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ランドスケープ・アゲート  作者: 紅亜真探
【二】 逃亡 -ユウの過去編-
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超人

 ジョーブレイカーと名乗った男は、超人だった。

 すさまじい刃風とともに、なぎ払われた刃を身を沈めてかわし、足もとを狙う剣戟を、刀で受け止める。

 と、同時に、左手は、腿に幾本も差しこまれた小刀を抜き打ち、双剣を突き出しかけた三人目が、それを喉元寸前でかわしたところへ、我から飛びこむように前転、包囲をといた。

 ここまでが、一瞬。

 さらに斬り立てる六振りの切っ先を、するすると後退しつつ受けしたかと思うと、次の瞬間には懐へ入りこみ、ひとりの右太腿を斬り裂いている。

 悲鳴こそ上げなかったものの、うずくまったその巨体を踏み台に、ジョーブレイカーは五メートル近くも飛び上がった。

「む……!」

 残るふたりの頭上を飛び越えざま、腰に下がった長縄を走らせ、

「ガッ……!」

 先端の分銅により、ひとりの鼻を痛打する。

 押さえた指の隙間から、おびただしく血をまき散らしながら、ふたりめのバイパーもひざをついた。

 残るは頭角らしい、ユウたちを襲った男だけとなった。

「……失せろ」

 それでもなお、構えようとするバイパーへ、牧草の上に、ふわりと着地したジョーブレイカーが言う。

 鉢金を当てた覆面からのぞく深緑の瞳は、静かだが、刃よりも鋭い。

 バイパーは、ユウたちと忍者、交互に視線を走らせて舌を打った。

 と、突然。

「……!」

 バイパーの懐から、黒煙が噴き出した。

 ジョーブレイカーは飛びのいたが、それは、ただの煙幕だったようだ。

 風が吹き、すべてが押し流されたそこに、もはや、バイパーたちの姿はなかった。



「助かったぜ」

 剣をおさめ、きびすを返した忍者に、アレサンドロが言った。

 ジョーブレイカーは息も切らせていない。ちらりと視線をくれたのみで、アレサンドロのわきをすり抜け……、足を止めたのは、なぜか、ユウの前だった。

「な、なんだ……」

 うろたえたのはユウである。

 こちらを直視する、一点の曇りもない瞳。

 よくよく見れば、右眉の上から左の頬へ、ななめに、古い刀痕が走っている。

 ジョーブレイカーの手が伸び、とっさに身構えたユウの手から、どこをどうしたものか、太刀が奪われていた。

「あ……!」

 詰め寄ったユウの前に手のひらが突きつけられたのは、黙って見ていろ、ということだろう。

 ジョーブレイカーは、じっと刀身を見つめ、再び、ユウへ視線を戻した。

「……」

「え……?」

 なにか、つぶやいたようだったが、聞き取れない。

 そのまま太刀は、ユウの手もとへと戻された。

「……さらばだ」

「お、おい、ちょっと待てよ!」

 つかみかけたアレサンドロの指が空を切り、ジョーブレイカーは、煙のごとく消え去った。

「……なんだったんだ? あいつは」

 頭をかき、アレサンドロが苦笑した。

「それを詮索できる立場でもあるまい」

「そりゃあ、な」

 ハサンの言うとおり、ジョーブレイカーがいなければ、どうなっていたかわからないのだ。

 何者であろうと、感謝しなければ罰が当たる。

 ただひとつ、アレサンドロの気にかかったことは……、

「おまえ、心あたりはねえのか?」

「……」

「おい、ユウ?」

「あ……す、すまない……なんだ?」

「……いや、なんでもねえ」

 アレサンドロは肩をすくませた。

 だが、聞こえていたところで、ユウにはなにも答えることはできなかっただろう。

 ジョーブレイカーなどという人間も、忍者も、ユウは、まったくの初対面であった。

 ユウは、いまごろになって震えはじめた指を、何度か握っては開き、いまだ座りこむララの前へ、ひざをついた。

「大丈夫か?」

