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ランドスケープ・アゲート  作者: 紅亜真探
【二】 逃亡 -ユウの過去編-
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怒涛

 通路は徐々にのぼり坂となり、前方から吹きこんでくる風にも、新鮮な外気が感じられるようになった。

 地上が近い。走る足にも、自然と意気が増す。

 しかし、四つ角の交差点を前にして、

「人が、近づいています……!」

 ディアナの声が、震えた。

「すべての道に……すぐ、近くに……!」

 足を止めたユウとクローゼは周囲を見まわしたが、

「……くそ」

 逃げ道はない。右の壁に、扉がひとつあるばかりだ。

「ご安心ください。活路は我々が……」

 と、剣を抜きかけるクローゼを制して扉の内をうかがうと、それは粗末な武器庫であった。

「立てこもるのは危険だ。一点突破しよう」

 クローゼは訴えたが、ユウはひとりうなずき、ふたりを部屋へ押しこめる。

「失礼します」

 ディアナの上衣を脱がせると、クローゼの顔つきは、一層、怪訝なものとなった。

「ユウ……?」

「俺がやつらを引きつける」

「なッ……!」

「クローゼは、大祭主様のことだけを考えろ」

「馬鹿! ここまで来て、君だけを置いていけるものか!」

「駄目だ」

「駄目は君だ!」

「クローゼ!」

 クローゼの肩が、びくり、跳ねた。

「……俺は心配ない。上手く逃げられたら、仲間を連れて、助けに来てくれ」

「ユウ……」

「大祭主様も、将軍を頼みます。ふたりで地上へ」

 ディアナは、なにか言いたげに口を開いたが、

「……わかりました。メーテルのご加護を」

 と、ユウの額にふれた。

「メイサのご加護を……!」

 と、ドアを閉めたユウは、脱がせた神官衣を、あたかも誰かを抱いているように肩にからませて、交差点まで駆け戻る。

 ヒッポの手下が現れるのを待ち……。

「いたぞ!」

 見つかると同時に、いま来た道を逆走した。


 この場合、一点突破を主張したクローゼの判断は正しい。頭数が多いとはいえ、相手は所詮盗賊だ。先手を取ることができれば、勝算は大いにあっただろう。

 それがわかっていながら、ユウが、あえて別れることを選んだのには理由がある。

 このまま、クローゼの前から姿をくらまし、アレサンドロたちと合流しようと考えているのである。

 鉄機兵団の突入までやりすごすことができれば、そのごたごたにまぎれ逃げられるはずだ、と。

 別れも告げずに去ることは、つらく、義理を欠く行為とわかっていたが、いまはこれが最もよい方法であるように、ユウには思えた。

 だが、そうしている間にも、

「いたぞ! まわりこめ!」

 ユウは追い立てられるように、道をくだっていく。地上はどんどん遠くなる。

 石段を飛び降り、飛びくる槍を頭上にかわし、

「くそっ!」

 突き当たりの扉を押し開けた先へ転がりこむと、そこには。

「L・J……?」

 作業台に固定された、見たこともないL・Jが、ずらり並んでいたのである。


 二足歩行のトカゲのようで、完全人型の多い鉄機兵団のL・Jに比べると、異形といっていい。

 実は、海を越えた南の大国、シュワブのL・Jなのだが、ユウはそれを知らない。

 荒事の多いヒッポ一家だけに、こうしたものも必要になるのか。それにしては物々しい数だった。

 ……と。

「うっ!」

 つい目を奪われていたユウの背に、何者かからの蹴りが入れられた。

「手ぇかけさせやがってぇ……」

 扉から、列をなして現れた手下どもは、二十を越えている。

 しまった、と、ユウの左手も鯉口にかかったが、多勢に無勢。

「あ! こいつ!」

 いまごろ気づいたか、肩にかかった空の神官衣をはぎ取られ、後頭部を殴られた。

