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ランドスケープ・アゲート  作者: 紅亜真探
【一】 はじまり -アレサンドロの過去編-
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先生

「ねえ、なんで鉄機兵団辞めたの?」

「そりゃあ、古今東西、男が身を持ち崩す理由はふたつっきゃない。女の子か、お金」

「わかった! 使いこみ!」

「あんねぇ、さすがにそれは退役じゃすまないでしょ。ていうか俺、そんなにモテなさそう?」

「少なくとも……モテそうには見えない」

「ひどい!」

 そんな他愛もない話に花を咲かせ、一行は無事、ロストンに到着。関所をくぐった。

 ここは、ウィンザー地方でも有数の田園都市である。

 ことにワインは評判で、いくつものワイナリーが帝城への献納を許可されている。

 近年は天候にも恵まれ、車窓から見える畑地や果樹園は、どこも、のどかを絵に描いたようだった。

「で? どちらまでお送りしましょうか、旦那様」

 ララからもらったキャンディ・バーをくわえ、おどけ調子にテリーが聞いた。

「おまえさんは?」

「俺? 別に。今日はもう、酒飲んで寝るだけ」

 ふうん、アレサンドロがあごをかく。

「確か、街道沿いに神殿があったな」

「ああ、風神様ね」

「そこでいい」

「あいよ。あ、この飴、美味いね。もう一本」

「だぁめ」

 ララの手が、ぴしゃり、テリーの甲を打った。

 さて、それからまた、しばらく道なりに走り……。

 風神フーンの神殿は、収穫のはじまった、ぶどう園の一角にあった。

 石造、レンガ造の多い神殿建築の中で、フーン神殿は唯一、木造が基本とされている。

 ここもその例にもれず、ひとかかえもある木柱が、反り返った切妻屋根を支えていた。

「それじゃ、頑張ってちょうだい」

 神門の前へユウたちを降ろし、テリーはキザに指を立てた。

「世話になったな」

「なぁに、これも先行投資、ってね」

「そういや、そうだったな」

 なら貸し借りなしだ、と、アレサンドロは笑う。

 土ぼこりを上げ、市街地へ向けて走りはじめたカーゴに、

「またね!」

 ララが手を振ると、テリーの腕が、同じように窓から振り返されるのが見えた。

 荷台を覆うシートの端も、まるで名残を惜しむかのように、いつまでもはためいていた。

「……あのL・Jも、銃とやらの威力も、結局見れずじまいになっちまったな」

「いいじゃない。きっとたいしたことないって。ね? ユウ」

「いちいち、くっつくな」

「い、いた、いたたたたッ!」

「!」

「……なんてね」

「行こう、アレサンドロ」

 このときユウは、アレサンドロの様子に、ふと、かすかな違和感を覚えた。

 どこか、考えこんでいるような目。

 だがそれも、まばたきするほどの一瞬のことだ。

「ああ、そうだな。行こうぜ」

 と、答えたときには、いつもと変わらぬ様子に戻っている。

 アレサンドロは挙動不審なヤマカガシの肩を叩き、カーゴが向かったのと同じ方角へ歩きはじめた。

 ユウは手を差し伸べたが、

「いや、もう、大丈夫だ」

 確かにその足取りは、随分とはっきりしてきたように思える。

「俺より、あっちを頼むぜ、彼氏さん」

 アレサンドロが指さしたのは、もちろんララだった。

「やめてくれ、あんたまで」 

「ハ、まあ、とにかく頼む。怪我人がいたほうが、なにかと都合がいい」

「む……」

 振り返ると、期待しきったララが、満面の笑みで両腕を伸ばし、抱き上げられるのを待っている。

 ユウは、げっそりと肩を落とした。 

「そういや、モチはどうした。随分静かだな」

 見ると、ヤマカガシの腕の中で、

「寝てる」

「ハ、豪気なこった」



 空は低くたれこめ、いまにもひと雨落ちてきそうな湿気が、先刻から肌を包んでいる。

 家々も随分増えた街道すじを小川にそって南へ切れこむと、右手に見えてきたのは、椀型の盛土の上にもうけられた、祭壇ばかりの月神殿。

 目指す場所は、その隣にあった。

 背の低い柵にかこわれた、白壁に赤瓦の平屋家屋で、芝生に覆われた庭を抜けて玄関をくぐると、そこは椅子と机だけの簡素な部屋である。

 長椅子に年寄りが三人腰かけ、油で揚げた餅菓子をつまみ、茶を飲んでいた。

「あらあ、怪我でもなすったの?」

 ユウの背にかかえられたララを見て、三人はいっせいに立ち上がった。

「あらあら、かわいそうにねぇ」

「痛い? ここの先生は、いいお医者様だからね。ほら、ちょっと、先生ぇ! 先生ぇ!」

「先生ぇ! 患者さんですよぉ!」

「わかっている、わかっている。聞こえているとも」

 五十がらみの、ひょろりと背の高い医者が、奥の部屋から苦笑まじりに現れた。

 長い黒髪をすべてうしろへ流し、頬のこけた顔は土色に焼け、目は、見えているのが疑わしいほどに細い。

 羽織っているのは、麻袋を継ぎ合わせたような、粗末なローブである。

 医者はアレサンドロとヤマカガシの姿に、一瞬驚きの表情を見せたが、

「さあ、ジェンナさん、これがいつもの薬だ。気をつけてお帰り。雨が降りそうだ」

「はいはい、先生には本当、いつもお世話になって……」

「なあに、これが私の仕事だよ。さあ、私はまだ、この患者をみなくてはいけないからね」

 そ知らぬ顔で優しく背をなで、手を振って、老婆たちを送り出した。

 そして、ひと息つくと……、

「アレサンドロ……!」

「先生」

 向き合ったふたりは、固く抱擁をかわしたのだった。

「ヤマカガシもひさしぶりだ。ああ、昔なじみがたずねてくれるというのは、なんともうれしい。さあ、なにもないが、まずは座ってくれ」

 医者は、いそいそと机に残された湯飲みを盆に乗せはじめた。

「いや先生、その前に、こいつを見てやってくれねえか」

「ああ、そうか。ふふ、私としたことが、どうも浮かれているようだな」

 はにかんだ医者はララを座らせ、どれ、と、左の足首を覆う包帯をはずした。

 すでに乾ききっている膏薬のかけらを口に含み、

「キハダか。捻挫かな?」

「間違いねえ、と思う。そいつは、水で練った」

「うむ、それでいい。見立ても、間違いはない」

「そうか、よかった」

「薬をかえよう。準備を頼む」

「わかった」

 アレサンドロは、奥の診察室へと向かった。

「さ、て……」

 ひざまずいたままの医者の目が、ユウとララへ向けられた。

「いまさらだが、君たちは?」

 問いかける柔らかな声色に警戒心など微塵もない。口もとには微笑みさえ浮かんでいる。

「あの子といる、ということは……魔人か?」

「冗ッ談!」

「では人間か。それはいい。それはいいな」

 眉尻を下げ、笑みが、さらに深くなった。

「どういうことだ? あんたは、魔人じゃないのか」

「ふふ、魔人だとも。魔人だからこそ、人間のあの子が心配でならないのだ」

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