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ランドスケープ・アゲート  作者: 紅亜真探
【二】 逃亡 -ユウの過去編-
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 冷たく、硬い床の上に、ララはぺたんと座りこんでいる。

 ベッドもなく、見るべきところもなく。

 天井近くに開けられたひとつきりの窓から、ただ月明かりだけが差しこみ、鉄格子と壁に、白い四角形を描いていた。

「ユウ、どこまで行っちゃったかな……」

 この牢で目を覚ましてからいままで、ララは堂々めぐりをくり返している。

 おそらく、自分は置いていかれた。

 なんとなしに、そう思う。

 さびしい。

 ララの指が、胸のブローチにかかる。

 裏側のスイッチを押せば、五分とかからずサンセットが飛んでくるだろう。

 逃げるのは簡単だ。

 そうか、それなら……、

「もう少し、待ってみようかな」

 もしかすると、ユウが助けに来てくれる、かもしれない。

 ……この調子である。

「あーあ、口なんか出すんじゃなかった」



 ちょうど、そのころ。

 小さな燭台の、ひらひらとした明かりを中心に、ふたりの人物が対峙していた。

 ひとりは、あの貴族。

 もうひとりは、ともすれば闇に溶けこんでしまいそうなほど黒く艶のない甲冑に身を包んだ、騎士らしき男。

 ……いや。

 実を言えば、男であるかどうかも定かではない。

 その人物の顔は鎧と同じ、黒の鉄仮面によって覆われているのだ。

「いや、まさか貴殿のようなかたが、直々においでになるとは驚いた」

 と、貼りつけただけの笑みを浮かべる貴族の額には、うっすらと、汗がにじんでいる。

「貴公」

 抑揚のない、深き地の底をうごめいているかのような声で、

「手柄を立てたくはないか」

 と、鉄仮面は言った。

 貴族は、ごくり、喉を鳴らした。

「手柄、とは?」

「貴公も、レッドアンバーのこと、耳にしているだろう」

「う、うむ。二体のN・Sとともに、逃走中だとか……」

「ウィンザーに入っている」

「はっ……? い、いや、馬鹿な。こちらとて、駐機場、カーゴ、検問におこたりは……!」

「声が大きい」

「う……」

 あわてて口を押さえた貴族の男は、きょろきょろとあたりを見まわした。

 風の音さえ聞こえない。

 ほっ、と胸をなでおろし、

「……とにかく、こちらに抜かりはない」

「だが事実、入っているのだ、ジラルド卿」



 そんな密談のことなど露知らず、

「ララ」

「うぅ……ん」

「ララ」

「……うぅん」

 考え疲れて眠ってしまったララは、夢うつつに声を聞いていた。

「ララ」

 聞き覚えのある声。

「ユウぅ……?」

 と、目蓋を開けると……、

「キャッ!」

 黒々とした丸い目が、すぐ近くにあった。

「な、なんだ、モチか、びっくりしたぁ」

「これは、失礼しました」

 モチは首をすぼめて謝った。

「……あれ?」

「はい?」

「モチ?」

「はい」

「なんで、ここにいるの?」

「はて、あなたの様子を見に、ですが」

 ということは、

「ユウ、ここにいるの?」

「この屋敷のそばまで来ています」

「置いていかなかったの?」

「無論です」

 ひとつひとつの答えを聞くたびに、ララの手はわなわなと震えていった。

 うれしい。

 うれしい。

「ど、どうしよう、モチ。あたし、叫んじゃいそう」

「我慢です」

「無理、もぅ無理」

 なにかを探し求め、牢内を落ち着きなく見まわしたララは、最終的にモチをつかみ、その腹へ口を押し当てて、 

「~~~ッ!」

 思いのたけを爆発させた。

 そうして……、

「……ふぅ、スッキリ」

 羽毛から離れたララの顔は、蒸れと酸欠で赤くなっている。

「それは結構」

 腹羽をなでつけたモチはひょこひょこと鉄格子へ向かっていって、看守の様子をうかがうと、

「さて」

 何事もなかったように、切り出した。

「聞きました。女性を助けたとか」

「別に。そんなつもりでやったわけじゃないし」

「ホウ」

「腹立っただけ」

 あの貴族に、そしてなにより、陰口ばかりで傍観を決めこむ、卑屈で卑劣な領民たちに。

「仕方ありません。狂犬と知りつつ手を出す者はいないでしょう」

「でもぉ……」

「その貴族、我々の耳に入るだけでも、相当にあくどい男のようです。父の留守をいいことに、やりたい放題。手足を切らせるなど、日常的におこなわれているとか」

「だったら、将軍に訴えるとかすればいいじゃない」

 モチは大きく、かぶりを振った。

「ララ。ジークベルト・ラッツィンガー将軍こそ、その男の父親です」


 

「すでに駒は、貴公の手の内にある」

 鉄仮面が静かに、腰かけたジラルドの背後へまわった。

「貴公が捕らえた赤毛の娘。あれこそレッドアンバー、ララ・シュトラウス」

「ま、まさか……!」

「上手く使えば、N・Sも手に入る」

 重量のある手のひらが、肩に乗せられた。  

「レッドアンバー、二体のN・S、その乗り手二名。生死は問わぬ。帝都へ連行するのだ。成功の暁には、父君を出し抜くことも……」

「で、できるか?」

「あるいは、軍団長への推挙も得られよう」

「おお……」

「軍団長、将軍だ、ジラルド卿」

 風のない部屋で、ロウソクの炎が、揺らめいた。

 見開かれたジラルドの目には、いまや、黒々とした野心のみが凝り固まっている。

「……やろう。やってみせるとも」

 武者震いするその肩を、ひとつ、小さく叩き、

「それでこそだ」

 と、鉄仮面が、ジラルドから離れた。

「はなむけに、新型を一機、進呈しよう」

「……」

「貴公には、大いに期待している」


 

 ララの公開処刑がウィンザー中に公示されたのは、その翌朝のことである。

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