表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ランドスケープ・アゲート  作者: 紅亜真探
【二】 逃亡 -ユウの過去編-
56/268

メイサ神殿の再会

「ユウって、神学校かよってた?」

「まさか。その歳のころは、ハサンについて盗みをやってた」

「あ、そっか。アハハッ、なんかおかしいね」

 とっぷりと日も暮れ、周囲の家々からもれる明かりが、道の両側からふたりを照らし出す。そろそろ酒場の表看板にも灯が入り、にぎやかな声も聞こえはじめる時刻だ。

 どこからかただよってくる夕食支度の匂いに包まれながら、ふたりは市街地を西へ抜け、パリュ・メイサ神殿へと到着した。

「わ、結構立派ぁ」

 ララの言うとおり、正面に見える神殿建築もさることながら、左手には礼拝者を泊める、別棟の宿房まである。

 石造の神殿へ足を踏み入れ、地下へと続く大階段をくだると、自然洞窟そのままの薄暗い空間に、土女神メイサの祭壇が安置されている。これは、全国のメイサ神殿、共通の造りであった。

 物珍しげに視線を走らせているララの腕を引き、ユウは祈りの場所を探したが、夕食前のひとときに祈りを捧げるのは、神徒にとってごく日常のこと。この夜も多くの人々で、祭壇前は埋まっている。

