは、とても暗殺者のものとも思えなかったが、うろたえる様子もなくユウを見返したその瞳は、あのヒッポのドラゴンを思い起こさせる、無機質で無感情な、まるでガラス玉に見えた。
そうしてしばし、ユウとにらみ合った娘は、静かに後退すると、一散、川の上流へと逃げ出した。
「あ……!」
と、思ったが、ここは追いかけるべきではない。
ユウは、ほ、と、息をつく。
そこへ。
後部ハッチから飛び出し、マンムートを飛び越えたサンセットが、ズン、と、ユウの目の前に着地した。
大地が振動し、眠っていた鳥たちが、いっせいに空へ飛び立った。
『大丈夫? あいつらは?』
鼻息も荒く、ララが言う。
「馬鹿! おまえの足の下だ!」
『えぇ?』
「早く足をどけろ!」
叫んだところへ、アレサンドロとハサンが駆けつけてきた。
「ユウ! 怪我はねえか!」
「ああ」
「バイパーは? 逃げちまったか?」
「いや……」
ユウは、サンセットの足もとを指さす。
「……おいおい、マジかよ」
「それに、前のやつらじゃなかった。ひとりだ。若い、女だった」
『うっそ!』
「おお、もったいない」
またしてもけしからぬことを口走ったハサンを、コクピットのララはにらみつけた。
『とにかく、あ、あたしのせいじゃないからね! こいつが悪いんだから!』
「ああ、わかってる。だから早く足を動かせ」
「賛成だ」
ハサンは誰よりも先に、サンセットの足もとへかがみこんだ。
『うぅ、あんまり見たくないかも……』
モニターから目をそらしつつ、ララはサンセットの足を浮かせ、そっと、その場から動かした。
……娘は、岩場に埋まるように倒れている。
近づきかけたユウを制し、
「フフン」
ハサンが、ステッキをコツコツ鳴らした。
「お嬢さん。その身体で、何人の男をたぶらかした?」
すると、うつぶせになったその腕に、ぐ、と、力がこもり、
「そんな……馬鹿な……!」
なんと、娘が立ち上がったのである。
外見的には、怪我ひとつ、骨折ひとつ見られない。
L・Jの中でも重量級のサンセットだ。折れた双剣をぶら下げた表情のない娘は、運がいいのひとことで片づけられる域を超えている。
「これは、かわいらしいお人形さんだ」
ハサンは、ちろり、舌なめずりした。
「名は?」
「……シュナイデ」
「悪くない。次は邪魔のいないところで、しっぽりといきたいものだな」
シュナイデは小さく首をかしげた。
「行くがいい」
「ハサン!」
「我々も彼女も、決め手に欠ける。ここは仕切りなおしだ。なぁ? シュナイデ」
やはり、なにを言っているのかわからない。そう言いたげな様子のシュナイデだったが、素人同然に背をさらしながら、上流へと走り去っていった。
『ねぇ……あいつ、どうなってるわけ?』
「さあな。人間じゃねえ。それだけだ」
「……魔人、でも、ない」
「ああ。魔人は、基本的に人間と変わりねえ。こんなのに踏まれりゃあ、さすがに死んじまう」
『なぁんだ。だったら、もっと踏みつぶしてやればよかった』
以前、バイパーとの戦いで九死に一生を得たときとは大違いの態度に、ユウとアレサンドロは顔を見合わせて苦笑した。
「まあ、なにを言ってもいまさらだ。戻ろうぜ。すぐ出発する」
「ああ」
と、アレサンドロに続いて、ユウもきびすを返した。
「痛ッ……ぅ!」
『ユウ!』
「ユウ? どうした!」
突然の激痛によろめき倒れたユウを、アレサンドロが抱き上げる。
……そうだった。
「足のこと……忘れてた」
「なに? おいおい、驚かせてくれるなよ」
『あ、ハイハイ! あたしが運んであげる!』
「結構だ。……う、うわっ!」
サンセットにつまみ上げられたユウの叫び声が、夜の森へと響き渡る中、ハサンはひとり、
「アイアン・メイデン……。ンンン、結構結構」
悦に入っていた。