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ランドスケープ・アゲート  作者: 紅亜真探
【二】 逃亡 -ユウの過去編-
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愛すべき馬鹿

 毛足の長い絨毯に、木目も美しい長机。

 クラシックな印象ながら、豪華な調度品の数々にかこまれ、ララは正直、居心地が悪かった。

 柔らかすぎるソファより、コクピットのリニアシートのほうが性に合うのだ。

 その様子に、

「君は市井の生まれか?」

 部屋へ連れこんだ張本人が、聞いた。

「あんたには関係ないでしょ」

「フフン、その気の強さは貴族様だ」

 左隣でビンテージの赤ワインをなめるハサンは、自ら立てた約束どおり、ララには指一本ふれなかった。

 ただ、百戦錬磨の印象そのままに、話し上手の聞き上手。

 いつの間にやら、ララも気を許し、普段の調子で話すようになっている。

「ねえ」

 ララは、ぶどうジュースをひと口飲んで言った。

「なんで連れてきたの?」

「さて、化粧くさい女には飽きてしまってな」

「嘘」

「ほぅ……なぜ、そう思う?」

「……なんとなく」

「ンッフフフ、そうか、なんとなく、か」

 肩を震わせ、ハサンは笑った。

 常に口もとに浮かべているシニカルな笑みではなく、心底楽しんでいる笑いである。

「いいだろう。では私の推理をひとつ、聞かせようか」

「推理?」

「そう、推理だ」

 ハサンは、ずい、と、腰を送り、ララの身体に密着した。

「近い」

「これは失礼」

 だがハサンは、間を開けようとはしなかった。

「いいか? 君には恋人がいる」

 その響きに、ララはどきりとした。

「だが彼は、かわいい君を放って、あろうことか女を買いに出てしまった」

 甘い高鳴りは、胸を締めつける痛みへと変わった。

「君は夜の街に、彼の姿を探した。ひどい男だが愛している。そうだろう?」

 ララは目頭が熱くなるのを覚えたが、ジュースを飲み干すことでこらえた。

 勢いよく流しこまれたジュースが口の端からあふれ落ち、ワイングラスを置いた男の指が、それをぬぐう。

 ララは、その手をぴしり叩いた。

「あたし帰る」

「そう急ぐことはない。彼はきっと、ここへ来る」

「ホント?」

 思わず、声が裏返った。

「ああ、来るとも。私が君を連れ去ったことは多くの人間が知るところだ。そして誰もが言うだろう。あの男には関わるな、と。そんなところに恋人を置いておけるか?」

「でも……」

 女を買いにいった男が、はたして連れ戻しに来るだろうか。

「男は気の多い生きものだ。しかし独占欲も強い。来るとも。賭けてもいい」

 と、そこへ。

「そら、噂をすれば、だ」

 まるで計ったように、間仕切りに引かれたカーテンの向こう側が騒がしくなった。

 その合わせ目から顔をのぞかせたのは、まさに、

「……なぁんだ」

 アレサンドロである。

「ん? なんで、おまえがここにいるんだ?」

「それはこっちの台詞だっての!」

 ララはぷりぷりとした。

 するとさらに、そのうしろから、

「どうしたの、旦那。なんかあった?」

 と、ライフルをかついだテリーも姿を見せる。

「あっ!」

「や、こりゃまた、変なところで会うね」

 ハサンは、ララの耳もとへ口を寄せた。

「どっちだ?」

「どっちも違う!」

「フフン、だと思った。どうやら、君を連れ戻しに来たわけでもないらしい」

 悠々とソファに背を預け、動揺を見せないハサンの声に若干の不気味さを覚えながら、アレサンドロはテリーに目配せした。おまえから話せというのだ。

 えへん、と、テリーは咳払いし、

「えぇと、俺はテリー・ロックウッド」

「なるほど、賞金稼ぎか」

「お、話が早くて助かるね」

 ハサンは鼻で笑い、空のグラスにワインを満たした。

「いくらだ?」

「は?」

「私の首に、いくらかかっている」

「五十万」

「フフン、安く見られたものだ」

 かなりの自信家である。

「まあいい。では、そこに出せ」

「は? ……なにを?」

「五十万だ。当然持ってきたのだろう?」

「は? なんで?」

「『は?』の多い小僧だな。こういう男は出世せんぞ」

 言われてララは、思わず吹き出してしまった。

「いいか? 私の首で、おまえは五十万の儲けだ」

 テリーはうなずいた。

「だが私はどうだ。なんのメリットもない。得のない勝負に応じるほど、私は酔狂でも暇でもないぞ」

「い、いや、でもね……」

「だからこそだ!」

「は、あ……」

 ハサンの勢いに、テリーは完全に呑まれている。

「私はこの首で五十万賭ける。おまえは現金で五十万賭ける。実に公平な勝負だ。そうは思わんか?」

「う……な、なるほど……」

「おい、テリー……」

 アレサンドロは、だまされてるぞ、と言いかけたが、遅かった。

「……わかった!」

 男らしくも、テリーが叫び、

「十日待ってくれ! 五十万稼いでくる!」

「おい、マジかよ!」

「当てはある! 旦那は、そいつから目を離さないで! 十日で戻る! 絶対!」

 アレサンドロを置き去りに、それこそ弾丸のように出ていってしまったのだった。

「マジかよ……」

 アレサンドロは、あきれかえって、ものも言えない。

「バッカ……」

「いやいや、馬鹿もあそこまでいけば愛嬌だ」

 ハサンは、くっくと喉を鳴らし、グラスに口をつけた。

 そのとき。

 テリーと入れかわりに、部屋へ飛びこんできた者がいる。

 息を切らせたユウと、モチだ。

 モチはララがあやしげな男に連れ去られたと見て、その行き先を確認した上で、まず酒場へと向かった。

 しかし、そこでアレサンドロを見つけられず、神殿でユウと合流して駆けつけたのだ。

 ユウはカーテンを引き開け、そこにアレサンドロとララを見た。

 そして、固まった。

「あっ!」

 ララが飛び上がり、

「来た! ホントに来た!」

 ハサンの胸ぐらをつかんだが、ハサンはそれに応えず、打って変わった鋭い眼光で新たな乱入者を見つめている。

「ほぅ……これが縁というやつか。奇妙な偶然もあるものだな、ユウ」

「……ハ、サン……!」

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