「ここにしよう」

 ふたりは、祭壇から少々離れた乾いた床を選んで、そこへひざをついた。

「祈ったことくらいあるだろ?」

「う、うん……。あ、でも、光石忘れちゃった」

「ここはメイサ神殿だから土でいい」

「あ、そか」

 ふたりは、ひんやりとした、むき出しの地面に直接座り、足もとの土をひとつまみ、額と胸に押し当てた。

 胸の前で指を組み、

「神文知らないんだけど……」

「自分の言葉で祈ればいい。神は差別されない」

「うん。えーと……」

 ララは祈った。

 あのときは、ありがとうございました。

 縁? をありがとうございました。

 ユウと、もっと仲よくなれますように……。

「……」

 薄目を開け、左隣をうがかうと、ユウは、まだ口の中でなにかとなえている。

 かと思うと、頭を下げ、再び土を額と胸に当て、また祈る。それを三回くり返した。

「心よりの祈りに、さぞやメイサもお喜びのことでありましょうな」

「ッ! ……これは……!」

「あいや、そのままそのまま」

 突然、背後から肩を叩かれたユウは、その神官に頭をたれた。

「おひさしぶりです。随身官様」

「いやいや、カウフマン殿もお元気そうでなにより。また会えたこと、メイサに感謝しなくてはなりませんな」

 メイサ神殿最高権力者、カジャディールの随身官ヌッツォは、広い額をつるりとなでて祭壇へひざまずいた。

 デローシス以来の再会である。

「随身官様。では……大祭主様もこちらに……?」

「しっ! ……外へ」

「……はい」

 三人は神前を辞し、再び階段を上がった。


「そちらのご令嬢は……?」

「ララ・シュトラウス。いまはともに旅を」

「ははあ、ではあなたがシュトラウス機兵長……。いや、こちらにもいろいろと、手配書などがまわってくることもありましてな。……それにしても、カウフマン殿」

「はい?」

「すみに置けませんなぁ」

 ぐふふ、と、ユウは、ひじでつつかれた。

「え……! いや、違……!」

「メーテルのご加護がありますように」

「随身官様……!」

 月女神メーテルは愛の神である。

 ユウはあせって否定したが、かえってヌッツォには、

「またまた、憎い憎い」

 と、冷やかされた。

「そ、それで、大祭主様は……」

「む……。されば……これはどうか、ご内聞に」

「はい」

「実は……大祭主猊下におかれては、十日ほど前より、少々ごお身体のお具合をそこなわれておられ……」

「そ……! お、お加減は!」

「あ、どうか、声を。……日々のお疲れと季節の変わり目で、お風邪をこじらされたのだろうということで……いまはもう大事なく」

 熱も下がり、今朝は粥を五膳も平らげたと聞き、ユウはメイサ神に感謝した。

「それで……いかがですかなあ、カウフマン殿。猊下の御心を、おなぐさめしてはいただけませぬか」

「いえ、しかし……!」

 大祭主の身体に差し障りがあっては、申し訳ない。

 辞退するユウの手を取り、ヌッツォは、

「いや、是非にも」

 強く握りしめた。

「猊下には、事あるごとに、カウフマンはどうしているであろうかと仰せになられ、貴殿をいたくご心配なさっておられるご様子。これもお導きと思い……是非にも」

 ユウは、胸が熱くなった。

「カウフマン殿、このとおり。でなければ、私がもう、どのようなおしかりを受けるか……」

「いえ、随身官様。こちらからお願いします。大祭主様に、お目通りを」

「ありがたい!」

 ヌッツォは飛び上がって喜んだ。

「では、いますぐにでも!」

「はい。ああ、ララは宿に戻って、このことをアレサンドロに伝えてくれ。心配いらないからと!」

「あ、ユウ!……もぉ、バカぁ!」



 神殿と同じ、石造りの宿房へ案内されたユウは、一階の、最も奥まった一室へと導かれた。

 磨き上げられた壁と天井は、さながら鏡のようだが、敷かれた黒の絨毯のおかげで寒々しさはない。

「猊下、ヌッツォでございます」

 重厚な木の扉を叩き、まず、ヌッツォが部屋へ入った。

 カジャディール大祭主は、濡らした白布を額に乗せ、神殿の宿房らしく閑散とした部屋のベッドへ、鬱々と身を横たえていた。

「いかがでございます?」

「……寝るのに飽いた」

「あっ! なりません猊下。またお熱を召されます!」

「たわけ。カビが生えるわ。ああ、腰が痛うてならん」

「なりません、なりません!」

「うるさい男よ。おぬしなど、ハゲてしまえ」

「おお、なんということを! ハゲませぬぞ、決して!」

「メイサよ、この男にハゲを……」

「お、おやめください! せっかく、このヌッツォめが、特別よく効く薬を持ってまいりましたというのに!」

「なに……?」

「少々お待ちください。ただし、ご安静に。よろしいですな?」

 したり顔でそう言うと、ヌッツォはユウを招き入れた。

 すると、病み上がりの青白い大祭主の顔に、みるみる血がのぼり、

「……カウフマン……!」

「あっ! 猊下! ご安静にと……!」

「たわけ。これが寝ておられようか……!」

 素足で出かけるのへ、ユウも飛びつくように、それを押しとどめた。

「大祭主様、どうか……!」

「む……む……」

 カジャディール大祭主は、しぶしぶと布団をかぶった。 


「息災のようで、なにより」

 一度ひざまずき、すすめられた椅子へ腰かけたユウは、思ったよりも張りのあるカジャディールの声に、ほっと胸をなでおろした。

「メイサのご加護です。本当に……感謝しています」

「おお、わしもよ。わしも、メイサに感謝を。……この命あることに……この再会に……」

 カジャディールは、額と胸にふれて微笑んだ。

「して、どうかな? 旅ゆきは」

「はい、いまのところは……なんとか」

「ふふ……聞くな、か」

「そんなことは……」

 ない、とは言いきれなかった。

 そう言われて思いつく罪悪が、山のようにある。

 もちろん、仕方のない部分も多いのだが、結局は自分で選んだ道だ。それを言い訳にするのは、あまりにもふてぶてしい。

 ユウは視線を落とした。

「……申し訳、ありません」

 その様子に、

「ふむ……」

 カジャディールは、さてどうしたものかとひげをなでつけ、

「それを」

 なにを思ったか、ユウの腰に下がった太刀を指さした。

 もとはといえば、カジャディールの剣である。

 ユウは剣帯から鞘ごと抜き、半身を起こしたカジャディールへ、それを差し出した。

「刃には、のう、カウフマン」

「は……」

 身体が冷えぬよう、ユウはカジャディールの肩へ神官衣を着せかけた。

「刃には、あつかう者の心が映る」

「……心が?」

「すさめばすさむ。迷えば迷う。そなたの刃は……」

 と、カジャディールの目が、抜き身にそって上下する。

 生つばを飲みこむユウの目の前で、

「優しい」

「え……?」

 カジャディールは、ふ、と、微笑んだ。

「そなた、うしろを見るにはまだ若い」

 ユウの肩を、温かい手のひらが叩く。

「心おもむくまま、いまはゆけ、カウフマン」

 そのとき、ユウは、はたと悟った。

 大祭主様はすべてご存知だ……。

 うつむいた胸の中で、つかえていたしこりが溶けていくようだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