火炎のミザール
燃えさかる炎の中。
オオカミと数十メートルの距離をへだてて対峙しているミザールには、なにやら圧倒的な威圧感があった。
他の、どのL・Jとも似つかない金色の装甲。
両肩から角のように突き出した、二門の火炎放射砲。
そう、あの火柱を起こし、森を地獄へと変えたのは、まさにこれである。
虚をつかれたオオカミの左腕もまた、黒く焼かれてしまった。
『ハ、なるほど。結構な芸をお持ちで』
などと言いながらも、アレサンドロは苦々しい思いを隠しきれない。
将軍ギュンター・ヴァイゲル。
先ほどまではそうとも思わなかったが、いま、ミザールに搭乗したこの男は、なにかが違う。
こいつは、やばい。
そう、本能が告げていた。
ブナの巨木が火の粉を散らして、どおっと倒れた。
『シュトラウスをやったってのは、黒いやつだってな』
唐突に、ギュンターが口を開いた。
『あの辛気くせぇ野郎のほうか。チェッ、つまらねぇ』
『なに?』
『つまらねぇって言ってんだ』
アレサンドロはむっとした。
実は逃げるタイミングを計っていたのだが、さすがにこれは、聞き捨てならない。
そもそもアレサンドロは十五年前の戦から、鉄機兵団に対して好意的な感情など持てるはずがないのだ。
『……俺じゃあ、楽しめねえってか』
と、わき上がる怒りを押さえきれず、
『随分と、言ってくれるな!』
大地を蹴りつけ、飛び出していた。
『ハ、ハ! なら、楽しませてみろよ!』
先手を取ったのはミザールだ。
ミザールは両腕を交差させ、腰に装備した二条の鞭を、引き抜く勢いのままにオオカミへと走らせる。
十字に襲いくる鞭の、その上を飛び越えつつ剣を振るうも、オオカミの切っ先は、しりぞいたミザールの胸先をかすめただけであった。
さらに、着地際。
『そら! 止まるな!』
と、間髪入れず打ちこまれたひざ蹴りを転がり避けたアレサンドロは、背部タンク目がけて斬りつけたが、これもまた、いとも簡単に弾かれてしまう。
『チィッ……!』
この運動性といい、強度といい、
『バケモノめ……!』
やけどで引きつれた左腕が痛んだ。
『ク、ハハッ、どうした? ブルって、もらしちまったか? しっぽを巻いて逃げるかよ。ええ? 犬コロ!』
『誰がだ、この、ヒヨコ頭!』
『ハッ』
不敵に笑ったギュンターは、フットペダルを一気に踏みこんだ。
ドッ、と加速したミザールが一瞬でオオカミの眼前までせまり、わしづかんだその喉輪を持ち上げる。
『その調子だ! 最期まで強がってみせろ!』
と、上半身がめりこむほど強烈に、ミザールは、オオカミを地面へ叩きつけた。
『がっ……は!』
『まだ死ぬなよ!』
ミザールは、そのままさらに十回、二十回と、まるで虫を踏みつぶすかのごとく、オオカミの顔面を蹴りつける。
『ハッ、ハハ、ハ、ハ、ハ、ハ、ハッ!』
陶酔した笑いが、焼け落ちていく森に響いた。
『ああ、つまらねぇ! つまらねぇな! なんだ、N・Sってなこんなもんか! どいつもこいつも、ビビりやがって! 見ろ! ただのガラクタじゃねぇか! 化けモンが作った、でかいだけのガラクタだ! 出てこい、シュトラウス! テメェを逃がそうとした野郎はこのザマだぞ! ええ?』
『……ガラクタ……?』
オオカミの震える指は、なおもミザールの足をつかんだ。
『あいつらを……』
『あン?』
『あいつらのN・Sを、なめるなよ、ガキが』
『……へぇ』
力なくも、まだいどみかかろうとするオオカミを、ミザールは再び右腕一本で持ち上げた。
頭部が、かなり激しく損傷している。
後頭部はひしゃげ、折れ曲がったひさしが完全に右目を覆い隠している。
『ハン、これがガラクタじゃなかったら、なんだ?』
コクピットのギュンターは、そう言っておぞましく笑った。
『ポンコツか? クズ鉄か?』
『ぐ、く……』
機械の指が容赦なく食いこみ、みしり、オオカミの喉が音を立てる。
白くかすみかけるアレサンドロの意識を、割れんばかりの頭痛がつなぎ止めた。
『……おい、犬コロ』
ギュンターが、言う。
『テメェこそなめんなよ?』
カバーが開き、オオカミの喉へ押し当てられた手のひらに現れたのは、噴射口。
『この、『火炎のミザール』を、よ!』
ドォンッ!
空気を震わせる爆音とともにゼロ距離から噴出した紅蓮の炎が、オオカミの全身を包みこんだ。
『ッ……ァ、ァ、ァ!』
アレサンドロの身体が大きくのけぞり返り、言葉にならない悲鳴が上がる。
首もとの装甲板が、じぶじぶと沸騰した。
『どうだ。ゴミに似合いの最期じゃねぇか』
と、そこに。
炎の海を躍り越え、現れた巨影がひとつ。
刃が閃き、支えを失ったオオカミはその場に崩れ落ちた。
『ハッ! 出やがったな、黒いの!』
ひと息早く飛びのいたギュンターが、待ってましたとばかりに叫んだ。