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ランドスケープ・アゲート  作者: 紅亜真探
【二】 逃亡 -ユウの過去編-
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オークション

 その夜。

 パーティ会場となったフェルグス伯爵邸のポーチには、馬車が列となって並んでいた。

 どれもこれもが、黒塗りの車体に紋章をあしらった豪奢なもので、順番がまわり、いましも降り立った貴族たちの礼服にも、上等な布地とアクセサリが照り輝いている。

 実はこれが、ハサンとユウであった。

 ふたりは、玄関口からあふれ出す、柔らかく調整された光石灯の光と、優美な音楽に導かれるように歩を進め、

「どうぞ、お召し物を」

 と、微笑むボーイが差し伸べた手に、ステッキとマントを預ける。

 そのまま大ホールへと足を踏み入れると……。

 そこは、別世界であった。

 見上げるほどの彫像が幾体も立ち並び、壁には金糸銀糸のタペストリー。

 聖画に彩られた天井には、当然のごとく、輝くシャンデリアがふさも重そうにたれ下がっている。

 ホール中央ではオーケストラの演奏に合わせて、礼装姿の紳士淑女がダンスに興じ、そうでない者も談笑をかわしつつ、酒食を口に運んでいた。

 ユウは以前にも、こうして何度かパーティにまぎれこんだことがあったが、今日の規模は群を抜いている。

「胸を張れ」

 ユウの耳もとで、ハサンがささやいた。

「わかってる」

「そら、その口のききかただ。どこで誰が聞いているかもわからんぞ?」

「……はい、父上」

「いい子だ」

 今日のふたりは、スペンサー侯爵とその子息、ということになっている。

「さぁて、例のオークションまで、まだ時間がある。目きき遊びでもして待つとしようか」

 ボーイからシャンパングラスを受け取り、ハサンはさっさと奥へ進んでいってしまった。

 ……そう。

 このパーティに参加している貴族全員が、これからおこなわれる競売を目当てにしているのだ。

 かけられる品とは、まさに、完品のN・S一体である。

 それは数年前、フェルグス伯爵が偶然手に入れたものらしいが、当人は先々月に亡くなっている。

 そこで伯爵夫人が、このようなものはあるだけ面倒、と、手放すことにした。

 ……と、いうことなのだが。

 実のところは伯爵夫人、音に聞こえた浪費家で、対外的には上手く装っているが内情は火の車。遊び金欲しさともっぱらの噂だ。

「でなければ、なぜオークションを選ぶ必要がある。国より好事家のが金を惜しまんからだろう?」

 馬車の中で、ハサンは語っていた。

「まぁ、他人様の事情などどうでもいい。帝国の目が届かん場所で、N・Sが取引される。その事実さえあればな」

 言うまでもなく、この大盗に正々堂々競り落とす気はない。

 さて……。

 それからは、目についた調度品や貴族の持ちものを値踏みしたり、ハサンの差し金で、ユウが、それぞれ違う娘と三曲もダンスを踊らされたりで、またたく間に時間がすぎていった。

 そうして、一時間もたったころだろうか。

 ようやく主催が会場に姿を現し、待ちに待ったオークションがはじまった。



「皆様、ようこそ、お越しくださいました」

 フェルグス伯爵は七十の高齢だったというが、壇上に立つのは、いかにも金を食いそうな若き未亡人である。

「亡夫の遺品を処分させていただくにあたり、これほど多くの方々にお集まりいただきましたことは、心苦しくもあり、また、喜ばしくもありますわ。皆様のご温情をもって、どうか……」

 伯爵夫人は、房毛のついた扇で口もとを隠し、

「高値を、お願いいたします」

 ドッと、会場がわいた。

「では、とにもかくにも、現品をお見せいたしましょう」

 全員が、別の場所へ移動するものと次の言葉を待った。

 しかし、現れたのは執事の押すカート。

 乗せられているのは白い敷布、そして、鈍色の指輪である。

 ざわめきの中、ユウは左手を、さりげなくうしろにまわした。

 同じものが中指にあることを、特に、隣の男にだけは知られたくなかったのだ。

 ハサンの視線は幸い、カートにそそがれている。

 ユウは指輪をはずして、上着のポケットへすべりこませた。

「お静かに! 承知しております。これはN・Sではない。ええ、ごもっとも」

 気分は歌姫か、大女優か。

 伯爵夫人は大仰に手を振り、芝居がかった声色で言った。

「ですが、これこそ魔人の技術!」

 ボーイたちが、前列の客を下がらせる。

「では、ご覧いただきましょう! これが、N・S!」

 観客の悲鳴とともに、一瞬の閃光が会場を包みこみ、どす黒い、凝固した血色のN・Sが現れた。

 大ホールが、どよめきで揺れ、

「お静かに! お静かに!」

 執事が両手を広げたが、収拾にはしばらくかかりそうだ。

「フフン、私のためにあるような……」

 ハサンのつぶやきが、ユウの耳に入った。

 確かに、腰に細剣を帯して、ツンと耳を立てたそのN・Sは、ハサンの好みを大いに満たすものに違いない。

 首もとには、ファーを思わせる襟飾り。

 L・Jでいうリアスカート・サイドスカートはひざ丈と長く、シルエットは、いまユウがまとっている礼服そのものである。

 背からたれた翼とおぼしき膜はひじと手首で固定され、さながらマントか、女性のショールのようだった。

 N・S、コウモリ。

「気に入った」

 ハサンの右目が、針のように細く、光った。

 獲物を見定めたときの癖だと、ユウは知っていた。

「お披露目はここまで!」

 予想以上の反応に気をよくした伯爵夫人は、思わせぶりに、N・Sを指輪へ戻した。

 ここからがオークションである。

「スタートは百万から」

 と、伯爵夫人が指をかかげ、その場の全員が息を吸う。

 緊張の糸が空間に張りめぐらされ……。

「待て!」

 声を上げたのはホール入り口に立つ、熟年の、恰幅のいい騎士だった。

 黒い胴鎧の上からでも十分にわかる。

 歳に似合わぬ厚い胸筋は、かなり剣を使う証拠だ。

「どなた?」

「聖鉄機兵団、ジークベルト・ラッツィンガー」

「え、えぇっ?」

 今日一番のどよめきが起こった。

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