嘘と真
「では、身分と名を」
「はい。私はデローシスのアントニオ・カッサーノ。これはロストンのトビアス・エルマンデルと申しまして……」
アレサンドロは、さもそれらしく並べ立てた。
「学者です。学者の、卵です」
「それがなぜここに」
「我らの師、ジョゼッペ・ペルデンドスが、あの隠居所に住まいしておりまして……。なにぶん、師は高齢につき、こうして月に一度、世話に上がっている次第」
「……なに」
仮面のようなサリエリの表情が、はじめて動いた。
「ジョゼッペ・ペルデンドス……あの?」
「誰だ?」
とは、ギュンター。
「高名な化学者です。近年では、ビスも熱も使わず金属同士を接合させる、面白い液体の提案をされています。油を原料とする以前までのものと違い、この液体は熱に強く、耐薬品性にも優れ……」
「もういい。さっさと本題に入れ」
「……は」
サリエリは小さく首を振り、その細く長い指で眼鏡を正した。
「君たちも感づいているだろうが、我々は人を探している。若い女性だ」
「はあ」
「背丈は、そう、君の肩まで。赤い髪、赤い目」
ユウの脳裏に、あの三〇八式の少女が浮かんだ。
おそらくアレサンドロもそうだったのだろう。ふたりの目が、ぴたりと合う。
しかし、だからといって、いまのふたりに関わる理由はない。
そ知らぬ顔で、
「申し訳ありませんが……」
アレサンドロが言いかけた、まさに、そのときだった。
「いました!」
息せききって駆けこんできた若い騎士が、ギュンターの前にひざまずいた。
「発見、拘束いたしました、閣下!」
「……おう」
ギュンターは、にんまりと犬歯を見せて笑った。
「でかした」
「はっ」
「どこだ」
「ただいま、こちらに」
これを聞き、あせったのはユウとアレサンドロである。
あの少女は、ふたりを見知っているのだ。顔を合わせれば、どうなるか。
かといって、ここで下手に動けば、かえって自らの首を絞めることになる。
ふたりの頬に、冷や汗がつたった。
そこに、
「痛ッ! 引っ張んないでよ、バカ! 能無し! 役立たず!」
まさに、デローシス砦で聞いた、あの声。
髪を振りたてて叫び散らすララを中央に、騎士の小隊が闇を割って現れた。
ララは左足を引きずり、木製の手かせを馬上の騎士に引かれている。
衣服も顔も、黒く泥によごれていた。
「ク、ハハ、いい格好だな、シュトラウス」
「ギュンター! あんた、しつっこいよ!」
幸い、ユウたちは目に入っていないらしい。
「おうおう、負け犬の遠吠えにしか聞こえねぇな」
「フン、どっちが」
「あぁ?」
「そっちこそ、L・Jじゃあたしに勝てないからって、こんなことで調子に乗ってさ。あんたの手柄じゃないっての、バカ!」
つり上がったギュンターの目が、みるみる血走った。
「帰って絵本でも読んでりゃいいの。それがお似合いでしょ!」
「……の、ア、マ!」
ついに、ギュンターが拳を振りかぶった。
サリエリは止めない。
ララは固く目を閉じ、歯を食いしばった。
顔をそむけないのは精一杯の反抗。真正面から受けてやるつもりだった。
……が、
「あれ……?」
衝撃が、来ない。
おそるおそる、目を開けたララは、
「あっ!」
驚きと喜びのないまぜになった声で叫んだ。
ギュンターの腕が手首をつかまれ、上向きにねじり上げられている。
その相手こそ、誰あろうユウだったのだ。
「ンだ? テメェ……」
青白い炎のような殺気と、無言のままに立つユウの凛然とした視線とが噛み合い火花を上げた。
一触即発。
すぐに、アレサンドロが間に入った。
「これは申し訳ありません。このエルマンデルは神兵崩れで、どうも血の気が多くて……」
しかし、それをさらに押しのけ、
「やっと、捕まえた!」
ララが、ユウの胸へしがみつく。
「え……?」
「あぁ?」
ギュンターの、そして周囲の気が完全にそがれた。
ここらが潮時か。
アレサンドロは、いましがたユウの懐からすり取った閃光弾へ、すかさず着火した。
と、同時に、
「ッ! なにしやがる!」
ギュンターを突き飛ばし、その目の前へ、放る。
「ギュンター様!」
爆発物を察知したサリエリが、ギュンターの上へ覆いかぶさった。
その瞬間。
パギュン!
「うわっ!」
「あっ!」
……このときすでに、ユウとアレサンドロは穴ぐらへと逃げこんでいる。
予定外の大荷物をかかえて。