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ランドスケープ・アゲート  作者: 紅亜真探
【二】 逃亡 -ユウの過去編-
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最後のレッスン

 さて、どうして、こうなったものか。

 ひとことで言えば、N・S裏取引の情報が、ラッツィンガー軍の耳にも入っていたということだろう。

 伯爵夫人は事実確認のため拘束。参加者は身元を聞き取られた上で帰宅が許されたが、ハサンは他の貴族同様、むっつりとした様子で馬車に乗りこみ、会場をあとにした。

 ユウが知るかぎり、ハサンはじめての失敗だった。

「……ハサン」

 ハサンは答えず、窓から、ずらり並んだラッツィンガー軍の騎乗兵をながめている。

 空には、飛行型L・Jの哨戒灯がきらめいて見えた。

「もう一度やるなら、その……手を、貸してもいい」

「フン、随分と上から言うものだ」

「そんなつもりじゃない。俺だってくやしいんだ」

「私はくやしくなどない」

「嘘だ」

「ユーウー」

 向きなおったハサンは、笑っている。

「くやしがる理由がどこにある?」

 ユウの鼻先で、ハサンの左手が開いた。

「あっ!」

 乗っていたのはまぎれもなく、あの、鈍色の指輪であった。

「いつの間に……!」

「ラッツィンガーを出迎えるため、奥方は我々のすぐ横を通った。忘れたか?」

「でも……俺たちが出るとき、指輪は将軍が……!」

 伯爵夫人から証拠品として取り上げていたのを、ユウは目撃している。

「私が下調べもなしに盗みに入ると思うか? 偽物ぐらい用意してある。あの奥方程度の目なら見破れんだろう」

 取調べにおいて、伯爵夫人が身の潔白を訴えることは間違いない。

 証拠の指輪にしても、当然、N・Sなど出てこないわけで、誤情報であった、はじめからそんなものはなかった、という結論が出されることとなる。

 放免となった伯爵夫人が偽物にすりかわっていると気づいても、結局は訴えられずに泣き寝入り。

 たとえここであきらめきれずに犯人を割り出そうとしても、容疑者は客、使用人、聖鉄機兵団騎士と、それこそ数え上げればきりがない。

 N・Sコウモリは、完全に幻と消える。

「完全犯罪とは、衆目の中でのみ生み出される芸術だ。その興奮も、またしかり」

 ハサンは指輪に、情熱的なキスをした。

 ちなみに。

 ジークベルト・ラッツィンガー将軍に情報を流したのも、実はハサン自身であったと聞き、ユウはさらに驚いた。

 理由のひとつは、犯人候補を増やすため。

 もうひとつは、あの会場から安全に逃げるためである。

 オークション後ならばいざ知らず、はじまる前の客は、聖鉄機兵団にとっては第三者。偽物とはいえ現物はあるため、所持品の検査もない。

 しかも逃げたのではなく、追い出されたとなれば、ハサンとユウの印象は、かぎりなく薄い。

「そこまで計画ずみだったら、俺は必要なかっただろ」

 ユウは、少しすねた。

「本当にそう思うか?」

 と、機嫌を取るように頬をつつく指を払うと、今度はおもむろに襟をつかまれ、ぐいと引かれた。

 ふたりの顔が、間近にせまり、

「おまえは、なにもわかっていない」

 吸いこまれるような眼差しに、ユウのあらがいかけた手が、力を失った。

「おまえは必要だった。盗みのためではなく、私のために……」

 ささやかれる優しい言葉が、ユウの耳をくすぐる。

「私をうらむか?」

 ユウは、問いの意味もわからぬままに、ゆっくりと、首を横に振った。

「いい子だ」

 と、微笑んだハサンの右目がさらに細まり、いつの間にか、ふたりの頬がふれ合っていた。

 耳もとへ吹きかけられた息の熱さに、ユウは、ぞぞ、と、鳥肌を立てた。

「最後のレッスンだ」

「え……」

「盗みは奇術。盗まれる人間に、自分の意思で状況を作り出させることが肝要だ。その点、あの奥方は実によく動いてくれた。ラッツィンガーにおびえ、指輪をわざわざ、盗みやすい懐中に隠してくれた」

「……隠さなければ、盗まれなかった……」

「そうだ。堂々と指にはめていれば、盗まれることもなかった……」

「……ッ!」

 ユウはハサンを突き飛ばし、距離を取った。

 すぐに上着を探ったが、ない。

「探しているのはこれか?」

 笑うハサンの指に、カラスの指輪が光っていた。

「ハサン!」

「偽物を用意していたと聞いた時点で、おまえは気づくべきだった。私が、この指輪の正体を知っているとな」

「ハサン! やめてくれ!」

「そして警戒するべきだった。レッドアンバー、カッサーノ、エルマンデル、白フクロウ。誰もが知っているとな」

「頼む! 返してくれ!」

「誰も信用するな! 教えたはずだぞ、ユウ!」

 ユウは、ハサンにつかみかかった。

「それだけは駄目だ! 駄目なんだ!」

「フン、あの男も持っているだろう。半人前がふたり、N・Sはひとつで、十分だ!」

 蹴り倒された勢いでドアが開き、疾走する馬車から、ユウは半身、外へ出る格好となった。

 すぐ目の前で、車輪が回転している。

 弾かれた小石が頬をかすめた。

「ユウ」

 と、その襟首を取り、ハサンが優しげな声で言う。

「……さらばだ」

 外へ投げ出されたユウの身体は、数十メートルも地面を転がり、止まった。

 痛みを押し、顔を上げると、遠ざかる馬車の後方に、上等な布地でこしらえられた袋が落ちている。

 中には使いやすいよう小金貨のみで、十万入っていた。

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