オール・オア・ナッシング
「俺の名前はテリー・ロックウッド。三年前に聖鉄機兵団を退役。それからこっちは賞金稼ぎ」
おたずね者を探し出し、鉄機兵団から賞金をいただくのが彼らの仕事だが、公然と賞金をかけられたわけではない……たとえば、駆け落ちした貴族令嬢や、機密を盗み出した軍部関係者などを秘密裏に捕らえ、口止め料込みで大金をせしめたりもする。
「だからこの車には無線がついてて、まあ、近くを飛んでる通信なら、だいたい盗み聞けるようになってるわけ。言ってみれば、情報で飯食ってるようなものだからさ、俺たち。で、これだ」
テリーは、シートまわりに所せましと張りつけられた紙切れの一枚をはがした。
「『レッドアンバー逃走。協力者あり。二十代男、アントニオ・カッサーノ。同じく、トビアス・エルマンデル。老人、ジョゼッペ・ペルデンドス。白い、フクロウらしき鳥。おそらくデローシス五一二号。例のN・S二体所持。偽名の可能性高し。くり返す……』っと」
「む……」
「どう? N・Sはともかく、特徴はよく似てるだろ?」
すると、あごをかいていたアレサンドロの指がぴたりと止まり、
「……いや、違うな」
と、言った。
「へぇ、どこが?」
「俺は二十代じゃねえ」
「……ぷ、ハハ。じゃあ三十代? そうは見えないね、旦那」
アレサンドロのグレー。テリーのブルー。ふたりの目が合い、一瞬の沈黙が流れた。
どちらからともなく、にやりと笑い、
「どうする?」
「ふふぅん、さぁて」
「俺たちを売るか?」
「そうだなぁ」
テリーはカーゴを切り返し、アクセルを踏んだ。
「やめとくよ」
「え! なんで?」
息を詰めて、やりとりを見守っていたララが身を乗り出した。
「理由はみっつ。ひとつめ、俺は女の子の涙は見たくない」
「こいつがそんな玉か?」
「うるっさい!」
「ふたつめ。さっきからうしろで、彼氏さんが嫌ぁな殺気を出してる。俺はまだ死にたくない」
「みっつめは?」
「キャッチ・アンド・リリース」
「雑魚は相手にしねえ、ってか」
「いやいや、むしろ稚魚の放流、かな」
テリーは屈託なく笑った。
「こいつを発信したサリエリってのは、すこぶるつきのケチんぼでね。いま、おたくらを突き出しても、ひとりにつき一万。四人で四万。鳥込み、足代、手数料と色がついて、せいぜい五万五千。N・Sでも……一機十万かそこら」
「なにそれ、安すぎ! でもあいつならあり得る……」
「でしょ? これが他の将軍なら、少なく見ても三倍、いや、五倍にはなる。N・S諸々で、ひと声、百五十万だ」
「つまり……」
アレサンドロが、シートに腰をかけなおして言った。
「俺たちに、帝国と喧嘩しろ、ってのか」
「するなと言っても、結局はそうなるさ。N・Sを持ってるかぎりね」
前を見すえるアレサンドロの眉間に、深くしわが寄った。
「だから、せいぜい引っかきまわしてもらって、値が上がるだけ上がったところで俺が釣り上げようってわけ。そうだなぁ、おたくらなら……一千万! 一千万はカタい!」
「……ハ、随分とまあ、高く買ってくれたもんだな」
ここまで黙って話を聞いていたユウだが、腹の底では、あまりいい気分ではなかった。
鉄機兵団に追われることは仕方ないとして、それを商売にされているのだ。
他人の生き死にを、金で。その態度が気に入らなかった。
人ごとだからだ。
最低だ、賞金稼ぎって連中は。
ユウの握りこぶしに、力がこもった。
「どうしたの、彼氏さん。気分でも悪い?」
「……俺は……」
「ん?」
「俺はあんたには捕まらない。誰も、捕まえさせない」
「……ふふん」
テリーは、口もとだけで笑った。
「楽しみだね。おたくとやり合うの」
その言葉には自信がみなぎっている。
「ユウ、カッコいい」
ララはほれぼれと、背もたれ越しにユウを見つめた。
さて、それから小一時間後のことである。
周囲の景色が岩土から森の中へと変わり、ロストンまではおよそ二十キロ、というところで、ザザ、と、無線機に雑音が入ってきた。
『ちが……ば……きに……』
と、途切れ途切れに入ってくる言葉を、ユウたちは鉄機兵団の通信かと警戒したが、
「いやぁ、それにしちゃあノイズが多い」
と、テリーが言う。
無線機のつまみをいくらか調整すると、
『はっきりしねぇか!』
スピーカーを震わせて届いてきたのは、ひどいダミ声であった。
「うは」
『N・Sはどうした! いねぇ? このボケナスどもが!』
「こりゃ、うちの同業者だよ。おたくら狙いだ」
しばし聞き取った様子では、このカーゴを見張っている者がどこかにいるらしい。
それが、たどっているルートや時間帯を、逐一リーダー格の男へ報告しているのだ。
「やれやれ」
額を叩き、アレサンドロが言った。
「一難去って、また一難だ」
「ハッハ、ご愁傷様」
「ねえ、どうすんの?」
そうだな、と、アレサンドロは、しばらく天井を見つめていたが、
「別に」
「は?」
「ここで座って、やりすごすさ」
と、悠々と答えた。
