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ランドスケープ・アゲート  作者: 紅亜真探
【二】 逃亡 -ユウの過去編-
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脱走

 床にシートを敷いただけの硬い寝床の上で、ユウは、いつもどおり目を覚ました。

 聞こえるのは、健やかな、クローゼの寝息だけ。

 体内時計は夜明け前をさしている。

 微動だにせず、天井を見つめ続けるユウの瞳へはっきりとした意思が表れるのに、それほど時間はかからなかった。

「……よし」

 ひとつ大きく息をはいたユウはゆっくりと身を起こし、靴底の細工から長さ十センチ弱の太い針を引き抜いた。

 盗掘業へ転身してからも、こうした盗人の心得は忠実に守っているユウである。

 しかし、相手が誰であっても、監禁する際はこちらが用意した衣服に着替えさせるか、丸裸にした上で牢へ押しこめるものだ。

 少なくとも、ハサンならばそうするだろう。

 そのあたりが素人くさい、などと思っている間に、錠前が開いた。

 ここから求められるのは、慎重な行動だ。

 ユウは自分に言い聞かせ、錆びた鉄格子を押した。

 通路へ忍び出し、クローゼの房へすべりこむまでに立てた物音は、錠前をはずす金属音ひとつ。

 都合よく仰向けに眠っているクローゼの口をふさぎ、はっと目覚めたその顔の前で、口もとに指を立ててみせる。

 クローゼは、うんうんうなずいた。

「待っていた」

 手を取り、熱っぽく訴えるクローゼに、いささか、むずがゆさを覚えつつも、

「いけるか?」

「いつでも」

「あ……まず、聞いてくれ」

 ユウは、立ち上がりかけたクローゼの肩を押さえた。

「注意がふたつ。絶対に大声を上げるな。なにがあっても、勝手なことはするな」

 クローゼは、いちいち、うなずいた。

「ここを出て、まず荷物を取り返す。大祭主様をお助けして、逃げる」

「うむ。異存はない」

「緊張してるか?」

「それは……している」

「捕まっても、どうせここへ戻ってくるだけだ。身代金を受け取るまでは、殺せやしない」

「なるほど……」

「ゲームだと思えばいい」

「それは不謹慎だ」

「……軍事演習」

「あ、うむうむ、それなら……」

 この面倒くささにも、すっかり慣れてしまった。

「よし、行こう」

 ユウとクローゼは鉄扉の外に立っていた見張りの男ふたりを気絶させ、自分たちのかわりに牢へ放りこむと、光石灯の淡い光に照らされた石積みの通路を、息をひそめて進みはじめた。



 誰もが寝入っているのか、人の気配がない。

 しめった壁は、すぐに乾いた石肌をさらすようになり、時折吹き抜ける風が、牢ではさほど感じなかった寒気を運んでくる。

 横目でクローゼをうかがうと、ようやくの展開に心が奮い立っているのだろう。頬を紅潮させ、目にも、歩む足にも力が満ちている。

 うなずき返すその顔に、ユウは、これなら大丈夫だ、と感じたが、こうしたときこそ血気にはやった行動を取りやすいものだ。

 ユウは常にクローゼとの距離に気をつけながら、見まわりの姿を探した。

 近づきつつある足音を、耳が捉えた。

「……ひとり」

「どうする」

「道案内が必要だ」

 小走りに突き当たりまで駆け、ふたりは足音の主を確認した。

 右の通路から来るその男は、中肉中背。

 腰に剣。それ以外に装備はない。

 クローゼを下がらせ、ユウは壁を背に息をひそめた。

 あくびをしながら近づく男。

 その身体が見えるか見えないかの瞬間、ユウの腕が伸び、男の胸ぐらをつかみ上げている。

 壁へ押しつけられた男が声を上げる前に、喉に入った前腕が、そのあごを押さえた。

 錠前はずしに使った太針を左目につきつけ、

「騒ぐな」

 男は両手を上げ、降伏した。

「クローゼ、武器を」

 剣を奪われ、顔の長い男は、さらになさけない顔つきになった。

「俺たちの荷物、まだここにあるな」

 男がうなずく。

「案内しろ」


 さしたる抵抗もせずに、男は、ユウたちを宝物庫へ導いた。

 ドアの前に見張りはいない。

 それはそうだろう。隠れ家で警戒するべきは、出入り口と人質のみだ。

 ユウは、締め落とした案内役の男を物かげへ寝かせ、鍵穴へとかがみこんだ。

 靴の細工から二本目の針を取り出し、差しこむ。

 錠前と違い、たとえ二本でも、直針で扉の鍵を開けるのは難しい。

「はずせるか?」

「……静かに。近くに、ヒッポの部屋がある」

「な、なぜ……?」

 クローゼはあたりを見まわした。

「宝は、自分の目の届くところに置く」

「なるほど……」

 か、ちゃ。

 鍵がはずれた。

 ユウとクローゼは、気絶した案内役の男を抱きかかえて宝物庫へもぐりこみ、鍵をかけなおした。

「ああ、私の剣だ」

 金目のものを物色したのだろう。部屋の中央に置かれた木机の上に、奪われた装備、道具類が散乱している。

 およそ十メートル四方の部屋には、他に金箱が積んであるばかりだ。

 ユウは一番に姉の指輪を探し出し、

「よかった」

 と、左小指へ戻した。

 そしてカラスの指輪。

 カジャディールから授かった、神官章。

 他の道具もポーチへ移し、太刀を腰に下げる。

「君は、エド・ジャハンから来たのだと思っていた」

「え……?」

「その剣だ」

「ああ、カジャディール大祭主様から……お借りしてるんだ」

「その、大祭主様との関係も気になる。祭司や祭主ならともかく、准神官の位を授けられるなど、やはり普通ではありえない。……あ、もしや君の父上と、なにか?」

「……ハハ」

 すっかり調子が戻ったな。

 ユウはおかしかった。

「ご縁があったんだ」

 言われてクローゼは、ふぅむ、と首をかしげた。


 ディアナ大祭主の居場所は、床で伸びている男からすでに聞き取ってある。

「外は、陽がのぼりはじめてるはずだ。ここの連中も、そろそろ起きてくる」

「慎重に急げ、だな」

 うなずきあったふたりは、廊下の様子をうかがい、外へ出た。

 剣と鎧は、どう気をつけても音が鳴る。

 むしろ堂々と歩いたほうが、あやしげに聞こえないものだ。

 ユウとクローゼは忍び足をやめ、音の出るまま、早歩きに移動した。

 交差路を右へ、突き当りを左へ。

 さらに突き当たりで、右に顔を出すと、

「あそこだ」

 ふたりの見張りが、とある部屋の前に立っている。

「ひとり頼む」

「了解だ」

 一気に駆け寄ったユウとクローゼは、ぎょっと身をすくめた見張りたちへ、その勢いのまま、体当たりを食らわせた。

 ユウは背後にまわりこみ、首を絞め落とす。クローゼは剣の柄頭で、相手の頭を殴りつける。

 ベルトへはさみ、すぐに出せるよう用意しておいた鍵開けの道具で、三秒。

 ドアを開け、

「大祭主猊下!」

 クローゼが、まず飛びこんだ。

「あ、おい! クローゼ……くそ!」

 ユウは仕方なく、気絶したふたりの巨漢をひとりで引きずり、部屋へ入った。

 鍵をかけ、やれやれと振り向くと、クローゼがひざまずいている。

 目の合ったディアナ大祭主は、丸く、大きな目を細め、にっこりと微笑んだ。

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