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ランドスケープ・アゲート  作者: 紅亜真探
【一】 はじまり -アレサンドロの過去編-
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天使

 遠吠えが、高く低く、洞内に響いていく。

 どれほどの時間が流れたものか。

 いや、計ってみれば、それは、ほんの数分のことだったのかもしれない。

 後光を背負い立つ黒い天使が、次第にその光を失いはじめた。

「あ……!」

 ユウはとっさに飛び出した。

 とにかく身体が動いた。

「待ってくれ!」

 伸ばした指先をかすめるように光が引いていく。

 ユウは、がむしゃらに追いかけた。

「待ってくれ……!」

 と……もうどこにも、その姿はなかった。



 ユウは冷たい岩壁を前に、ひざまずいた。

 奇跡に感謝して、ではない。

 ただただ、目の前の現実が信じられなかった。

 まさか本当に天使だったとでもいうのか。

 自分に、なにか啓示を与えるため降りてきたと?

 ユウは苦笑した。まるで神話か三文小説だ。

 では魔人か?

 だが彼らは、人と変わらぬ姿をしていたという。

 思いめぐらせるユウの目の端に、

「?」

 ふと、奇妙なものがとまった。

 ふれてみると木製の棒である。

 明らかに人の手で加工された、棍棒のようなものが三十センチほど壁から突き出ている。

 なにか、ユウの心に引っかかるものがあった。

 この形、この角度。

 まるで壁から『手』が生えているような……。

「あ……!」

 ユウは小さく叫んだ。

 そして飛びつくように、手探りで岩壁を調べまわった。

「そういうことか……!」

 わかってみれば、なんのことはない。

 これはただの、自然のいたずらだ。

 いま、おぼろげに見えるだけでも、この場所がかつて、壁にかこまれていた空間だったらしいことはわかる。

 まず、その支柱のどこか一本が崩れ、両側の梁が引きずられるように落下した。

 おそらく間の壁が支えとなり、完全な崩落はまぬがれたのだろう。

 だが、柱は縦の衝撃でいくつかに断たれ、梁にはひびが入った。

 それが実に上手く天使の胴となり、羽となった。

 あとは、背後から強い光を当ててやればいい。

 逆光は鋭角的なシルエットをごまかし、神秘的な状況の演出にもなる。

 演出といえば、あの腕もそうだ。

 ほんの一部分立体感を持たせるだけで、天使は実に生き生きとしたものとなった。

『目の錯覚』と『思いこみ』。それが、天使の正体だったのだ。

 それにしても、見事にだまされた。

 ユウはあまりの馬鹿ばかしさに、笑いを噛みしめた。

 それから、数分もたったころだろうか。

 例の遠吠えとともに、にわかに周囲が明るくなった。

 天使が、再び現れたのだ。

 しかし、いまとなっては驚くことではない。タネのバレた手品だ。

 だが一方で、その光はユウに新たな事実を気づかせるきっかけとなった。

 そう、『向こう側は外につながっている』のだ。

 遠吠えは、天使のシルエットを描く岩の裂け目を、風が吹き抜けていく音。

 天使の出現と音が連動していることを考えれば、後光の正体もおのずと察しがつく。

 月光だ。

 風が吹けば雲が動く。

 月はそのたびに見え隠れをくり返す。

 その、月光がさしこむ場所。

 少なくとも天井のない空間であることは間違いない。

 ユウは振り返った。

 急流に乗り、随分と下層まで流されてきたように思う。

 このあたりは特に損傷の激しい区画で、遺物を掘り出そうにも手持ちの短剣や軽工具では、とても歯が立たないだろう。

 つまり結局は一度外に出て、態勢を整えるか、上層に戻るかするしかないのだ。

 外に出るためには……また川をくだるか?

 考えるまでもない。

 答えはひとつだ。

 ユウは、『天使の腕』を両手でしっかりと握り、ひとつ息をはくと、

 ゴ、トンッ……!

 力まかせに引き抜いた。


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