「それは……」
「バッカじゃない?」
ユウもララも、これには目を丸くせざるを得ない。
「そうキンキン騒いでくれるなよ。心配いらねえさ。そこの気がきくお兄さんが、俺達を守ってくれる」
「は?」
今度はテリーである。
「俺が? なんで?」
「なんで? 考えてもみろ。俺たちが他の賞金稼ぎに捕まって、一番損をするのは誰だ?」
「う……」
「一千万。あきらめるにはでかい。そうだろ?」
「……オール・オア・ナッシング」
「そういうこと」
モチが小さく、ホ、と、笑った。
「……か、ぁ、ぁ! たいしたもんだよ、おたく! わかった、大サービスだ。ロストンまでは俺が請け負うよ」
「ああ。期待してるぜ、賞金稼ぎ」
と、アレサンドロも、さも愉快そうに喉を鳴らしたのだった。
一方。
路上に立つ五機のL・J。
その足もとで、ひとりの男が、
『近づいてますぜ』
と、無線連絡を受けている。
赤ら顔にひげづら。近くに寄れば、ぷんとにおうこの男こそ、通称バッカス。あのダミ声の主である。
多くの手下をかかえた、この世界ではそれと知られた男で、そのやり口の手荒さは自身にも賞金がかけられているほど。
そのバッカスが、
「おう。テメェらもこっちに合流しろ。急げよ」
と、無線機のマイクを放り投げるか投げないかのうちに、
「……来やがった」
一本道の向こうに、カーゴが一台、現れた。
枯れ草色の一般的な車体。軍旗もペイントもなし。
報告どおりのそれが、ゆっくりとした速度で近づいてくる。
「よぉし、テメェら、わかってんな。殺すんじゃねぇぞ」
と、コクピットハッチから延びるケーブル式の昇降機につかまり、バッカスもまた、L・Jへ搭乗した。
ちなみにこのL・J、鉄機兵団からの下げ渡し品を改良した、いわゆる改造L・Jである。
バランス悪く両肩の張った、見るからに力押しの機体で、手を加えられたコクピットの内部も、いかにもゴミゴミとして居住性が悪い。
バッカスは手もとの水筒を口へ運びながら、このあとの酒を思い浮かべて、にやりとした。
『今夜は豪遊だ。へっへ、さあ来い』
カーゴは、手ぐすね引いて待つ、バッカス機の前に停車した。
さあ、まずは脅し文句のひとつでもかまし、震え上がらせるのが常套手段。
バッカスが口を開きかけた、その前に、
『あん?』
運転席のサンルーフが開き、男がひょいと顔を出す。
『テ、テメェ! テリー・ロックウッド!』
「よ。バカのバッカス」
ともに賞金稼ぎ。バッカス一味があわてたのは言うまでもない。
しかし、それ以上に、
「おたくもツイてないね。またまた俺と仕事がかぶるなんてさ。何回目だっけ? 五回? 六回?」
『十三回だ!』
と、何度も煮え湯を飲まされているらしいと、ユウは感じた。
だが、そんなことはどこ吹く風。
そうだったかな、などとカラカラ笑ったテリーは、トランクスペースから引っ張り出した金属製の長細い箱を開けた。
現れたのは、木の台座がついた鋼の筒であった。
「銃だ……」
ララがつぶやいた。
「銃……? あれが?」
この広い帝国内において聖鉄機兵団の一部隊にのみ所持が許可されている小銃、ライフルである。
一般への流出は極端に制限されており、無論ユウたちにとっては、音に聞いても、目にするのははじめてのことだった。
「十三回もやってりゃあ、わかりそうなもんだけどね。俺には勝てないって」
『うるせぇ! 今日は違うぞ! テメェは生身、俺はL・J!』
「自慢することじゃないでしょうが」
テリーは、胸と腰の革ベルトで金具のように光っていた銃弾の一本を抜き取ると、慣れた手つきで装填口に挿入した。
「だいたい、そんなのはハンデの内に入らない。その馬鹿でかいハンマーが俺を叩きつぶすまでに……」
と、ボルトハンドルを押しこみ、
「俺はおたくを三回殺せる」
『……う』
メインモニターに拡大された、テリーの突き刺すような眼差しに、バッカスは全身総毛立てた。
軽口ばかりの軟派な男は、いまや、どこにもいない。
「どうする? やるかい?」
引き金にかかった指が、バッカスをおびやかす。
『う、く、く……』
『バ、バッカスさん……』
たまりかねた手下のひとりがうろたえ声を出し、
『バッカスさん……』
『う、うるせぇうるせぇ!』
バッカス機は地を踏み鳴らして、左隣のL・Jを小突いた。
『ええい、くそっ! 今日のところはゆずってやる! だが、覚えてろ! 次はねぇ! 次はねぇからなぁ!』
五機のL・Jはお決まりの捨て台詞を残して、弾かれたように森の中へと姿を消した。
「はい、お利口さん、と」
テリーは銃弾を抜き取ったライフルをケースに戻すと、するりと運転席へ戻ってきた。
「なるほど、そいつが、おまえさんの商売道具ってわけだ」
「まぁね」
ケースを再びトランクへと放り、テリーはカーゴを発進させる。
「でも、余計な詮索はご無用。それこそ、商売道具、だからさ」
「推して知るべし」
「そういうこと」
テリー・ロックウッドは、もとの、よく笑う青年に戻っていた。