 うなずくララも、モチを固く抱き、震えている。

「ごめんね。立てなく、なっちゃって」

 泣きはらした顔には、まだ涙の跡が残っていた。

「無理ないさ。俺だって、怖かった」

「ホント……?」

「ああ」

「そっかぁ……」

 ララは深く息をはき、モチの頭に顔をうずめた。

「なんでだろ。L・Jに乗ってるときは、なにがあったって、こんなふうにならないのに……」

 ユウはいろいろと言葉を探したが、結局、

「……なんで、だろうな」

 こんな言葉しか、思いつかなかった。



「さて、どうする」

 焼け落ちた馬車をながめ、誰に言うともなしに、アレサンドロが言った。

「まだ遠いのか?」

 ハサンは、さぁて、と、パイプケースを取り出し、口にくわえて葉を詰める。

「男の足で三十分。死にかけの足で一時間」

「なら、一時間半を見て行くか」

「これは手厳しい」

 笑いながら、ハサンは靴底でマッチを擦った。

 だが、実際はアレサンドロの言うとおりになった。

 いや。

 アレサンドロがそのように調整していった、というのが正しい。

 平坦な街道すじを西へ進んだ一行は、小さな無人の神殿を目印に北へ折れ、山すそを、さらに獣道へと分け入った。

 ハサンとアレサンドロを先頭に、ララとモチ、少し間をおいて、ユウ。

 アレサンドロはそこで、しつこいほど頻繁に、適当な場所を見つけては休憩をはさんでいったのである。

 渋々、という態度をとりながらも、ハサンも、おとなしくそれに従った。

 八分ほど紅葉した木々の間を太陽が見え隠れしていたが、この時間になってもまだ、空気は冷え冷えとしている。

 そうして……。

 ハサンの隠れ家に到着したのは、この日も昼近くになってのことだった。

 かつて、北方諸国へ侵攻する際、帝国は奇襲路として、アシビエム山脈の南北を通すトンネルを掘り進めた。

 当然、無謀を極めるその計画は頓挫したのだが、穴は残され、それをハサンが再利用したのだ。

 しかし、ただのトンネルではない。

 何百何千という騎馬を通行させるための道である。

 敵軍への発覚を警戒し、間口は三メートルほどとせまく造られていたが、ひとたび、足を踏み入れると、

「うわぁ」

 落ちこみ気味だったララさえも、歓声を上げる大空間が、そこには広がっていた。

 幅は、実に、百メートル。壁に埋めこまれた光石が照らし出す荒削りの天井は、N・Sさえおさまる高さがある。

 入り口付近から奥行きは確認できなかったが、それも、かなりの距離が想像できた。

 だがそれ以上に驚くべきは、その空間へ積み上げられた、彫像、宝石、金塊、刀剣といった、宝物の量である。

 それはもう、ひとりで集めたとは思えない数の品々が、無造作に放置されていた。

「す、ごぉぉ!」

 ララは目をしばたたかせ、彫像の台座に置かれた、卵大の紅玉を手に取った。

「きれい……」

「持っていっても構わんぞ」

「え! ……う、ううん、いい」

「ほぅ、無欲だな」

「だって……あとが怖いし」

「ンッフフフフ、賢明な判断だ」

 盗品のスペースを抜けると、屋内だというのに川が流れている。

 大理石で道作られた川幅は、二メートル程度。水は澄み、豊かである。

 ハサンが言うには、この湧き水こそがトンネル計画頓挫の元凶であったらしい。

 さらに、この川を越えた先が、生活空間。

 といっても、こちらも随分と手を抜いたもので、壁も目隠しもない中に、ただ雑然と家具が置かれていた。

「ほれ、あんたはこっちだ」

 アレサンドロは、ベッドにかけられた埃よけの白布をはがし、ハサンを、そこへ放りこんだ。

「ここからは絶対安静だぜ」

「酒と煙草は?」

「……ほどほどにな」

「おお、アレサンドロ先生は話がわかる」

 軽く笑ったアレサンドロが脈を取り、再び顔を上げると、ハサンはすでに、深い眠りに落ちていた。

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