 倒れこんだ、その頭を踏みつけたのは、ヒッポの足だった。

「お頭……」

 手下から神官衣を渡されたヒッポは、平静を装いながらも、蝋で固めたひげ先を震わせ、

「立たせろ」

 と、命令する。

 ユウはすぐさま羽交い締めにされ、両足を、左右からふたりの男につかまれた。

 ヒッポの腕が持ち上がり、ユウの頬へ、一発。

 さらに、逆側から一発。

「ハサンめ! ハサンめ、ハサンめ!」

 ユウの唇から血がしたたり落ち、胸もとへシミを作る。

 駆けこんできた手下が、ヒッポへなにか耳打ちすると、さらに、その顔色が赤黒く変わった。

 低くうなったヒッポは、手下の手から細身のナイフを取り上げ、

「ぬぅぅうんッ!」

 ユウの左太腿へ、深く深く、突き立てた。

「あ……ぐ!」

「貴様だけは、許さん……!」

「づッ……ぐ、ぅ、ぅ……ッ!」

 凶暴さをあらわにしたヒッポの手の中で、骨に当たったナイフが、きつくきつく、えぐられる。

 ユウは歯を食いしばり、悲鳴を噛み殺した。

「……ここは捨てる。支度をしろ!」

 ヒッポが告げると、ユウを羽交い締めにする男を残し、手下は各々散っていった。

「こいつはどうします?」

「見せしめだ。目玉と指十本、ハサンに送りつけてやれ。そのあとで……」

 首を締める仕草をしてみせる。

「へ、へへ、承知」

 そのときだった。 

 こぐように駆け戻ってきたひとりの手下が、

「て、鉄機兵団です!」

 叫んだのだ。

「なにぃ? 早すぎる!」

「い、いえ、本当なんで! 入り口を全部固められてたみたいで!」

「町にいた連中はどうした! 鉄機兵団の見張りは!」

「さ、さあ……捕まったんじゃあ……」

 ヒッポの喉奥から、獣のごとき、うなり声がもれた。

「全員呼び戻せ! L・Jで出るぞ!」

 ……してやったりだ。

 ユウは、わき出る笑いをこらえきれなかった。

 驚くほど上手く、事が運んでいる。

「首が絞まるのはおまえのほうだ! ヒッポ!」

「うるさい! 黙れ!」

「黙るのも、おまえだ!」

 叫ぶや否や、ユウは床を蹴り上げ、ヒッポの顔面を蹴った勢いで、背後で羽交い締めする男の頭上を飛び越えた。

 着地の際、左足に激痛が走ったが、構ってはいられない。

 刺さったままのナイフを引き抜き、

「野郎ッ!」

 手下のひとりが襲いかかってくるところへ、体当たり同然に突き入れる。

 絶叫したその男は、腹を押さえ、転げまわった。

「ヒッポ!」

 すでにヒッポは逃げ出している。

「待て!」

 駆けつけてくるだろうクローゼのため、せめてヒッポだけでも縛り上げてやろうと思ったユウだったが、引きずる足では追いつけず、あとひと息のところで、目の前の鉄扉が閉まる。

 ユウが入ってきた扉ではない。

 L・Jベッド横の、おそらく隣の格納庫への扉だ。

「くそっ……!」

 あまり時間をかけていると、今度は、自分が逃げる時間がなくなる。

 仕方がない。ユウはその扉を放置し、来た扉へ向かうことにした。

 しかし。

 ヒッポの遠隔操作か、こちらにも電子ロックがかかっていた。

 舌打ちしたユウは、壁に埋めこまれた配線盤のカバーをはずした。

 ドアの配線を目で追いつつ、ポーチをあさっていると、

「!」

 突如鳴り響いたサイレン。そして、赤色灯。

「なんだ……?」

 鉄機兵団の侵入を仲間に知らせるものかと思ったが、そうではない。

 ゴウンゴウン、と、重機のうねりが格納庫に響き……。

 なんと、開放されたL・J出撃用の二重ハッチから、大量の水が押し寄せてきたではないか。

 ザリ湖の湖水。

 そうユウが認識する一瞬の間に、L・Jと作業台、クレーンが、怒涛となって、ユウへ襲いかかってきた。

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