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ランドスケープ・アゲート  作者: 紅亜真探
【二】 逃亡 -ユウの過去編-
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うらみごと

「これは買いかぶりというものだぞ、お嬢さん」

 ハサンは長い足を優雅に組みなおし、せせら笑った。

「この朴念仁に女など買えるものか。抱くどころか、気のきいた挨拶ひとつできん無粋者だ。大方、神殿で頭でもたれていたのだろう」

「え? で、でも……!」

 ララはアレサンドロを見た。

「まあ、そういうことだな」

「な、なにそれ、ひどい!」

「悪かったよ」

 ばつの悪い表情で、頭をかいたアレサンドロだったが、その実、そんなことよりも、当のユウと大泥棒との関わりに気を引かれていた。

 知り合いらしいふたりの間には、接点もないではない。が、どうにも人間的に不似合いな組み合わせだ。

 説明を求めようと口を開くと、それより早く、ユウが動いた。

 横たわる長机に両手をつき、

「ハサン」

 ため息をはくように、言った。

「髪を切ったな。みすぼらしくなったものだ」

「他に言うことはないのか」

「ほぅ、なにを言えと?」

 この、人を食ったような態度は、ユウの知っているハサンそのものだ。

 だからこそ、なおさら腹が立った。

「俺はあんたが、死んだと思ってた」

「死んだ? フン、馬鹿馬鹿しい」

「……なにがおかしい」

「おかしいのはおまえの頭だ。考えてもみろ。一介の盗人風情が、死罪になるか?」

「それは……」

 そのとおりである。

「そう、盗人にふさわしい罰は、この程度だ」

 言うとハサンは、ソファの背もたれに隠した右腕を、ユウに突きつけた。

 だらりとたれたそのそでの中には、ひじ先五センチから先がない。

「断手刑……!」

 息を呑んだユウを尻目に、ふ、と、自嘲気味に笑ったハサンは、ワイングラスを口へ運んだ。

「でも……それならそれで、どうして、知らせてくれなかったんだ……」

「おまえは私の『遺言』に忠実だった。すぐに姿を消しただろう?」

「あんたなら、見つけることだって簡単だったはずだ!」

「それで、私が頭を下げるのか? もう一度、戻ってきてくださいと。うぬぼれるな。おまえに、そこまでの執着はない」

 厳しい言葉に、ユウはただ眉をひそめ、悲しげにうなだれた。

 アレサンドロも、ララも、モチも、はじめて見るユウの顔だった。

「そこの賞金稼ぎ」

「お、おう?」

 突然呼ばれたアレサンドロが、飛び上がった。

「十日もつきまとわれては迷惑だ。こちらからつなぎをつけてやる。今日は帰れ」

「いや、そう、言われてもな……」

 複雑な立場である。

「どうした。まだなにかあるのか」

「ハサン、いいんだ。アレサンドロは俺の相棒だ。すべて聞く権利がある」

「相棒? なるほど、賢い選択だな。おまえもいまでは賞金稼ぎというわけだ」

「賞金……? なんのことだ?」

 ユウは、噛み合わない話に首をかしげた。

 この面倒な状況を作ったアレサンドロは、ははは、と、空笑いした。



 その後。

 アレサンドロは、すべてを白状した。

 なぜ、ララが色街へ行ったか。なぜ、自分がテリーといたか。

 ユウと自分は盗掘で生計を立てているのであって、賞金稼ぎとは関係ないこともハサンに説明した。無論、N・S云々のことはふせて、だ。

「アレサンドロ、最っ低」

 真っ先にララが言ったが、ユウが潔白とわかり、声にも顔にも怒りはない。

 先ほどまで少々機嫌が悪い様子だったハサンも、いまでは、にやりにやりとしながら、パイプをくゆらせている。

 長年愛用のブライア。ベントタイプだ。

「そう言ってくれるな。まさかこんな、ややこしいことになるとは思わなくてよ」

 と、アレサンドロとユウは、L型ソファのもう片端に腰かけ、モチは木製のコートかけの上で、黙って耳を澄ませていた。

「さて」

 アレサンドロがひざを叩いた。

「次はそっちが話す番だぜ」

「我々の関係か? フフ、大方は感づいているのだろう?」

「まあ、だいたいは、な」

「ならば、それを聞かせてくれ。今日はもう話し疲れた」

 よく言う、と、ユウは思った。

「じゃあ、そうだな……」

 アレサンドロは、あごをかきながら話しはじめた。

「あんたとユウは、昔からの顔見知りだ。そしてユウには、盗人の手癖、みたいなもんがついてる」

 錠前はずし、足さばき、鑑定眼……。

 ユウが持っているそれらの高い技術は、盗掘だけではそうそう身につかないものだ。

「あんたの下についてた、と考えるのが普通だ」

「フフン、それで?」

「何年か前に、あんたが捕まったって話は聞いてる。たぶん、そのときに別れた。で、ユウは俺と組むことになり、あんたはひとりで盗みを続けてる。……だが」

 アレサンドロは、かすかに視線を泳がせた。

「あんたとユウは、いまでも、よりを戻してえと思ってる」

「俺は……!」

「ユーウー」

 ハサンに人差し指を立てられ、ユウは、口をつぐんだ。

「なぜ、そう思う?」

「ユウは言うまでもねえ。『どうして知らせてくれなかった』、要するに、知らせをくれりゃあ、あんたのもとに飛んで戻ったってことだ。いまでも思ってなけりゃ、そんな台詞は出てこねえ」

「では、私は?」

「『すぐに姿を消しただろう』、あんたは言ったな。ユウを探したって証拠だ」

 ユウは、はっと息を呑み、ハサンを見た。

 相変わらずの笑みの中には、毛すじほどの動揺も浮いていない。

「それに、さっきのあんた、見るからに強がってたぜ」

「フフン」

「つまり、あんたとユウは、単純な親分子分じゃねえ。切っても切れねえ間柄、ってことだ。本当の親子……みてえな、な」

「フ……」

「正解か?」

 肩をすくめたハサンは左手で腿を叩き、拍手のかわりとした。

「悪くない。親子というのは、少々行きすぎの感はあるがな」

「じゃあ、なに?」

 ララが聞く。

「さて。私はただ、十年面倒をみてやっただけだ」

「親子を名乗るには十分な時間だぜ」

 そう、アレサンドロと、ジャッカルのように。

 しかしハサンは、

「人情話が好みならば、劇場へ行け」 

 と、ばっさり切り捨てた。

「認めよう。確かに愛着はある。我ながらよく育てた。だが、それとこれとは別だ」

 と、パイプをくわえ、とがらせた唇から煙を吹き出す。

 煙は天井近くまでのぼって散った。

「ユウ、おまえはどうだ? 私を父と思うか?」

「いや」

「ンッフフフ、少しは悩め」

「悩むなと教えたのは、あんただ」

「これは、言うようになった」

 ハサンは愉快そうに肩を震わせ、灰を落としたパイプを立てかけた。

 もちろんユウは、ハサンを大切に思っていないわけではない。

 父親ではなくとも、かけがえのない父親がわり。師匠であり、最初の相棒だ。

 離れてしまったいまも、その気持ちに変わりはない。

 だが、そう付け加えるのも、どこか照れくさく、黙っていた。

「アレサンドロといったか、もうひとつ訂正しておこうか」

「ん?」

「これは私のもとへ戻る気などさらさらない。そうだろう?」

 ユウは、深くうなずいた。

「以前ならばいざ知らず、いまは互いの生活がある。ただ、神官あたりに言わせれば、それで縁が切れるわけでもない」

 ハサンは、神官という言葉を、ことさら強調した。

「『なぜ知らせてくれなかった』。この言葉の真意は、師弟の義理を欠かした私への、単なる、うらみごとだ」

 すると、ララが、

「だったら、うぬぼれるな、とか言わないで、素直に謝ればよかったのに」

 意地悪に、ハサンのわきを、ひじでつついた。

「私にも意地があるのでな」

 と、ハサンは、ララの頬をつついた。


「さて、そこでだ!」

 突如、声を張り上げたハサンが、指を鳴らし、アレサンドロに突きつけた。

「いまの話で、私が否定しなかった部分がある。どこかわかるかな?」

 アレサンドロは少し考え、

「……どこだ?」

「私が、ユウと、よりを戻したがっている」

「!」

 寝耳に水である。

 モチも含め、場にいる全員の目線が、ハサンに集まった。

 ハサンは、いたずらに成功した悪ガキのように笑った。

「と言っても、一度きりの助ばたらきだ。今回は少々、事が特殊でな」

「な、なんだ、びっくりしたぁ」

「……俺だけか?」

「無論だ」

 ユウは、アレサンドロを見た。

「好きにしろよ」

 そのひとことで、心は決まった。

「決行は三日後、報酬は十万」

「獲物は?」

 ハサンは、にやりと笑い、

「N・S」

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